ご要望に答えて名古屋での
同棲生活の短遍を紹介したいと思います( ̄ー ̄)ニヤ...

と2日間共にし又逢う事を誓い名古屋駅新幹線のプラットホームで涙のお別れをしたのです。
別れた後の虚しさは経験しないと解らないかも知れませんが、力が抜け何もしたくない放心状態がしばらく続いたのです。
当時電話連絡は出来ず
彼女の家には体を悪くした父親がいて電話口に出るため連絡手段は手紙の遣り取りだけなのですそれもこちらからは余り出せないし裏には住所名前は入れなかったと思う。
逢いたいがためこちらから月一で出掛けたのですが、その頃休みは連休ではなく土曜日に出て実家に一泊のとんぼ返りの連続でした
後に半ドンになり少しは楽になった

の所には兄貴の車を借りて行ったり電車で行ったりで、電話で直接呼び出すのはヤバイので近くの喫茶店から店員に頼んで取り次いで貰ったりしたのです。
それでも父親の目があり
彼女は非常に父親を嫌がっていたし怖がっていた余り時間が取れず近くの藪の中でちょこっと抱き合う程度でした。
そんな状態が半年位続いたでしょうか、私も我慢が出来ず、寮生活も嫌やで部屋探しをする事にしたのです。
不動産屋には恥ずかしいので男2人で住むという嘘を付きしかも低家賃の部屋を紹介して貰い何件か回りましたが、名鉄で名古屋駅より2駅徒歩10分の地理条件に佐古前荘がありました。
当時1帖千円が相場でしたか、6帖と板の間が3帖位と流し場があるだけで、もちろん風呂はなくトイレは共同という、昔左官職人が住んでいた長屋みたいなアパートで家賃は6千円でした。

に急遽来て見て貰いそこが同棲生活の拠点となったのです。