化粧をするのもめんどくさい人間が、それでも購入しているDHC…
そんなぐうたら生活を紹介できるのか…?

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カテゴリアーカイブ
ちょっと嬉しい [2018年11月25日(日)]
嫁いだ結果、母方の宗教と同じになっているのですが

祖母は神社仏閣に参拝するのは好きだったくせに、葬儀に関してはシンプルにしたい
というたっての希望により、子供だけの参列という手はずでした。

孫としては寂しい限りですが、祖母の希望なら仕方ないかな
と、納得しては今したが

ふたを開けてみれば、祖母を見送る日がお休みになったこともあり、近隣の孫たちだけ参列することになりました。
増えたのは、3人だけでしたが
それでも孫代表が参列してくれたことで、離れていて駆けつけられなかった私は嬉しかったです。

そして、祖母の遺影は私が以前撮ったものでした。

カメラが大嫌いな祖母を、隠し撮りで撮ったものですが、自然な感じが伯母たちにも好評だったのです。

それが私には自慢になっています。
posted at 14:50 | この記事のURL
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卒業 [2018年11月23日(金)]
孫業、卒業です。

復活の兆しはありましたが、前日に楽しくおしゃべりをして、満足したのか?
すぅーっと眠るように逝ったそうです。

100歳を越えた肉体は、先月会ったときには透き通るようでした。

力強く手を握って、しっかりとした声で
「またきてね」
と、上下に振ってくれたけど
やっぱり「また」は、叶いませんでした。


みんな泣いたけど、お別れでは笑顔でした。
それぞれが、それぞれに受け継いだものがあります。

長女が81歳
初孫が55歳ですから
初曾孫も28歳ですから
すごいよね。

誕生日ごろに、お墓参りに行くことになりました。

要が外れた母たちは、これからどうなるのでしょうか?
そっちの方心配かも。
posted at 18:14 | この記事のURL
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徐々に [2018年11月12日(月)]
部屋に戻った祖母ですが、また軽い肺炎もあるからと、
連休前から入院しているようです。

肺炎は治ったけど、心臓が弱ってきているそうです。

平成を乗り越え、新しい時代まで生きていてほしい。
オリンピックも見られるんじゃないか?

と、思っていた時期もありましたが
お別れの時が近付いているようです。

年齢も年齢なので、今までだって会ってしゃべれるのは奇跡だったんだけど、

「またきてね」

と、私の手を両手で力強く握って言ってくれたけど、
「また」は、ないのかもしれないです。

「おばあさんも疲れるから、来なくていいわよ」
と、母が言うし
孫たち である私たちは、今は行かせてもらえないんだけど、そして言っておしゃべりができるようでもなさそうなので、いたずらに疲れさせることもいかがなものか?
とも思っています。

私の手を握りしめた祖母の手は、真っ白と言うより、透き通っているように見えて、
ドキッとしたんです。

命ではなく、肉体的な限界を感じました。
命を守る、からだの方の使用期限が近い感じ。

なんだったのかな?あの感覚。



でも、
「またきてね」
って言われたら、また会いたいです。

100歳を越えてますから、もうとっくに越えてますから
年齢に不足はありません。

でも、祖母の知識が消えてしまうのは、とても残念です。

わたしがここにいる意味は、祖母に繋がってると思うんだけど、気がつけ!みんな!
と、思っています。

強い人だから、また部屋に帰れるかも知れないけどね。
posted at 22:53 | この記事のURL
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大丈夫かな? [2018年10月27日(土)]
先日帰省した折りに、祖母にあってきました。

ちょっと風邪気味で病院の方に入っているからです。

わたしもよくわかっていないのですが、祖母の入っている施設は同じ敷地内に色んな施設?(みな同系列なんですけどね )があって、それぞれの棟の間には池やバラ園等があって、病院棟は最近出来たんだと思います。

同じ敷地内には、最近ドラマの撮影で使われている建物もあったりして、散歩にいい感じなんです。


祖母は、わたしが行くといつも
「いつ来たの?お母さんのところに泊まってるの?」
「あなたは良かったわよね。(自営業)に行けて。
あなた、今は大学出たって女の人はお茶くみよ」
と、喜んでくれるのですが、お茶くみっていつの時代の話ですか?と、突っ込みたくなります。

熱は下がったけど、血圧が高いので入院しているらしいのですが、

帰り際に
「また来てね」
と、手を握って言われたけど

次があるのか?

