広島の中学生が作った「平和の歌ねがい」を広め始めて6年、今では「ねがい」は1609番までの歌詞が増え、世界一長い歌として日本テレビの木曜スペシャルでも紹介され(2007年11月)、錦野旦さんが当時の1022番までをうたってくださいました。また本人の1023番もねがいHPに収録されています。そんな私の今の夢はねがいでつながったケニアの子供たちのためにケニアに学校を建てることです。
「ねがい」ウェブサイト http://www.jearn.jp/2003conference/negai/index_j.html
ケニアグッズのフェアトレードショップ(ケニアの学校建設のため)
てづくりコネクション→ http://tedukuriconnection.web.fc2.com/

 
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最新記事
ケニアスクールプロジェクトのホームページが完成!Kenya School Project homepage has launched! [2010年08月09日(月)]
 

ケニアのカイモシに「ねがい国際教育センター」を設立! 9月3日に日本をたちます。
日本語、コンピューター、ESDの教育から始めます。対象は小学卒業した学生から。
エコツアーも始めます。現地は1700mの高地にある大変さわやかな気候の小さな村です。
ケニアスクールプロジェクトのホームページはこちらです。右下の欄をクリックしてください
http://www2.jearn.jp/fs/407/japanese/j_index.html

KENYA SCHOOL PROJECT HOMEPAGE has been completed! Please click this URL!(right below)
http://www2.jearn.jp/fs/407/english/e_index.html
posted at 20:16 | ケニア | この記事のURL
ゲストハウス建設中 Guest house is being built [2010年07月21日(水)]
 
今ケニアのカイモシにゲストハウスを建設中です。最初2部屋のはずが8部屋も!

遠距離でコントロールするのは大変です。最初2部屋と決めていたのが、現地で業者と相談して、8部屋のほうがリーズナブルということで、建ててしまっていました!当然費用が足るわけなし!

しかしまた相談しなおして、当面エコツアーに力を入れ、すこし蓄えができたら、本来の学校建設をみんなで協力してやるということに。

ということでみなさんぜひエコツアーに来てください!それが一番助かります!エコツアーはこちらを見てね!9月3日に2組のお客さんと一緒に私たちはケニアに移住します。

インタネットカフェの看板もできました。チリの友人エルナンのデザインです。カフェはセンターに変わりました。当分ここでパソコンと日本語を教えます。

このサイトは画像の挿入がうまくいかなくなったのでこちらのサイトに移動します!
右上の「ケニアに学校を」のサイトです。
<特大<太>>I will change the ”Kenya school website” because images can't be used suddenly!
Please click the URl in the right upper side " Let's build a school in Kenya!"
http://kenyanschool.cocolog-nifty.com/blog/
posted at 20:05 | ケニア | この記事のURL
Niagara Falls [2010年07月17日(土)]
 

フォートジョージの町 ForT George

アイアーン国際会議も中日で14日はナイアガラ観光に行きました。
On the way of the iEARN Coference, we had a chance to go to the Niagara Falls.

ナイアガラの滝 Niagara Falls

実物はやはりすごい! ボートに乗って滝廻り。その雄大さに圧倒されました。レインコートを貸してくれるものの、顔にあたる水しぶきは大変気持ちよかったです。
The real one is sooo great! It is overwhelming! The splashes were very comfortable.

次の日は私の「ケニアスクールプロジェクト」のプレゼンをしました。いろいろな国の人に関心を持ってもらってよかったです。
The next day I had a presentaion on Kenya School Project. A lot of participants are interested in our project.

私のプレゼン My presention on Kenya School Project
posted at 07:53 | 外国 | この記事のURL
From Canada [2010年07月13日(火)]
 
今カナダのトロントから1時間のバリーというところに来ています。そこでアイアーン国際会議が開かれています。
I am in Barrie, in Canada now. iEARN International Conference is being held here.


今日は開会式が行われ、約60カ国500人の先生、生徒が世界中から集まっています。目を引くのは中東やアフリカの国々の人たちの民族衣装です。
Opening ceremony was held with about 500 students and teachers from 50 countrie. Especially Oman participants' and African participants' attires are very outstanding.

