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美容院 [2018年10月26日(金)]
6月に行ったきり、伸び放題白髪生えまくりだった。
葬儀やら介護の手筈やらを言い訳になかなか予約を入れなかったけど、今日ようやくカットして白髪染めして来た
5、6年前美容院ジプシーだった私。気に入ってた所の担当さんが辞めて、しばらくは通い続けたけど、お高いだけでなかなか思うようにならない。結局伸ばしっぱなしに…

そんな時すぐ近くにあったお店が良いと聞いて早速予約。
お兄ちゃん先生と奥さん?と思ったけど違ったお姉さんの2人だけの小さなお店。
白髪染めのお薬が今までに無いくらい肌に優しかった。
それに髪質などもよく見てくれて、それに合うようにカットしてくれる。
それなのにお値段お手頃
そこからずっとお世話になってる。

今日も久しぶりに行って開口一番、
「ストレスかお疲れか、頭皮がかなり乾燥して荒れてるからお薬地肌までつけないようにしますよ〜」だって。
たしかにちょっと頭かゆいかな〜と思ってたけどね。
言われた事を機械的にするのではなく、ちゃんと見てくれてるのがうれしかった。

ひとつ介護が終わり、もうひとつも何とか動き出した。
よくよく考えたら何事もなく年を重ねて、短ければあと20年生きるのかな…
20年なんてあっと言う間じゃない
親の事も大事だけど、小僧の事も大事だけど、自分をもっと可愛がろうと思った次第。
美容院も定期的に行こうっと
posted at 17:18 | この記事のURL
高校生活はどうよ? [2018年10月22日(月)]
久々の息子ネタ。

中学終わりくらいから口が重くなり始め、最近ますます無口に。
入学と同時に買ったスマホとは一心同体。
ただし自室には持ち込み禁止。守ってくれるからまだマシか。
口うるさく言えば不貞腐れた態度。それを見てこちらもムカッ。
ストレスは体に毒なので、叱言の代わりに「自分で考えて」と言う。
もう高校生。地元を離れて通学し、あらゆるトラブル、アクシデントにも自ら対応しないとやっていけない環境にいる。

それでも定期テストで赤点は回避しても、かなりな低空飛行の成績を取り、クラスではあまり喋る相手がいないとか聞くとつい心配してしまう。
高望み?理想を追いすぎ?
友達からもよく言われる。

そうだよね〜。
時々えっ!?と思うような事をする。私も旦那もしないような。
改めて気付かされる、この子は1人の人間。
めっちゃ大変な思いをして授かり産んだ私の息子だけど、
16年間いろんな体験して出来ている人格を持った1人の人間。
そろそろ距離を置き始める時期なのだね。

親子だって事は一生変わらないけど、なんとか独り立ちしていただかないと困るので、かーちゃんは毎日お弁当作って送り出す、夕飯作って帰りを待つことに徹します。

まぁ最近は鉄ヲタ仲間も出来たみたいで、休日フリー切符の旅してるし、部活以外にも交友関係広がっているようですな。そう言う楽しい事に関してはそこそこ喋ってくれるので良しとしましょう。
高校生活はホントに楽しいからガンバレよ、小僧!

posted at 08:28 | この記事のURL
動き出す [2018年10月19日(金)]
9月半ば過ぎ、ようやく両親の介護認定が決定。
8月初旬に認定員が来て1ヶ月半かかった。
ただ決定前から義母でお世話になったケアマネさんに相談。
ある程度の話はしていたので、決定を受けてどんどん進める手筈だった。

が、認定降りるのが遅すぎると文句を言ってたのに、今度は話が早すぎるとまた文句。
おいおい、どっちだよ常々もう長くは無いとか言ってるくせに。
だから少しでも早く手を打とうとしてるんだろうが!

父もうすぐ90歳。1から10まで説明して自分の中で消化しないとOKしない。
身体はかなり動かなくなったが、頭はハッキリしている。
母はもうすぐ85歳。人に何かしてもらうことに慣れてない。
それは実の娘にもだ。片方の目がほとんど見えていないし、腰も弱いが父と同じく頭はハッキリ。

2人でなんとか出来ると言ってる割には、義母の葬儀後すぐにSOS出して来た。
だったらこっちに任せろよ。
なんとか出来るを細く長く続ける為の介護計画だろうが。

2人とも要支援2。支援と介護の壁は厚い。
ヨボヨボしてても何とかトイレに行き、食事をして、動いて、矛盾だらけでもハッキリ文句を言う頭があれば介護にはならないんだな〜。
すぐに要介護が出た義母との違いにまた1から勉強だ。

結局何とかかんとか話をして、父は週1でデイサービスと訪問看護、
母は週2で生活支援ヘルパーで落ち着いた。
あとは週3で生協の夕食宅配を手配。
10月初旬全てが一巡。やっと動き出した。