いつも思うけど、今までは施設の部屋でだったけど
病室で言われると、辛いものがあります。

特にこれからオンシーズンだし。
やっぱり距離があるので、すぐには行けません。

もしもの時でも、伯母たちは兄弟(と、言っても6人揃っています)で送るつもりだと、十年以上前から言われています。

ちょっと問題ありな叔母もいるので、私たち孫は仕方ないと思っています。
もし、私たちが我を通すと、サスペンスになりかねないので、今を大切にしています。

してるけど、2月まで会えないのがもどかしいです。


祖母ですが、先日は個室でしたが、今は大部屋に移ってるらしいです。
posted at 23:19 | この記事のURL
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どうするんだろう? [2017年01月20日(金)]
先日、保健所より通知がありました。

どうやら、義父が昨年の夏ごろに受けた健康診断で
要精検となった事項についての追跡調査のようです。

保健所としては、きちんと病気を早期発見して
医療費を安く。
健康年齢を長くするための追跡調査なのでしょうけど

私たちにしてみれば、
いったいこれはどういうこっちゃ?
であります。

義父が健康診断を受けていたのも知らなければ、検査で引っかかった項目があったということも知りません。

憶測ではありますが、おそらく精密検査は受けていないでしょう。
生きることにまったく興味がないと、言い切っている義父ですから
そんなめんどくさいものを受けるはずがありません。
仮に受けて病気が発見されてしまったら、病院へ入院する可能性もあります。
入院したらお酒も飲めないというのは、現在の義父にとっては考えられない話です。
お酒を飲んでいるのは、勝手に飲んでいるのであって我々としては認めていないことではありますが、本人的には現在の自由な生活をやめる気はないわけです。

その結果、仮に病気があったとして
健康を害して、死にいたろうとも
それはどうでもいい
と、本人は言ってますが・・
多分、こういうタイプって本当は生きることに執着しているので、
いよいよってなったら大騒ぎするんだろうなぁ( 一一)


いずれにしても、問題は
うけたんかい?
ってはなしなんだけど、不毛な会話になりそうで
旦那も、聞く気になれていない様子。


で・・・
KY親子やら
義弟やら、じぃちゃんにぶら下がっている人たちは
この事実を知らされてどう動くのでしょう?


私たちは・・・
実は、平穏に生活できたらいいので
聴いてことを荒げることの方がマイナスで・・・
でも、一緒に住んでいる以上病気の検査は受けさせないといけないという立場に立たされて
困ってたりします。


まぁね。
あれだけのヘビースモーカーで
飲酒量も多い人が肺癌になってなかったら
世の肺癌の方々に申し訳ないって思うんだけど
それは、たばこもお酒も一切ダメだった父が肺癌でなくなってるから言えるんだけどね。
posted at 10:25 | この記事のURL
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元気一杯 [2016年09月29日(木)]
先日、祖母に会いに行きました。

最初は寝てたけど
三時のおやつの頃には起きていて、いつもの窓辺の特等席に陣取っていました。

遠くから手を振ったら、最初は怪訝な顔をしていたけど
「あら、いらっしゃい 遠いのに来てくれたの?」
何て言ってました。

私の顔を見ると、息子の様子を聞くのですが〜
祖母の中では、まだ大学生で止まっているようです。
京都で働いてると言うと、
「何年で帰るの?」
と、ちゃんと家業を次に帰ってくるのを知ってます。

母方の祖母なので、跡取りといっても、祖母には全く関係ないのに
あの時代の人は、よその跡取りも気になるんでしょうかね?

面会中、ただの一度も娘のことは聞かれませんでした。

相変わらず、あなたはいいところへお嫁にいったわよと言ってくれるのですが〜
ここで満足しろと言うことですね。精進せねばと、その時だけ思います。

今回、やり玉に上がってたのは民生委員さんでした。
祖母に言わせると、エセボランティアなんですって。
経費が出てるって言うの。
どこで得た情報かは定かでないんですけど、毎回ターゲットは違います。
前回は、お坊さんでした。


別れ際がいつも苦手なのですが、45分ほど思う存分しゃべって笑って帰ってきました。




祖母のところへ行く前に、従姉妹や叔母たちと海南チキンライスをヒカリエで食べました。
美味しかったです。
母たちは、食後のコーヒーがたっぷりだったと喜んでいました。


次回は、従姉妹とは京都で食事会を計画していて
別の日に、祖父のお墓参りに行く計画を練ることになっています。

人生。50を過ぎると面白くなってくるかもしれません。
posted at 21:42 | この記事のURL
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震災 [2013年12月16日(月)]
前にも書いたかもしれませんが・・・