普段メールやフォーラムでやり取りしている人たちと久しぶりに顔を合わせたり、はじめて会った人ともすぐに仲良くなれたり大変excitingな毎日です。
We are having exciting days with mingling with many participants whom we haven't seen for a long time or whom we met for the first time.

上から日本とエジプトのチーム Japanese & Egyptian team
オマーンチーム Oman team
セネガルの代表 Senegali representative
posted at 12:12 | 外国 | この記事のURL
ひょうたんつながり [2010年06月27日(日)]
 

故郷の海と山

ケニア行きを両親に理解してもらうことが今一番の難関でした。両親は80歳過ぎ、アフリカのことは遠くて、大変な生活をしている人々がいる。というぐらいの理解でしかないかなと思っていました。手紙で私たちの決意を伝え、電話でも母とはよく話したものの父からはひょっとしたら勘当されるかもと思いながら、故郷に帰り、一生懸命写真を見せながらケニアのことを話しました。

ケニアのヒョウタン

父はある写真に大変興味を持ちました。それはケニアでヒョウタンの中にミルクを入れて、保存しているものを現地の奥さんが抱えている写真でした。

父は自らヒョウタンを作りそれを丹念に磨き、色を塗り、絵を描いてもらったりして、素晴らしい芸術作品を作るのが趣味です。それを品評会に出して、日本一の大きさのヒョウタンという賞を得たこともあったのでした。

お化粧したヒョウタン

それで日本のヒョウタンはモノを入れるにはもろくて、液体など入れられなくて観賞用なんだそうですが、ケニアではそれを立派に容器として使っている。。それが興味を引いたようでした。そしてヒョウタンの歴史も知っていて、ヒョウタンの故郷はアフリカだと言って、ぐっと身近にアフリカを感じたようでした。

それからはワールドカップもアフリカチームを応援するし、ひょっとして私が来年ケニアの生徒を家に連れてきてもいいと聞くと、「もちろんだよ」と言ってくれたではありませんか!!

ああ!やはり私の親だ!と一挙に不安が氷解しました!

posted at 22:14 | ふるさと | この記事のURL
マスダールシティーって? [2010年06月10日(木)]
 
カタールのドーハに行ったとき、石油は水より安く、近代的な高層建築が次々とできて行ってく一方スーパーでは輸入の野菜果物ばかりでこれは持続的な発展に逆行するなと思ったんですが。。

今日こういう記事を見つけました。「マスダールシティ」UAEアラブ首長国連邦の首都アブダビにある近未来都市だそうです。UAEといえばドバイが有名で、ここも近未来都市然としていて、一部ではバブルがはじけた?ともささやかれていますが、このアブダビでは2006年より、マスダール計画なるものが始動しています。

これは世界初の「環境都市マスダールシティ」を作ろう、という試みであり、2015年完成予定。アブダビ政府が中心となって進めている経済開発プログラムで、持続可能な社会の構築を目指すため、最先端のエネルギー技術の研究開発を近未来都市を作りながら行うようです。2006年5月に発表された10年にわたる計画では、予算総額は数千億円規模だそうです。

アブダビは逆説的に、潤沢なオイルマネーによって、自らが石油依存型から抜け出す広大なプロジェクトを始め世界のイニシアチブをとるべく動きだしているそうです。さて成功するでしょうか?
http://abudhabist.com/?p=50
You Tubeにも紹介されています。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v..



posted at 19:07 | ESD | この記事のURL
ジュネーブとアウシュビッツで人権について考えたこと2 [2010年06月05日(土)]
 