義母より自分の親の方が疲れる…
posted at 07:04 | この記事のURL
やっと [2018年09月11日(火)]
7月24日午前1時34分、姑が永眠しました。
介護を始めて3年3ヶ月、ギブアップして2ヶ月。
認知症と肺気腫と卵巣癌。
痛みや苦しさの伴う病気だったけど、認知症のおかげ?であまりそれを感じないでいられたのかな。最期は苦しむ事も無く、眠るように…と看護師さんが教えてくれました。

四十九日、納骨も終わり、やっとお義父さんのところに行けたね。
9年は長かったね。お義父さんに頼りきりだったからね。
もう病気の無い世界に行けたんだから、お義父さんにいろんな所に連れて行ってもらいなね。

私の介護もひと段落。
と思ったら今度は私の両親だ。
その話はまた今度。
これからも介護修行は続く…
posted at 07:37 | この記事のURL
24時間 [2018年07月10日(火)]
本日11時半、旦那無事に退院しました
昨夜石らしきものが出て、痛みも引いて、
今朝泌尿器科と外科両方の先生に診てもらい退院許可。

いやはや、怒涛の24時間でした。
仕事も長くは休めないようだったのでよかった。

やっぱり健康は大切。
旦那も私もメタボ。体のこと考えないと。
やらなきゃやらなきゃと思っていて出来てなかった。
深く考えさせられる出来事でした。
posted at 17:20 | この記事のURL
親子で… [2018年07月09日(月)]
眼科に寄って出勤した旦那からLINE。
調子が悪いらしい。途中の駅から引き返すとの事。
その後何度もLINEのやりとり。
なんだか物凄く脇腹が痛く、脂汗止まらず。
なんとか頑張って病院までたどり着く。
いつもは町医者に行ってるけど、尋常じゃない痛みなので
姑が入ってる総合病院にする。検査結果もすぐ出るしね。

生憎今日は月曜日。めっちゃ混んでる。
旦那は痛みでじっとしてられず、座ったり、寝転んだりと
かなり怪しい人になっていた。
そんな感じだから看護師さんが声をかけてくれて、
処置室で寝かせてくれた。10人以上待ちだったけど、
先生が裏から来て検査に回してくれて、終わったらすぐに診てもらえた。

結果、尿管結石。そりゃのたうち回るわ。
このまま帰されても私が困るし、帰せる痛みじゃないって事で入院。

あ〜ぁ、親子で同じ病院に入院だ。

ちなみに、病室入って痛み止めの点滴したら落ち着きました。
あとは水分摂って、どんどん出して、石が出ればOK。

なんだか家が広く感じるわ。
posted at 23:00 | この記事のURL
受験の話 [2018年07月04日(水)]
過去記事を見て思い出す。昨年は(も)姑はよく入院していた。
入院して家にいないからとホッと出来たか…いえいえ、
小僧の受験で夏休みからはなんやかや忙しかった。

ウチの小僧くん、決して出来が悪いわけではない。
ただ中3、1学期の試験結果がヒ〜〜〜ッ
慌てて塾に行く手筈をして夏期講習にブチ込んだ。
もちろん2学期も塾通い。
そんな中で志望校を決めなきゃなんないから大変だ。

夏休みの学校見学、秋の学園祭、1日で3校ハシゴした日もあった。
最終的には小僧が決めることだが、親だって保護者会など学校へ行くわけで、
なるべくなら便利な所がいいな〜なんて希望も言ったりして。

ただでさえ口の重いお年頃。でもこればかりはそんなこと言ってられないので、
最終的にはいろいろ話して今の高校に決めた。

流石に受験期間の1ヶ月は合格後の手続きなども含め、
姑が居ては難しいので、主治医にお願いして預かり入院してもらいました。
小僧もよく頑張った。本命がダメだった時の併願校も合格。
ちょっと安心して本命も余裕持って行けたようで、見事合格。
受験番号あった時の嬉しそうな顔、私もホッとしました。

また2年くらい経てば受験でバタバタするけど、
今は高校生活エンジョイしてくれ。
posted at 15:23 | この記事のURL
ギブアップ [2018年06月14日(木)]
この言葉、好きな人って居ないと思うんだけど…

私だって好きじゃない。プロレス好きだし(笑)