私の祖母は関東大震災経験者です。
当時どこに住んでいたのか?
正確な位置は知らないのですが、都内であったことは間違いありません。

その瞬間は、祖母の兄が柱にもたれかかっていて
ゴォ〜〜〜
という地鳴りを背中で感じた兄が
「地震だ!」
と、叫ぶなり表に飛び出したんだそうです。

その勢いにびっくりして、家じゅうの人が外へ飛び出したんだとか。

現代では地震が来るからとむやみに外へでるのも危険とは言われていますが
祖母たちはこのおかげで誰一人倒れた家具の下敷きになることもなく助かったそうです。

その晩は、余震が頻繁に起こって家がつぶれやしないか心配だったこともあり
雨戸を外して庭に並べでみんなで寝たそうです。

祖母の家には井戸があったので、その後その水を求めて御近所さんがやってきて
大根やらちょっとした食べ物をお礼にくれたので、食べるものには不自由しなかったそうです。


そんな話を子供のころから聞いていて
地鳴りとともに起こる地震は怖い
と、頭のすみっこにありました。
地鳴りがどんなものかはわからなかったけど、少し強く揺れる時も
地鳴りが無ければそんなに怖がらなくてもいいと勝手に思っていました。

おかげで、阪神淡路大震災の時は「こりゃただ事ではないぞ」と、思いましたものね。
瞬間的には、自分が居る場所の震度は4〜5と思ったんです。これは後で正しかったことが分かったんですけど・・・
自分が居る場所が最大震度と思ってましたから、あんなにひどいことになっているなんて思ってもみませんでした。
でも、ただ事ではないと思ったので
すぐに実家に電話を入れてたんです「無事だ」って。

その時は通じたのですが、1時間後にはまったく通じなかったようで、あれが無ければ実家はパニックになってたかもしれません。テレビでは被害状況が次々とながれてましたからね。


祖母ですけど・・・
その後も第二次世界大戦の終戦を半島で迎えました。
母たちも子供でしたが、引き揚げの時には大変だったようです。
母などは危うく残留孤児になるところでした。
船に乗る直前に人の波にのまれて祖父母たちと離れてしまったんだそうです。

幸い、祖父が元来た道を戻ったのと
母がはぐれた瞬間に頑としてその場を動かなかったので見つけてもらうことができたそうです。

まぁとにかく、大変なことをやってるんですけど・・・
め以子じゃないけど、どんなときにも食べ物に苦労してないんですよね(;一_一)
豊かだったわけじゃないんですけど、なんか困ってる風が無い。

ある程度食べるものが手に入ってたからというのもあるのでしょうけど・・・
半島で生活してた時にも、野生のブドウがあったからそれで酵母を起こして
お米はなかなか手に入らなかったけど、小麦粉は手に入ったからパンを焼いて食べてたとか・・・

小豆と砂糖が手に入ればぜんざいを作って食べたりとか

どこか「なるようになるさぁ〜〜」的な能天気人間なのです。
ま、そんな祖母も10月に会いに行った時には
「欲が無くなっちゃった」とか言ってましたけど(~_~;)
巨峰を8粒ぐらいぺろりと食べておきながらね。


祖母に教えてもらった色々なことを振り返ると、
災害については語り継いでいくことがどんなに大切なことなのかって思うし。
人間どんなときにも「食べる」ことを大切にして
より美味しい物を食べる工夫をすることが、どれだけ大切かってことを教えてもらったような気がします。

加齢により祖母のそういうバイタリティーが無くなって行くことは損失だよなって思うのです。
もっともっと
元気な時に色々教えてもらっておけばよかったな。
時間って限りなくあると思ってた若いころが恨めしいですね(;一_一)

でも・・・
今のところ・・・
祖母には亡くなる予定はなさそうなんですけどね(~_~;)
posted at 10:44 | この記事のURL
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おどろき(゜o゜) [2012年04月09日(月)]
先日上京した時に、ホームに入所した祖母を見舞いに行きました。
その話はこの間も書きましたが・・・

繋がっているところもあれば、妄想も入っている話もあり・・・
おそらく、今日私が行ったことも覚えてないんだろうなぁ〜〜〜と、勝手に思っていました。


ところが・・・
どうも覚えていたようです。

一番下の叔母がいつものようにホームへ洗濯物の入れ替えに行くと、祖母が・・・
「この間はね、Kちゃん(息子)が来てくれたのよ。こんど大学にいくんですって。いい○○(家業)になるわよぉ〜」
と、言っていたそうです。

叔母からしてみれば、息子が行ったことなど聞いていなかったでしょうし・・・
多分、母に確認の電話が入ったんでしょう。

アルツハイマーなどの診断は出ていませんが。96歳という年齢ですから、年齢相応に記憶があいまいになってきていました。
古い記憶は妄想もはいりつつ、ある程度しっかりしているのですが、短期記憶はどうもキャパが小さくなってきている状態だったんですけどね。