雨に煙るポーランドの旧市街

ここでの見聞で『人権が侵されることは→支配者の思い通りに動かせる社会→いつでも戦争できる体制→戦争をすればお金が儲かり景気が良くなる。』という構図が読み取れた。

これは現代でも大いに教訓にすべきことである。社会が効率よく運ぶために不必要な人々は排除される。派遣の労働者、外国人労働者、政府に抵抗する人々、障害を持つ人々、高齢者、落ちこぼれの子どもたち。そしてその人たちの人権意識を麻痺させ、社会への批判を封殺する。単に景気を良くする効率のよい社会を作るというのはそこにつながるのではないか。そして行きつく先は戦争。。その犠牲者は社会の弱者であり、システムの上にのった人はお金儲けができる。。。そういう仕組みが今回のアウシュビッツ訪問でくっきりと見えるようになった。

アウシュビッツの生きのこりポーランド人のスモーレンさん

しかし当時の修羅場の中でもスモーレンさんのように抵抗した人もいたのだ。彼によると「抵抗というのは必ずしも武器を持って戦うということではなく、収容所で秘密裏に書いたメモを外に運び出す協力者、ポーランドの学校がドイツつの支配下で廃止されたがそれでも秘密に教えることを続けた教師たち、ユダヤ人をかくまった一般市民など、虫けらのようにナチス翻弄される人たちばかりでなかった。実際現在90歳まで生きていらっしゃるスモーレンさんにお会いして、アウシュビッツの悲惨さとともに、勇気のある人々の姿が浮かび上がってきた。最後のお別れのときのスモーレンさんの握手はとても力強かった。まるで「今日のお話をしっかりほかの人たちにも伝えてよ」とでも訴えるかのように。

地下壕に入ろうとするパルチザンの兵士の像

ジュネーブとアウシュビッツがここでぴったりと一致した。それは人権を守ることがどれだけ大切であるかということだ。子どもの権利、弱い立場にいる人たちの権利、それを守ることこそ戦争に進まない道である。社会の効率化、景気ばかりにこだわる社会の在り方は危険である。『共に生きる社会』これを目指してこそ、真の平和が生まれる。
posted at 15:37 | 外国 | この記事のURL
ジュネーブとアウシュビッツで人権について考えたこと1 [2010年06月04日(金)]
 
ジュネーブの国連子どもの権利委員会で行われた審査は事前の子どもたちの研修の成果が発揮され、委員さんたちが、真摯に新自由主義が及ぼす、競争主義や貧困に苦しめられているこどもたちの状況改善を求める質問を日本政府に投げかけていたのが印象的であった。これこそ子どもたちの意見(悲鳴)を受容することが大切であるという精神であると実感した。

兵役義務が終わって歌って喜ぶポーランドの若者たち

それに対して、日本側の答弁が形式的なものに終始し、血が通っていないことを見せつけられた。しかしながら子どもたちの直接の訴えがこのように国連で反映されることで日本の教育の現状が少しでも改善されることを祈るばかりである。

「自由への道」と書いてあるアウシュビッツの入口

アウシュビッツは今までいろいろ授業でも取り上げてきたが、実際足を運んで、実物を見て、中谷さんやスモーレンさんのお話をうかがって、さらに深く考えさせられた。ユダヤ人がなぜ狙われたのか、中谷さんは『システムを維持するため』と言われた。最初その意味がわからなかった。

人間の尊厳も保てないトイレ

1920年代後半の不況下のドイツでヒットラーが合法的に首相に選ばれた。当時の社会を立て直すため何が必要か、それは不必要な人たちを排除して効率的な社会を作り、景気を向上することであった。そのターゲットがユダヤ人!今までユダヤ人が宗教的にも人種的にも憎まれていたためターゲットになったと思っていたが中谷さんによるとユダヤ人をターゲットにすることが一番社会をおさめ、お金を儲けるのに都合がよかった。

