日々のつれづれ日記です。
本や映画や舞台の感想、友達の話、愛犬の話、etc、etc。
気まぐれ更新なので、気ままにお付き合いください♪

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すこやかな・・・ [2008年09月30日(火)]
江國香織さんの小説やエッセイの中にしばしば現れる、“すこやか”という言葉の使い方が好き

国語辞典を引いて出てくる意味とは、ちょっと違う。
漢字じゃ、雰囲気が出ない。
あくまでも、ひらがな

生理痛がいつになく重くて、おなかは痛いわ、腰も痛いわ、頭もボーっとするわ、集中力ないわ、おまけに外は寒い雨降りで、気が滅入っちゃって。

銀行と買い物のついでに本屋へ寄って、翻訳もののキュートな絵本を4冊、衝動買いしてしまった

♪ 『やどなしねずみのマーサ』 (文化出版局)
♪ 『アンジェリーナのハロウィーン』 (講談社)
♪ 『しつれいですが、魔女さんですか』 (小峰書店)
♪ 『ケーキやさんのゆうれい』 (フレーベル館)

いいトシして、絵本、好きなんです

アンバランスで寂しくて、何て、すこやかな日。
久々に、すこやかな私。

たえまない、静かな雨音の中で、心が凪ぐ
posted at 15:56 | この記事のURL
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24時間 [2008年09月27日(土)]
“人生最期の24時間、あなたは誰のために生きますか?”

映画『イキガミ』のキャッチコピーだ。
イキガミ、とは、ある日突然届く、死亡予告証のこと。
それを受け取ったひとは、24時間後に必ず死ぬという――。

映画の公式サイトでは、
「もしもイキガミを受け取ったら、最後の24時間をどのように過ごしますか?」
という投稿企画も話題らしい。

・・・私なら・・・。

銀行と郵便局の通帳を持って、ネルと美羽を連れて、新幹線や電車を乗り継いで、遠方に住む大切なひとに会いに行く。
通帳の暗証番号を伝えて、ネルと美羽を私に代わって育ててやってください、と頼む。
そのひとの家には、すでに犬も猫もいて、家族もいて仕事もあって、余分な人手や時間はなくて、そこへさらに負担をかけるのは申し訳ないのだけれど。
でも、最愛のこどもたちと別れなければならないのなら、せめて、そのひとに託して逝きたい、と思う。
ほかの誰でもなく。
大好きなそのひとと言葉を交わしながら、ネルを膝に抱いて、美羽をあやして・・・タイムリミットの5分前にその家を出て、全速力で走れるところまで走って、路上で倒れたら、それでいい。

息が詰まりそうなほど、現実的な想像。

・・・君がため 惜しからざりし命さへ ながくもがなと 思ひけるかな・・・

意味が、身に沁みる。
言葉にならないほど、愛しいこどもたちを、呼ぶために私の声はある、抱くために私の腕はある、守り育てるために私の体は動く。

・・・君がため・・・

長生きをする、責任がある。

posted at 00:55 | この記事のURL
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犬の眸 [2008年09月19日(金)]
大阪府内の山中にある、犬猫のシェルター施設の見学に行ってきた。
犬つながりのご近所さんとの協力体制で関わり合いになった、2頭の捨て犬を、預かってもらえる可能性が出てきたからだ

先月下旬、近くの河川敷で、骨と皮ばかりに痩せこけてさまよっていた。
おそらく、兄妹だろう。
思わず目をそむけたくなるほど、すべての足の裏の肉球がぼろぼろに傷付き、震えながら立ってよたよた歩くのがやっと、という有様だった。



ベージュ色が男の子、仮名・ダイ。
褐色の方が女の子、仮名・チロ。

獣医さんに診てもらったところ、年齢は2〜3歳。
なりは大きい(がりがりに痩せていても20kgはあった・・・)けれど、性格はとても優しく、ひとなつっこい子たちだ。

警察と保健所には、翌日すぐに届出を出したが(いちばんラッキーなケースとしては、捨て犬ではなく迷い犬で、飼い主が心配して捜索願を出しているという可能性がある)、何日たっても、どちらからも折り返し連絡はなかった。

予想通りではあったけれど、やはり行き場のない捨て犬だ、ということがはっきりした。


動物病院で高栄養療法食の缶詰を買ってきたり、頻繁に様子を見に行ったり、散歩だゴハンだトイレだ寝場所だと、おせっかい4人衆が世話を焼いているうち、さすがは犬、めきめきと快復をとげ・・・

今、2頭は、訓練所にいる。
仮住まいと、基本的なしつけを兼ねて

犬は、情が深い動物だから、褒め育てで伸びるんだって(笑)
怒鳴ったり、威圧したり、暴力なんてもってのほか。
ひとの言うことを聞いて、ひとを喜ばせることが“嬉しい”と思わせることが何より大切

純血種の子犬ならともかく、なんせ、雑種だから。
なんせ、でっかい成犬だから。
それでもって、オイデもマッテもダメも意味がわからず、散歩に出れば気の向くままにひとを引っ張り回し、見知らぬものに吠えまくる・・・では、新しい飼い主さんを見つけるのは難しいからね。

