理解と協力・・・自殺念慮 [2007年05月03日(木)]
朝から、ショック
な、出来事が起きました
昨晩の「正直しんどい」を、見落としてしまったのです
本当に、『正直 ショック
』な、出来事でした・・・
薬を、21時頃飲んだのが、失敗でした
あの、突如として起きる 『睡魔』 は、本当にやめてもらいたい
朝、高島忠生さんの、「うつ病の闘病生活からの回復」のような番組をやっていました。
ジャガー横田さんの夫で、医師の木下博勝さんが、解説をしてました。
あれ・・・ あの人、確か、外科医だったんじゃ???
実は、母が私に教えに来たんです。いきなり部屋に入って来て「TV、○チャンネル見て!見て!」と。
そして、自分の部屋にさっさと帰って行きました。
「うつ病には、周り(特に家族)の理解と協力が必要」
そして、
「自殺念慮」 についても、説明されてました。
・・・・・・きっと、真剣に見ていたのでしょう
母は・・・
それからです。
5〜10分おきに、私の部屋に来ては、
「何、やってるのぉ?
」
「何か、食べる?
」
そして、ふっと後ろに ”ひと気” を感じ、振り返ると、ドアの隙間から、覗いてる・・・母
(怖いってば・・・
)
今日は、有楽町の無印良品に行くつもりでした。
先月、そこで買った、カーゴパンツの裾が少し長めだったようで、気づいたら破れていたのです
「無印良品お直し工房」で直してもらえば
、それに、ちょうど今は『無印良品メンバー全品10%OFF』もやってるし、何か収穫があるかも
私が外出するのを知った母は、「私も一緒に行く
」と、言い始めたのはいいのですが、
それから ”事件”が起きました

私の行動一つ一つに口を出してくる母に対し、ついに私がキレてしまったのです
「一緒にいると、憂鬱になる!
一人で行く!
」
・・・母は、私が、本当に心配だったんだと思います・・・
そして、”私と一緒に” 行きたかったんだと思います・・・
後で、後悔した私は、有楽町から、母に”ごめんなさい”
を送りました。
でも、
に慣れていない母は、受信してることすら、気づかず
家に帰ってからも、母の機嫌は直ってませんでした
「
見た?」と、ひとこと言うと、無反応の母。
私は自分の部屋にさっさと入りました。
母に送った
には「最近睡眠不足
で、鬱
がちょっとひどい状態だった。イライラ
してあんなことを言ってしまって、ごめんなさい
」と書いていたんです。
しばらくすると、母から「夕飯よ!」と叫ぶ声が。
台所に行くと、トレーに、ごはん
と4皿位のおかず


、お味噌汁
がのってました。
食欲がない私にとって、この量の食事を用意されるのは、”苦痛”以外何者でもないのです
母は、私のために、「元気になる食事」を用意してくれたんだと思います。
でも、私にとっては、・・・
大苦痛 




そこから、悲劇が起きました
私が発狂したのです


「何で分かってくれないの?!
先生が、この間書いてくれた手紙に何て書いてあった???
」
食欲不振の私は、「食べる」という行為を 「食べなければ
、そして、残しては、”申し訳ない”」と感じてしまうのです
夜中になっても、私は眠れませんでした。
やっぱり、一番理解してもらいたい人(家族)に、理解してもらえない病気の辛さを改めて、久々に痛感し、1時間近く泣いていました
そして、「死」について、考えました。
FP 累計勉強時間【2.65】
仕事累計勉強時間【1.00】
な、出来事が起きました
昨晩の「正直しんどい」を、見落としてしまったのです

本当に、『正直 ショック
』な、出来事でした・・・
薬を、21時頃飲んだのが、失敗でした

あの、突如として起きる 『睡魔』 は、本当にやめてもらいたい

朝、高島忠生さんの、「うつ病の闘病生活からの回復」のような番組をやっていました。
ジャガー横田さんの夫で、医師の木下博勝さんが、解説をしてました。
あれ・・・ あの人、確か、外科医だったんじゃ???

実は、母が私に教えに来たんです。いきなり部屋に入って来て「TV、○チャンネル見て!見て!」と。
そして、自分の部屋にさっさと帰って行きました。
「うつ病には、周り(特に家族)の理解と協力が必要」
そして、
「自殺念慮」 についても、説明されてました。
・・・・・・きっと、真剣に見ていたのでしょう
母は・・・
それからです。
5〜10分おきに、私の部屋に来ては、
「何、やってるのぉ?
」「何か、食べる?
」そして、ふっと後ろに ”ひと気” を感じ、振り返ると、ドアの隙間から、覗いてる・・・母

(怖いってば・・・

)今日は、有楽町の無印良品に行くつもりでした。
先月、そこで買った、カーゴパンツの裾が少し長めだったようで、気づいたら破れていたのです

「無印良品お直し工房」で直してもらえば
、それに、ちょうど今は『無印良品メンバー全品10%OFF』もやってるし、何か収穫があるかも
私が外出するのを知った母は、「私も一緒に行く

」と、言い始めたのはいいのですが、それから ”事件”が起きました


私の行動一つ一つに口を出してくる母に対し、ついに私がキレてしまったのです

「一緒にいると、憂鬱になる!
一人で行く!
」・・・母は、私が、本当に心配だったんだと思います・・・
そして、”私と一緒に” 行きたかったんだと思います・・・
後で、後悔した私は、有楽町から、母に”ごめんなさい”
を送りました。でも、
に慣れていない母は、受信してることすら、気づかず
家に帰ってからも、母の機嫌は直ってませんでした

「
見た?」と、ひとこと言うと、無反応の母。私は自分の部屋にさっさと入りました。
母に送った
には「最近睡眠不足
で、鬱
がちょっとひどい状態だった。イライラ
してあんなことを言ってしまって、ごめんなさい
」と書いていたんです。しばらくすると、母から「夕飯よ!」と叫ぶ声が。
台所に行くと、トレーに、ごはん
と4皿位のおかず


、お味噌汁
がのってました。食欲がない私にとって、この量の食事を用意されるのは、”苦痛”以外何者でもないのです

母は、私のために、「元気になる食事」を用意してくれたんだと思います。
でも、私にとっては、・・・
大苦痛 




そこから、悲劇が起きました

私が発狂したのです



「何で分かってくれないの?!
先生が、この間書いてくれた手紙に何て書いてあった???
」食欲不振の私は、「食べる」という行為を 「食べなければ
、そして、残しては、”申し訳ない”」と感じてしまうのです
夜中になっても、私は眠れませんでした。
やっぱり、一番理解してもらいたい人(家族)に、理解してもらえない病気の辛さを改めて、久々に痛感し、1時間近く泣いていました

そして、「死」について、考えました。
FP 累計勉強時間【2.65】
仕事累計勉強時間【1.00】
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