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最新記事
水虫で死ぬ!? [2019年09月06日(金)]
母の介護施設から戻って来た父が言う。39度を
超える発熱があり炎症を起こした足はぐるぐるに
包帯巻きにされていたとのこと。そう、原因は水
虫の細菌感染!

すぐに心当たりが思い浮かんだ。土曜日に行った
際、足をマッサージしているとどうも指周辺がカ
サカサになっている。さらに指の間を見るとじゅ
くじゅくして完全にくっついてしまっているでは
ないの。慌てた私は指の間をウェットティッシュ
でごしごし。水虫なので炎症が。それでも悪化し
てはまずいと皮をこそぎ取ってしまったのだった、、

調べると水虫の細菌が体内に入ると発熱などの症
状を起こし、免疫力の弱っている高齢者の場合は
最悪死に至るとのこと。日曜夜、痙攣しているか
に見えた母は高熱の悪寒に苦しんでいたのだ。話
ができないので状態が良くわからず、私はただ母
の手を握っていた。。

母さん、ごめんよ。。翌日病院に電話し、原因は
私ですと謝罪。看護師さんは優しく、水虫感染は
寝たきりの高齢者によくあることなので心配は必
要ないとのコメント。抗生物質で熱が下がったと
聞き、安心した。
posted at 06:46 | この記事のURL
母に寄り添う [2019年09月04日(水)]
何度か書いてる通り、脳出血で寝たきりになっ
た母に会いに介護施設に毎週土日通っている。
大きな反応があるわけでないものの、食事介助
が必要な母に食事を与え、話かけるのが日課。
ついでに周りのおばあちゃんたちにも声かけ。

すっかり弱ってしまったSさんが心配だ。何とか
食事はのどを通るものの、目はつぶったきりで
何だか苦しそう。ベッドごと食堂に移動はして
来ていたのでそっと肩に手を触れ話かける。も
うその声は聞き取れないほど小さい。わかった
かは別にして出張で来週来れないので翌週にま
た会いに来ると伝える。

部屋に戻ると母が小刻みに痙攣している。今ま
でも何度か痙攣したと病院から連絡はあった。
良く見ないとわからない程度の震え。30分ほ
ど手を握って様子を見るが治まらない。看護師
さんに一声かけ病室を後にする。何かがあった
ら心配と思いつつ。

介護施設で日々繰り広げられる生と死の挟間の
やり取り。これが現実と胸に刻みつつ週末の気
持ちは重くなる。
posted at 06:47 | この記事のURL
日常的な看取り [2019年08月29日(木)]
終身を前提とする母の介護施設では看取りは日
常だ。先日も三途の川を渡りかけた104歳の
おじいちゃんが見事!生還を果たした件は書い
た。まだ80代にも見えるそのおじいちゃん、
やはり遺伝子が強いのだと思う。

母をいつも気にかけて話かけてくれていたSさん
が食堂まで来られなくなって1ヶ月になる。別
のSさん情報によると肺がんとのことだった。
もう90代なので進行は遅いだろうが、顔色も
悪くなって来て苦しそう。仲良くしている介護
士さんに様態をそれとなく聞くと看取りと医師
からは言われたものの、まだ自力で食べられて
いるとのことだった。やはり個室に移るのが死
への準備の合図だったのだ。私はSさんに声か
けする。しっかり食べて。がんばって生きて。

もう1人のおばあちゃんYさんも私の話相手だ。
最近は食堂にも来れず、この方も個室に。母を
部屋に戻す帰り際に部屋に立ち寄るとTVを見て
おり意識ははっきりしている。かわいそうに点
滴になっており手の甲ににじむ血が痛々しい。
大丈夫か確認するとお腹がすいた、と言う。相
槌を打って元気で良かったと話かける。

私は何もできないけど声をかけることで気にか
けてくれる人がいると思えて、生きる活力につ
ながればいいと思う。実際去年死にかけたSさん
は元気になってくれたのだから。
posted at 06:09 | この記事のURL
気温30度で快適 [2019年08月20日(火)]
今週は恵みの雨。灼熱の太陽が朝から照り付け
た8月初旬から中旬。駅までの道のりを15分
歩けば汗だくに。8月も後半になってやっと雨。
朝の気温も25度と快適だ。今週はどうやら猛
暑日から解放されるよう。身体にも心地良い。