そう・・・
私を含め、この兄妹犬に関わり合った4人は、すでに犬や猫を飼っていて、この子たちをずっと手元に置きつづけることは難しい・・・

おおまかな経緯を知っている友人の一人が、
「私は、関わり合ってもどうすることもできないから、初めから関わらない、見ても何も感じないようにしてる」
と言った。
「助けるのは、人間の一方的な感情」
だとも。
その感覚は、よくわかる。
私が、世界各地の、戦禍や地雷や災害や飢餓や貧困に苦しむひとたちに対して抱く感情と、とてもよく似ている。
そういうテーマを扱ったドキュメンタリー番組は極力見ないし、見ていても感情移入はしない。
番組のゲストのタレントさんたちが全員、目をうるませていても、私は泣いたことがない。
その現実を痛ましいと思わないわけではないし、一日も早い問題の解決を願いはするけれど、実際、私にはどうすることもできない、別世界のできごとだと割り切っているからだろう。

では、どうして犬に対してはそういう割り切り方ができないか、といえば、理由は単純。
人間に対してよりも、犬に対して抱く、愛おしさや親しみや恩義や償いの気持ちが、比べものにならないほど深いからだ。
幼い頃からずっと、私の命を支えてくれていたのは、人間の言葉や理屈や常識や善悪ではなく、言葉をもたない犬たちの眼差しだったからだ。
人間のそれとは色も形もまるで違う、犬の眸。
敵意も嘲笑も、哀れみも媚もない、まっすぐな視線は、私の憧れでさえあった。
その眸の前でだけ、自分が生きているという事実を受け入れられる気がした。
16年、傍にいてくれた愛犬と、近所の犬たちの存在は、私の唯一の親友であり、拠り所であると同時に、免罪符だった。

――生きていても、いいですか?

飼い主に捨てられて、さまよって保護された犬は、そう問いかけるような目をしている。
胸がしめつけられる。
かつて支えてもらった恩義を、目の前にいる不安げな眸に、返したいと願う。
おそらく、一生かかっても、返しきれるものではないのだけれど。

それに、犬は野生動物ではないのだから。
飼育放棄という、どこかの無責任な人間がしでかしたことの結果は、その後、関わり合いになった人間が、できうる限りの形で償わなければならないことだと思っている。

シェルターに預けるといっても、それで御役御免、というわけにはいかない。
信頼できる新しい飼い主さんに出会って、その家の子になるまでは、経済的支援は欠かせない。
お金で何とかなることがらの、あまりの少なさに愕然とする。

ダイ・・・
チロ・・・

愛情とか、同情とか、犬好きだからとか、そんなキレイなものではなくて・・・

贖罪が天に通じますようにと願う・・・
posted at 00:46 | この記事のURL
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夢と現実 [2008年09月06日(土)]
1年、経った。

母が遺した「とんでもないもの」・・・母と私の関係を全否定する証拠品のようなものたちを見つけてしまって、絶望のどん底に落ちた、去年の今日。

ああ・・・生きてこられた。
支えてくれたひとたち、ありがとう。
重すぎる話のありったけを受け止めてくれた、貴女。
電話で泣いている私を笑わせてくれた、あなた。
遠くで心の支えになってくれた、貴方。
いつも傍にいて、きらきら輝く瞳で愛をくれた、小さなネル

ありがとう。
本当に、言葉にならないくらい・・・ありがとう・・・

たかが時の流れごときで、傷は癒えやしない。
痛みは消えない。おそらく、一生。
それで当たり前なのだと、だからどうしたと、開き直ってやりたい。
と、今は思う。

   WHO CARES?

大好きなスヌーピー・コミック『PEANUTS』の、サリーの名台詞を、今こそ

とはいえ、普通に家にいて、家事や仕事をこなしていたら、きっとろくでもない記憶ばかりが甦ってドツボにはまりそうだという予感がしたので、ダンスの祭典『フロアプレイ』のチケットを取って、出かける予定を決め込んでおいた。
はにかみやさんのジャパニーズにはなかなか出来なさそうな、Sexy&Powerfulなダンスの数々。
ジュエリーが舞い踊っているかのような、鮮やかな衣装とライティング。
時には、客席からオジサンやオニイサンの手をとって引っ張り出して、一緒に踊っちゃったりもする、艶やかでキュートな女性ダンサーたち
最高の、夢の時間。

時間とお金の使い道は、こうでなくっちゃ!
1年前みたいに、点滴と精神安定剤のお世話になってへたばってたんじゃ、人生もったいない。
なんていうけど、そうやって命を繋いだから、今日があるのよね。
いきなり効き過ぎてびっくりさせられた、あの白い薬にも、やっぱり感謝、かな(笑)

終盤のメンバー紹介からアンコールあたりにかけて、気付かないほど少しずつ客電を点していって、夢と現実をさりげなく橋渡しをする演出が、粋だった。

夢と現実は、別の場所にあるのでもなく、隣り合わせにあるのでもなく。

夢は、現実の中にある・・・いや、むしろ、夢は現実の中にしかない、と。

ふと、感じた
posted at 21:30 | この記事のURL
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