花火! [2008年07月26日(土)]

ベランダへ出たら、隣の町の花火大会が見えました。小さいけど。
しかも写真には撮れなかったし。
でも何となく得した気分。
にゃんこが双眼鏡を貸してくれたけど、ぶれるので小さいけど普通に見てた私。よ〜く見えるけど、重いし。
途中雲が低くなった時は、高くあがる大きい花火ほど下3分の1しか見えなくなり残念でしたが(泣)、最後まで見てました。
ビールは手元にあったし、音は結構響いてたので、あとは火薬の匂いが欲しかったかも。
今は花火もPCで制御されていて、指1本、Enterキーでプログラムがスタートするらしいです。
花火の筒に尺玉をセットし、絶妙のタイミングで火をつける緊張感ある花火師のワザみたいなのはなくなっていくのかな?あれ、かっこいいのに。
ヘルメットかぶって、時限爆弾ポチッとな!ボヤッキーより、断然かっこいいでしょー!
ヌル〜イ湿度高めの夜の風も何となく心地よく、今日こそにゃんこにプレゼントしてくれた浴衣を着れば良かったなぁ。
何を隠そう今日はヨガるために買ったカエルスーツを着ていたのでした。残念・・・。
回鍋肉 [2008年07月26日(土)]
『壊れた光、雲の影』片山恭一 [2008年07月26日(土)]
片山恭一さんと言えば、セカチュー(『世界の中心で、愛をさけぶ』)かな?
私はまだ読んでいないけど。
ヒットし過ぎて私は引いてしまったのだけど、言わずと知れたその内容。
韓国だっけ?リメイクされたし。違和感を感じたそのタイトルは『僕の、世界の中心は、君だ。』・・・片山さんは心の広い方なのでしょう。
『最後に咲く花』もそうだけど片山さんは、渇いた空を舞い落ち葉が地面に着いて、風雨にさらされ、長い年月をかけて地層になる、というイメージ。静かだけどガッシリ!みたいな。
その過程の根から水分養分をすって葉が光合成をして成長するとか、花が咲くとか実を結ぶとかアクティブなイメージは省略されて、また枯れ葉がバクテリアに分解されて土に帰るという目に見えにくいところもカットされ、輪廻の一部分のクローズアップしましたという感じの、一見一方通行でシンプル!というのが私の中の片山さんです。
情熱、強さや激しさ、普遍性も愛も信念もあるけど、涼しい。
『雨の日のイルカたちは』や『船泊まりまで』も片山さんのイメージとしては同じです。『壊れた光、雲の影』はアンソロジー2部作ですが、どちらも死への昇華、死に向かうカタルシス、死に対する憧憬を感じました。
死にざまは生きざま。
片山さんの人生感でしょうか。
病死でも、事故死でも、死を迎える時には納得して死のう!
自信を持って死ねるように生きよう!というメッセージを勝手に受け取りました。
小説はどちらも主人公の本意か不本意か、私としては残念な結末です。
でも、2作の主人公を支えになっていた愛に救われました。

(211)
(193)
(200)
(49)
(50)
(56)
(21)
(140)
(10)