猛暑日の週末、自転車を30分走らせて母の介
護施設に通う日々は続いた。夏だからか、母の
周囲では一気に弱るおばあちゃん続出。昨日も
隣のYさんがついに食べられなくなって食堂にも
来ず、個室に移ったとのこと。個室に移ったの
は危険信号の一つだ。

母もめっきり反応が弱まった。なんとか食事は
口に運べど、食事中も目は半分以上閉じ、口だ
け開けている。少し前まで食事中はしっかり目
を開け集中している様相だった時からは大きな
変化だ。

このまま鼻漏への道だろうか。自分で食べられ
なくなるといよいよ植物人間さながらの完全な
寝たきりだ。施設の病床にはそういう人たちも
何十人もいる。息はしてるが、反応はない。

2年前に倒れた直後、脳神経科医の宣告は植物
人間になる、だった。あれから2年と3ヶ月、
なんとか車椅子に座って自分で食べる営みは続
けて来られた。次のフェーズに移行するタイミ
ングが近づいているのかもしれない。
posted at 06:03 | この記事のURL
三途の川は見えるのか [2019年08月13日(火)]
お盆。それは死を想う季節。先祖、故人、戦
争、御巣鷹山飛行機事故。亡き人々との思い
出を胸に人々は祈る。

何度か書いているが母の介護施設は終身で医
療措置を施さないのでここで最期を迎える人
が多い。3年目に入りすっかり施設の人とも
顔馴染み。母の様子に加えいろいろ雑談をす
る。

母を車椅子に移動させてくれていた介護士の
方が「今日もお一人三途の川を渡りそうにな
った人がいた」との雑談。個人情報でもある
ので誰ですか?とは露骨に聞かない。食堂や
家族の様子を見ながら誰かなーと想像。

日曜日誰だかわかった!なんと今年104歳
になるおじいちゃん。食堂に家族が来てたか
らあの人かなとは思っていた。すっかり持ち
直したとのこと。何でも川越市在住だったこ
の男性は市の男性最高齢にランクしているら
しく、敬老の日に川越市長が来るらしい。な
んとか市長が来るまでがんばって欲しい。

そうそう、三途の川とは良く知らなかったが
死後7日後に悪行を行ってなかった人のみ渡
ることができる川らしい。まさに浄土真宗版
最後の審判だったのだ。ホントに見えるのか
しら、三途の川。
posted at 07:36 | この記事のURL
高齢者に厳しい猛暑 [2019年08月10日(土)]
3年連続だろうか、40度近い猛暑日が続き
死者も出る災害レベルの真夏の暑さは。特に
熱中症は本人の自覚が不十分なまま若くとも
死に至るケースも多いため、気象庁も最近は
大げさなくらい注意喚起。どうしても人は自
分は大丈夫と過信しがちだ。

母の介護施設は終身で医療的措置を施さない
人が集まって来るため、みな徐々に弱まりそ
のまま自然に死を迎えるパターンだ。ついこ
の間まで元気に話してくれていたおばあちゃ
んが10日間旅行で施設に行けなかっただけ
で一気に弱まっている。母にも声かけしてく
れたSさんは食堂にも出て来れなくなり、個室
に移ったとのことだ。死を迎える準備だ。

母と同室の人や隣席のおばあちゃん2人も一
気に弱まり一人は食事ができず鼻漏に移行、
もう一人は固形物の摂取は諦め飲み物だけ。
かわいそうにみるみる間に痩せてしまった。

母も施設入居以降、大分反応は弱まり目もほ
とんどつぶっているが、食欲は旺盛である。
一時38キロまで減った体重は45キロまで
持ち直した。それでも、回復は見込めないの
で様態は悪化の一途だ。

私は母と別れる心構えができているのだろう
か。自分に問いただす。突然倒れた2年前、
宿命を呪った。3年目に入った今、覚悟する
に十分な時間は過ごして来れたと思う。それ
がせめてもの救いなのだ。
posted at 06:49 | この記事のURL
おばあちゃんたちとの対話 [2019年07月23日(火)]
毎週末の介護施設通いは3年目に入った。一定
の入れ替えはあるものの、フロアには馴染みの
顔が多い。若干名以外、認知症がかなり進んで
いるので会話は成り立たない。ただし皆、私の
顔は覚えてくれている。

母の反応があまりなく退屈なので、私は周りの
おばあちゃんたちにも声かけする。時に食事の
サポートも。食が進まない人には食べるよう促
し、体調が悪くなって来た人には声かけで励ま
す。家族が頻繁に来てくれる人もいれば、ほと
んど誰も来ない入居者の人もいるのでそんな人
たちは寂しそう。声をかけると喜んでくれてい
るのがわかる。