でもね、自分が壊れそうになったらしなきゃダメ。
口が裂けても言いたくないかもしれないけど、
壊れたら取り返しがつかないから。

5月22日、私はギブアップしました。
posted at 10:52 | この記事のURL
決断する勇気 [2017年12月22日(金)]
19日に姑を病院から帰宅させた。
一応退院だけど、決して体調が良くなったからではない。
結果から言うと卵巣ガン。積極的に治療をするには体力的にも難しいみたい。
それに肺気腫とガン、どちらかと言えば肺気腫の方でサヨナラする方が早いと主治医。
ガンの方も腹水が溜まると退院出来なくなる。今ならまだ腹水もなく、食事も取れているから退院のチャンスは今って事だった。
5日にそんな話をされ、受け入れ準備に2週間ほどかかった。
何しろもう歩けない。トイレもポータブルにしても8割がた介助がいる。
そんな介護私にできるのか?イヤ、無理。
そうなると完全に寝たきり、オムツ生活だ。
本人の生活クオリティを維持する、少しでもできる事を続けさせる…
私にとってはそれは見栄や世間体みたいなもので、気にするほど自分を削る結果になる。だったらそんなの気にしない、誰にどう思われても私が潰れない手段を取るしかない。

寝たきりオムツ生活を決断しました。


posted at 16:43 | この記事のURL
正味2日間 [2017年11月21日(火)]
姑は10日の午後帰って来た。
まず玄関からリビングまで一気に歩けなかった。
なんとかいつもの椅子に座って落ち着いたら、その後はトイレもゆっくりだけど行けた。
夕食も完食、着替えは少し手伝ったけどすんなり寝てくれた。

11日、運命の日と言ってもいいかもしれない。
朝旦那が珍しく姑の部屋から物音が…と言う。
普段は私の方が敏感で、旦那はどちらかといえばニブい。
姑の部屋を開けるとベッドの下に座っていた。
転んだり落ちた様子は無いが、動こうとしてズルズルずり落ちた感じ。
そして何よりクサイ。トイレに行きたかったのか。
お尻の始末から始まる朝。
でもこの日は退院すぐだけど、お風呂に入れたかったからなんとかデイに出さねば。
ところが退院前から浮腫みのあった足が変な色!
自分達では判断つかないし、病院に行くべきか散々迷って連れて行く決心をした。
朝食も済ませて一息ついてた時事件発生。
一人でトイレに向かった姑。
トイレの入り口でスリッパを履こうとしてバランスを崩し、尻餅!
他の場所はぶつけたりしなかったようだが、動けない。腰が痛いと言う。
救急車を呼んでいつもの病院に搬送。整形受診。
骨に異常無く、足について聞くも専門外で答えは出ず。
まして転んで血の気が引いたのかあの変な色が無くなっていた。

家に戻って昼食。半分も食べず。
腰の痛みのせいでトイレまでは前に立って両手を引いて歩かせ、
中ではなんとか手すりにつかまり立ちさせてパンツを下ろしてやる。
そのまま見守り終わったらまた履かせる。
私の中の介護度ダダ上がり。
夕食もほとんど食べず。
着替え後も前日とは違い、痛いだの、暗いと寝れないだの…
やっと横になったかと思えば、苦しいから起こせだの…
流石に旦那、いいから寝てくれ!と珍しく怒る。
長い1日が終わる。

そして12日。この日旦那は午前中外出。
姑はベッドから起き上がるものの、着替えほぼ介助。トイレも同じ。
腰が痛いからあまり動きたがらない。時間でトイレに連れて行く事にする。
朝食、かなり量を減らし、簡単に食べられるものを出す。
しかしまた食べない。オマケにウトウト寝が!これはマズイ傾向。
まずは食べさせるために横に座りスプーンで口まで運ぶ。
食べさせればなんとか食べる。人に食べさせたの小僧以来だわ。
朝食後はテレビも新聞も見ずにウトウト。
起こしておくために好きな昔話のアニメを見せる。見てたw
その後トイレタイム。やっぱり歩けず、手を引いてヨロヨロ…
戻るとまたウトウト。マズイ、完全にナルコーシスだ。
昼頃帰った旦那に様子をはなし、一応病院に電話。
日曜日だからとは思ったけど、案の定内科の先生がいないと断られた。
昼食もなんとか食べさせるも完食ならず。
そうこうしてるうちにどんどん状態は酷くなる。
今までナルコーシス起こしても、自分で鼻水拭いたりできてたのに、
今回は垂れ流し状態。
救急車を呼ぶか、明日まで待つか、かなり追い詰められた。
ダメ元でもう一度病院に電話。
先生に救急搬送で他の病院に行けば、この病気、挿管されてそれきりになる。
なるべくうちに連れて来いと言われた事を伝えるもまたダメ。
明日まで待てるのか?今夜は長くなりそうと思った矢先に病院から電話。
話を聞いた看護師さんが当直の先生に頼んでくれた。

無事?病院に行って診てもらい、入院と相成った。
正味2日間の帰宅。
いろいろな事を考えせられる2日間だった。
posted at 15:04 | この記事のURL
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