無二の親友は久々の再会だというのに、喜びを露にする己とは裏腹に、彼は強張った顔で見詰めてくる。
颯輝はたまらず声を掛けた。
「なぁ…大丈夫か?」
それは、つい先程自分に向けられた台詞であったはずだった。それでも彼は動かない。
様子がおかしい。
颯輝はいよいよ不安になった。
改めて周囲を見渡すと、そこは岩窟。
ここの場所を選んでくれたのは他でもない、彼である。ここでずっと、忘れないための夢を見ていた。夢を見せてくれたのも、その夢を終わらせてくれたのも目の前にいる友人であるはずで、何も驚くことは無い。何故彼が張り付いたように動かなくなってしまったのか、颯輝には分からなかった。肩に触れてもう一度、友の名を呼ぶ。
「大星ってばー!」
「……じゃない」
「…?」
「あんたの言う大星って人物は…」
呼びかけに対する返答は、思いのほか
はっきりとした口調だった。表情は険しいものの、その目は真っ直ぐと颯輝を見ている。ただその言葉は今ひとつ曖昧で、何を言わんとしているのかはよく分からなかった。不安が増して、見詰め返すしかなかった。
突破口を与えてくれたのは小さな獣。太ももの辺りに何か触る気配がした。
視線を落とすと、そこには微笑んでいるようにも見える、相棒の姿があった。
「マックスぅ〜〜!!お前も起きたんだな!」
爪と牙をもつその体躯の持ち主は小さな額を颯輝の頬へ擦り当て、歓喜の念を示してくる。種族の違いなど関係が無い、言葉が無くったって通い合える、一緒に眠っていてくれた頼れる相棒だ。ひとしきり触れ合い、喜びを分かち合った。
すると突然、マックスは小さく声を上げた。颯輝と友人を交互に見、何か訴えてくる。
顔をあげると、そこには未だ険しい顔をした目の前の人。
小さな頃から親しいはずの友は、あの時代と変わらずそこに―――…
そして颯輝は気づいた。
「…………大星じゃない!!!」
我ながら、気づくのが遅かった。
人として、どうしようもなく堕落した部分のある友人ではあったが、魔の能力に非凡な才能があった親友、大星。
彼はまた聡明な人物でもあったために、颯輝に時を越える術を施した。
それには問題もあったはずであり、大星がその問題を見越さないわけが無かった。
しかし颯輝はそれについて、特に何も思わなかった。
形容する言葉が見つからない。信頼という言葉は、あまりにも安っぽい。
大星はいつもの不敵な笑みを浮かべて言うのだ。
その顔を見ると、颯輝は得体の知れない絶対感を感じる事ができたから。
あ、じゃあ、だいじょうぶなんだな、と思うことができたから。
『ま、俺様に任せておきなさいって』
それが彼の決まり文句だった。
「ごめん、びっくりさせたよな、多分。えっと、あんたがオレの親友…大星ってんだけど、あんまりそっくりだったもんで。それも分かってたはずなんだけど、混乱しちゃって…ほんと…ごめん」
とりあえず詫びるしかなかった。他人の空似にしては似すぎているが、彼が今この時代にいるはずがない。教えてくれた小さな
相棒に感謝した。
「………」
青年は再び黙した。ただし、険しさが幾分か解れている様な気がするが、その目はまだ困惑で満ちている。当然だろう、おそらくこの青年は、自分が氷の中にいたのも目撃したのだろうし、目覚めの現場も居合わせた。さらには、目覚めたその人物…自分に、意味不明なことを言われたのだから。颯輝は申し訳なさでいっぱいになった。
辺りに沈黙が訪れる。
耐え切れず、颯輝は問いかけた。
「なぁ、名前、なんていうんだ?オレは」
「ハヤテ」
「うん!………って、え!?なんで知って…」
「俺の中に何かがいた。そいつがあんたを呼んだんだ」
青年の声は静かで落ち着いていた。シンプルな説明ではあったが、颯輝には理解ができない。小難しいことを考えるのは不得意で、そういうことは、この目の前の人物そっくりな親友の分野である。
そう考えてみると彼は、声もよく似ている。
「俺の名前は北斗」
青年は、混乱する颯輝にかまわず自己紹介を続けた。その顔は例の親友よりも幾らか引き締まっていて―――これは浮かべる表情の違いによるものか、颯輝の混乱は更に増した。