おそるべし、ひ孫パワー


実は、息子の名前は音だけですが祖父と同じなんです。
母が言うには今となっては、祖父の名前がなになのかも覚えているかどうかわからないとかいってますが
ほら、普通は名前で呼ばないじゃないですか。
聞いて恨みつらみが出てきたら大変だから今更聞けないとか言ってましたけど・・・
残っているみたいです。

祖母にとって、血のつながったひ孫はうちの子2人もう一人だけなんですけど、うちの子は二人ともお宮参りの時に抱いてもらってるんですよねぇ(~_~;)
もうボチボチ20年も昔の話になりますけど。

だからかな?
posted at 09:26 | この記事のURL
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別人(*^_^*) [2012年04月02日(月)]
上京した時に、ホームに入所している祖母に会いに行きました。
入所して2年近くがたつのですが、私が行ったのは初めてです。

ちょうど2年前にまだ独り暮らしをしていた祖母のところへ従姉妹と遊びに行った時に、紬をリフォームしたスプリングコートを奪い取られました。
「あら、あなたが着ているそれいいわねぇ。私もそんなのが欲しいのよ。ほらお医者さんへ薬を取りに行ったりする時にちょっと羽おるのにいいじゃない」
とか何とか言って・・・
大きさを見るのにちょっと羽おらせたら、なかなか脱がなくて危うく私は4月のまだ少し寒い東京をワンピースで帰されるところでした(~_~;)

そのご、とんとん拍子にホームに入所する話が進んで7月に入所する直前は、頑として入らないと言い張り・・・
「私は娘たちに捨てられる」と騒いだのですが・・・



「ここはいいところよぉ〜〜〜。別荘見たい(*^^)v」
と、満面の笑みで迎えてくれたのであります。
日本で一番古いんじゃないか?っていう感じのホームなんですけどね。とにかく敷地面積が広い。
大きな樹木に囲まれて、園内を歩くだけでもまるで植物園を歩いているような環境です。
建物は古いんだけど、室内はリフォームされていて、小ざっぱりとしています。

普通の病院だったら絶対に6人部屋になってるよな(;一_一)
というような、6人でも十分広い部屋を4人で使ってます。

祖母以外の入所者さんは、ほぼ寝たきり状態で意思の疎通もできているかどうかおぼつかない方ばかり。
ですから、祖母は部屋に帰るとお隣さんとおしゃべりする必要はありません。

それがいいみたい。


とにかく上機嫌。
さすがに時々回線異常が起こるようで・・・しかも妄想が入っているからびっくりしますが・・・
終始笑いの絶えないお見舞いとなりました。

帰りは、エレベーターまで見送ってくれました。
あんなに入所を拒んでいたくせに、「私はとっても運が良くてね。こんなにいいところに入れたのよ」と自慢げに話してくれました。

滞在時間のなかで同じ話が3回ぐらい出たかな。それぞれが3回ですから・・・
実際に話した内容は滞在時間の1/3ってことですかね(*^_^*)


それでも、4月から大学に進学する息子に・・・
「あら、私の家の二階に住めば良かったわねぇ。一階の玄関の上は6畳の和室で、リビングダイニングもついてるし、お風呂もトイレもあるのよ。外階段で入れるし」
とか結構的を得た話もできてましたけどね。
もっとも、その部屋は伯父が使っているのですが(;一_一)
伯父もからだを悪くして入院中なので、空いているっちゃぁ空いているんですけど、所有者がいるっちゃぁいるわけで・・・
ま、そのあたりの微妙なところが辻褄が合わなかったりするんですけどね。

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posted at 15:35 | この記事のURL
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案ずるより産むがやすし [2010年11月24日(水)]
先日、父が旅行していたので実家へ電話をしたら・・・
母も留守。

母の携帯に「お父さんが旅行へ行ってるから電話をしたんだけど・・・出かけてるの?」と、メールを送りました。
しばらくしたら・・・
「今、おばあさんのところに来ています。私の携帯に電話をすれば、おばあさんと話せます」

というメールが来たんです。
そこで、電話を入れると祖母に変わってくれたんだけど・・・


「まぁねぇ〜。あぁ〜た(あなた)、ここは軽井沢の別荘みたいだわよ。」
だって(^_^;)
内装も、ウディー調で暖かい感じのホームだということは娘から聞いたり、施設のパンフレットをみたりして知ってたんだけど・・・
談話室のソファーに体を沈めて、脚を組んで電話をしている様は、とてもホームで暮らさなくてはならない老人には見えないと母が後で言ってました(^_^;)

今は施設内の木々の紅葉がきれいだそうで、たいそう快適に生活できているようです。
入るまではあれだけすったもんだやってたのに・・・



で・・・
例の叔母ですけど、相変わらずみたいです。
何が気に入らないのか分からないんだけどねぇ(^_^;)
posted at 11:23 | この記事のURL
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