まずユダヤ人をゲットーに隔離して、彼らの財産を没収した。これでかなりのものがナチスの手に入る。次にドイツ社会の不要な人々(政府に抵抗する人々、身体障害者など)を収容所に入れ、働けるものは働かせそれで得た収入をナチスが没収する。次にユダヤ人を大量に(130万人のうちの110万人はユダヤ人)送り込み。彼らの持っている、衣服、靴、身の回りの品からひいては髪の毛、金歯を奪い取り、それを売る。これでナチスは莫大な富を得、社会の景気を上向きにした。髪の毛を毛布に加工してそれを売ることまでやった。(原料は秘密にして)
後半では収容しきれないほどの捕虜収容者が来るのでユダヤ人同士に管理させ、直接殺戮に手を下す作業もユダヤ人に任せた。このシステム作りで社会を階層社会(ユダヤ人が一番下)として固めていった。
posted at 16:08 | 外国 | この記事のURL
ジュネーブ国連へ To the UN in Jeneva  [2010年06月03日(木)]
 
国連子どもの権利委員会の本審査傍聴にジュネーブに行きました。

全部で70名ほどのツアーでそのうち3分の一は子どもたち(青少年)です。彼らは普段の学校や社会生活での困難さを国連委員に訴える機会を得、それを国連の委員たちが子どもの権利条約に照らして、日本政府に勧告する審査の傍聴です。

国連ビルは元宮殿のPalace Wilson

日本は開発途上国に比べ、教育面でも恵まれていると思われがちですが、社会や学校での競争により不登校やいじめ、家庭の貧困など様々な問題に苦しめられています。

子どもたちの訴えを聞いて、国連の委員たちは日本政府に子どもたちにとってもっと生きやすい社会にするための質問を次々と投げかけて行きました。子ども手当、高校の授業料無料化はかなり評価されていましたが、社会で子どもたちをもっと共育する必要があるという観点をもっと高める必要があるという勧告でした。


しかし自らの訴えが国連に届くという経験をした子どもたちは今回の旅行でかなり自信を得て、make a difference の素晴らしい体験をしたと思います。

posted at 17:50 | 外国 | この記事のURL
神戸新聞で紹介されました!Kenya School Project was in troduced in Kobe Newspaper! [2010年05月19日(水)]
 
5月18日神戸新聞、夕刊で紹介されました!

ケニアにささぐ第二の教師生活 神戸の元教諭 

現地のパソコン教室で学ぶ若者たち

ケニアでの学校設立の抱負を語る長田さん

 3月に神戸の中学校を退職した長田寿和子さんが、ケニアで日本語や平和などについて教える学校設立の準備を進めている。9月に夫博文さんと移住し、現地の教師らと来年1月の開校を目指す。第二の教員生活を前に、長田さんは「一方的な援助ではなく、ケニアの人たちと一緒に地域の学校をつくりたい」と抱負を語る。(石沢菜々子)


 長田さんは7年前から、広島市の中学校の平和学習から生まれた歌「ねがい」に新たな詞をつなげる運動に取り組む。この活動での出会いを機に、2006年にケニアへ。不十分な環境でも懸命に学ぼうとする子どもたちの姿に、「ここで教師がしたい」との思いが芽生えた。

 その後、長田さんの学校設立への思いに、ケニアの教師が賛同し、同国西部の村、カイモシで土地や家の提供を受けられることになった。長田さんらは地元でも設立資金を生み出してほしいと、3月から学校予定地内でパソコン教室を運営。現地の住民を雇用し、若者ら約20人が通っている。

 学校は「ねがい国際教育センター」と名付けられ、長田さんが校長を務める。主に15〜18歳が対象で、日本語やパソコンから教え、将来的には環境や経済を総合的に学び、国連が普及に努める「持続可能な開発のための教育(ESD)」を実現したいという。

 カイモシは赤道直下だが標高が高く、アボカドや紅茶など農作物も豊富。長田さんらは学校運営の一方で、牛のふんなどをバイオガスに活用し、有機農業を進める。「日本にいるよりもエコ生活を送ることができる」と長田さん。「活動を少しずつ広げ、日本との交流の場にもしたい」と期待を膨らませる。

 長田さんはケニアの子どもが使うポールペンや鉛筆などの文房具の寄付や募金を呼び掛けている。長田さんTEL078・801・1065

(2010/05/18 16:11)
posted at 20:04 | ケニア | この記事のURL
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