きょうは、
68回目の終戦の日だ。
さきほど、NHKの戦没者追悼式を見ながら、
街に流れたサイレンに合わせて、1分間の黙とうをした。
ただ、目をつむっていただけでなく、今朝の朝日新聞で、
日本兵が日本兵を殺したり、飢えでその仲間の肉を食べた記事を読んだりして
黙とうする前から、、
こんな暑い夏に、あの日原爆が落ち、その原爆でひどいケガをし、
そして、敗戦の日を迎え、日本を離れ、熱帯の地で、お風呂も入れず、食べるものもなく、
闘わなかった人の、
飢えや体の気持ちわるさや不快感など、
当時の人たちのことを、
いろいろ自分なりに想像していたので、
黙とうの最中に、
つらかったろう、つらかったろう、という思いがこみ上げてきて、
胸がいっぱいになり、涙がでそうになった。
今朝の朝日新聞の、「天声人語」に
終戦の日は、敗戦の日、というようなことが書いてあった。
詳しくは
こちら。
たしかにそうだ。
戦争が終わったというより、
日本が戦争に負けた事を認めた日でもある。
終戦という言い方で、
この日を
戦後生まれに教えてきたけれど、
本当なら、「負けた日だ。」と教えるべきじゃなかったか。
私自身が戦後生まれで、戦争を知らない人間で、
どうして、我が子に戦争の悲惨さを教えられるだろうか?
みなさんは、どう
過去からの教訓を、
子供たちに教えていますか?
68年前のあの日も、
こんなに暑い日だったのだろうか?
68年前は、温暖化が今より進んでいないから、
これほどではないにしても、
暑い夏、少し前に広島や長崎に原爆が落ち、
怪我をした体で、
病院も、冷房も、冷たい飲み物も食べもののない中で、
この日を迎えた人たちは、
どんな気持ちだったろうか?
どんな苦しみだったろうか?
300万人もの人が、戦争でなくなったなんて、
2011年3月11日の震災関連で亡くなった人の数の比じゃない。
ものすごい数じゃないか。
あの津波より何倍もの威力で、
おろかにも、人が人の命を奪ったのだ。
300万人の戦没者とは、日本人のみの数だろうか?
日本人が殺した海外での人命も含めれば、
もっともっと多くの人の命が亡くなったことだろう。
こんな年になっても、
戦後生まれの上歴史に疎い私は、
まだまだ戦争について知らないことが多い。
なのに、私たちより若い世代に、
どれだけ戦争の悲惨さが届いているだろうか・・・?
私の息子など、
もし、68年前に今の年齢だったら、
まちがいなく使い捨ての兵隊にとられていただろう。
爆弾積んだ飛行機で、
敵機に体当たりせよと、命令を受け、
特攻(特別攻撃)の人間爆弾となって、
自らの命を無謀な日本によって、
散らせていたことだろう。
今の私は、
飢える経験もなく、
食べ過ぎて、丸々太って、
ダイエットが必要な体になり、
冷房のきいた部屋で、
サプリや
冷たい、栄養満点の
プロテインダイエットシェイクなんて飲んで、
戦没者追悼式のテレビを見ながら、
こうしてブログ打ってる。
もし、68年前の母親だったら、
子供や家族に食べさせるものを探し、
生き抜くのに必死だったことだろう。
だから、
こんな私なんかに、
戦争の本当の悲惨さなんてわかるわけないし、
戦争を語る資格なんてないんだけど、
でも、せめて、
ここに来てくれてる皆さんと一緒に、
この日ぐらい、
その当時の人たちの苦しみ、悲しみ、怒り、恐れを、
精いっぱいの想像力を持って、
想像し、その当時の人たちの思いに寄り添いたいと思う。
現在の自分たちの生きる平和な社会は、
過去の多くの命の犠牲の上に、
あることを、
戦後生まれも知らなければいけないと思う。
今の私には、
「やすらかにお眠りください。
私たちは、絶対に、
今後、このような悲惨な過ちを繰り返すようなことはさせませんから。」
と静かに祈りをささげることしかできない。
これからの若い人たちには、
まずは自分が過去の過ちから戦争の愚かさを
しっかりと学び、
次の世代に伝えていってほしいと思う。
私は、私自身が、
戦争の知識をあまり持っていなかったんだけれど、
とりあえず、一緒に学ぶつもりで、
息子が小学生の時、
沖縄で、
いろいろ戦争に関するものを一緒に見てきた。
若いママパパたちも、
親として、まずは自分たちが過去からの教訓を学び、
子供たちに、
その教訓とは何なのか、
伝えていってほしいと願っている。
若い世代の人たちには、
なんでもいいから、
自分にできる、
小さなことから、はじめて、
もう、
二度と過去の戦争のような過ちを繰り返さない人間を育てて
ほしいと思う。
(こどもに戦争について教えるには
こちらを参考に)