母が倒れなければ施設の皆さんと知り合うこと
もなかった。人生の出会いは不思議なもの。

おばあちゃんたちを見てるといつか私もこうな
っちゃうのかな、と思う。自分の足で歩けず、
外出もできず、お酒も飲めず、旅行にも行けず。

死ぬ間際まで自分らしい生活を続けたい。切に
そう願う。
posted at 11:01 | この記事のURL
母の生命力 [2019年07月17日(水)]
母が寝たきりの介護施設での生活を始めて3
年目に入った。終身の施設なので多くの入居
者はここで最期となる。基本延命はしないの
で食べられなくなったり、様態が一気に悪化
すれば、静かにその時をサポートする。いつ
の間にかいなくなっている人も多い。

85歳前後の人たちが中心なので77歳の母
はまだ若いほう。同年代の人も何人かいて、
同様に脳卒中系の病で手術後だったり、何ら
かの後遺症で認知症や麻痺が相当進んでしま
っている人もいる。食堂で近くに座るおばあ
ちゃん2人が最近一気に弱って来た。声かけ
しても食事を全然取らないのだ。

それに比べて母は食べる気満々だ。入居して
から一度も残したことはない。2年で体重も
38キロから44キロまで回復した。身長が
162センチもあるのでそれでも細いほうだ。

母は生きたいんだと思う。家族も誰もわから
ない、言葉も話せない状態だけど生きる意欲
がある。顔色も良くなって来た。元に戻るこ
とは100%ないけど、少しでも楽しみのあ
る人生を過ごせたら。それが唯一の願い。
posted at 09:06 | この記事のURL
夢枕の母 [2019年07月04日(木)]
平日父は3日、土日は私が母の介護施設に通う
生活を続け、2年と3ヶ月が過ぎた。今年80
歳になる父は車で20分程度走るのだが、先日
途中で車が故障してしまい、危ない目に遭った
とのこと。事故につながらなくて良かった。

母と私の旅行アルバムの中でも極上シリーズの
中から父が母の遺影を探し始めていた記事は以
前書いた。それから何のアクションもなかった
のだがついに昨日遺影を発注して来たとのこと。
確かに寝たきり生活も3年目に入ったが、まだ
死ぬまでには時間があるのでは・・?と思って
いた矢先。

母は家族は認知できないものの、3度の食事は
車椅子に座りしっかり完食できる。嚥下の問題
も全くない。それでも倒れた直後からはさらに
反応も弱まり最近は行ってもほとんど目を開け
ない。食事中は目を開けている。

母が夢枕に出て来た。貸切飛行機で私は移動す
る。行った先に母が横たわっている。寝たきり
なのにコースのプレート料理を私に準備して待
っている。傍らには真っ赤な薔薇の花。私は母
の最期の手料理を写真に収めようと思うが、う
まく行かない。

と言うところで目が覚めた。父が母の死を予見
するような行動に出るから、夢にまで見てしま
った。

死はいつしか誰にでも訪れる。そんな当たり前
の事実が日常になって2年と3ヶ月。父も母も
静かにその時を待つ。
posted at 06:48 | この記事のURL
父の踏ん張り [2019年06月09日(日)]
世の中的には父の日かしら。母の日に比べると
どうも忘れがちな父の日。特に何も準備せず、
普段通りの夕飯を父に準備。

昨晩急に父が言う。左手にしびれが走るように
なって来たと。母の介護施設への通いを週3日
から2日程度に減らそうかと。そう、この2年
間突如寝たきりになってしまった母の介護のた
め、父も私も精一杯踏ん張って来た。施設通い
も3年目に入り一体いつまで続くのか。私も毎
週末の時間をどこまで費やすのか考え始めてい
たタイミング。私はまだ若い。(とは言え、今
年50歳!)父は80歳になる。無理は利かな
い。

何よりも心配なのはやはり車の運転だ。自転車
で30分ほどの距離なのだが高齢の身体に自転
車での道のりは厳しく車で通っている。途中、
万が一の事故で人を巻き込んだりしたら、他人
の生活もそして私たちの生活も一変しかねない。

介護に関われるのも自分たちの健康あってのこ
と。中長期戦が見込まれる状態になったらどこ
かで折り合いをつけなければ自分たちが持たな
い。
posted at 15:58 | この記事のURL
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