北斗の表情は、先程より幾分解けたように強張ったものではなくなっている。ただ困惑というものか、解せない、といった目で手元を見ている。彼の思考は推測、予測をし、颯輝の存在を見抜かんと脳内は凄まじい勢いで回転しているのだ。
「あ、うん…北斗、北斗だな。よろしくな!」
自分の問いに答えくれたのに、それに返事をしないとは礼儀に反する、そう思って颯輝は混乱する頭を畳み掛けて、無理やり返事をした。名前を繰り返さないとお世辞にも良いとは言えない自分の記憶容量やその機能では、入ってくれそうに無かった。
北斗、覚えたぞ、心の中で確認していた颯輝の耳に、当人の声が響いた。
「俺の名前、何故あんたの名前を知っているか。あんたの質問には答えた。今度は俺からの質問だ。答えてくれ、颯輝」
先程の沈黙が強張った表情が嘘のように、北斗の言葉は淀みなく、有無を言わせない響きがあった。ふと、相棒マックスに目を遣ると、彼は目で先を促した。
…応えてもいいと思う。
マックスは確かにそう言った。
「おう、なんだ?」
颯輝は動揺しつつも、できる限り明るい口調を心がけて応じた。
この青年は確かに大星とは別人だ。姿と声が似ているだけで、別個の人間だ。話し方は全くと言って良いほど対照的で、おそらく性格も似ていないだろう。だがしかし、その思考回路には抜け目が無いようなところに、親友の気配を感じずにはいられなかった。大星も、ちゃらんぽらんに見えてこれがなかなかの聡明さをもっていた。
そんなことを考えていたから、青年―――北斗の口からでた言葉に少しばかり驚いた。
「お前の友人は…大星というのか?」
「…人違いは…オレ、もう謝ったぞ?」
目を丸くしつつも、情けない声で抗議する。そこからもう答えは読み取ったらしい、北斗は気にする素振りも見せず、尚も質問を続ける。
その問いは、颯輝を更に驚かせた。
「お前は…過去の人間か」
答えてくれ、と言った割には確信めいた語尾下がりの声。
そしてやはり、彼の頭脳は優秀らしい、初めの質問とは全く関連性がないようにも思えるが、そうではないようだ。
颯輝が頷いのを見て、やっぱり、と北斗は殆ど独り言のような小さな声で呟いた。
確かに自分は氷に包まれていた。それだけでも自分は過去の人間だと言うことは、想像に難くない。だがしかし、どうしてそこまで確信を持ってして言えるのだろうか。『氷』のみでの証明では、些か不十分な気がする。
「なんでそう思ったんだ?確かにオレ、凍ってたけどそんなんでどうしてでそこまで分かったんだ?」
彼は下を向いたまま答えない。苦虫を噛み潰しているような顔で、おそらくまた思考しているのだろう。答える気はないのだろうか。
いくら親友に似てるとはいえ出会ったばかりだ、颯輝に彼の内心までは読み取れない。自分は何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。
不安を察知したのか、マックスが音も無く近づいてきて、傍らに静かに腰を下ろした。その温かい熱は、湿った衣服を通してもなお、しっかりと伝わってきて、颯輝を安心させた。
だいじょうぶだよ。
言葉を持たぬ相棒は、いつだって優しかった。
三度青年は沈黙した。
今度は颯輝もその沈黙の殻を破ることは無く、マックスの体を撫で、北斗から答えを出してくれることを待った。
「答えよう。黙っていて悪かった。…認めたくなかったもんで…な」
声に反応し顔を上げると、そこには悟ったように落ち着いてる一対の双眸があった。
薄い茶色をしたその瞳は琥珀のように透き通っていて、静かに現状を見極めている。
その瞼をそっと伏せ、北斗は深く、ため息をついた。
己の推理を呈する、ひとつの儀式のように。
「俺も大星という人物を知っているんだ」
颯輝は驚いたが、何も言えなかった。吐き捨てるように呟かれたその顔は、痛みに耐えているような表情だった。
そして次に発せられる言葉にさらに驚く羽目となるが、同時に彼の沈黙の意味も悟ることとなる。
「七代前の…俺の一族の先祖に当たる」
親友と彼が、似ていてもおかしくはなかった。