ハワイアンジュエリー:バングル [2011年08月17日(水)]

今日はここまで更新します

フラダンサーが身につけたりする物の一つ、
ハワイアンジュエリーのバングル。

私が持っているバングルは、前ハラウで数年経ち、
ハワイの大クム(先生)宅へ滞在した後に
「そろそろ持ってもいいんじゃないかな」と、
日本人クムからお許しを頂いて作ってもらった物。

ハワイの大クムにオーダーしてくれて、
外側にはプルメリアと波の模様と、
ハラウ名が刻まれ(写真はハラウ名が見えない側を撮影)、
内側には私の名前が刻まれている。


当時、まだクムになっていなかった
最終修行前の日本人の先生。
修行を終えて、クムになった時、
ハラウ名が変更になった。

なので私が持っているバングルには、
ハラウの旧名が彫られている。

私にとってはハラウを去っても宝物。
プライベートの時に、ファッションとして
たまに身につけています。

でも、ある日、前ハラウの友人とお茶した
時に、その子が言ったんです。

「そのバングルのハラウ名。何?
存在してないし。」

その子は私より後にそのハラウに
入ったので、バングルを作ってもらったのは
ハラウ名が変更になってから。

一瞬、私が未練がましく見えたのかな?
と思ったけれど、そうでもなさそう・・・。

「そのバングル、当時ハワイに行った
3人くらいしか持ってないやつだし、
もう皆新しいバングル持ってるよぉ。
しかし、そのハラウ名、初耳やわ。」
と、友人は続ける。

そりゃそうだろう。

なんか、意地悪に見えた友人。
フラを通して友人もできるが、
壊れるのもフラを通してなのかな・・・
と思った。

でも、ちょっと待てよ・・・
あ、そっか!

あることに気がついた

その子のいう通り、
このバングルに刻まれているハラウは
もう無くなったんだ。
そう、私が愛したハラウはもう無いんです。
クムは変わらずとも、何かが変わったんです。

ハラウをやめた、小さな小さな理由達。
実は一番大きい理由だったのかも

とにかく、このハラウ名はもう無いんです。
だから、私は、堂々と身につけたらいいんです!

今でも大好きな大クムが作りに行ってくれた、
フラに関わる全てにおいて尊敬できる、
今でも大好きな日本人クムが注文を
してくれたバングル。

私にとっては汗と涙の結晶の
宝物なんですから・・・。
Posted at 14:57 | Hula | この記事のURL

ハラウをやめた辛さ [2011年08月17日(水)]

久しぶりのブログをフラネタで次々と更新している
状況なんですが・・・(笑)
ちょっと心の整理を兼ねて、文章にしてみようと思って

単純な理由から前のハラウ(フラ教室)をやめました。
曜日と時間がどうしても合わない、これが第一の理由。

他にも沢山の小さな小さな理由はあるけど、
それは直接の理由ではありませんでした。

でも、続ける努力をしなかったのは、
その小さな理由達があったからと思います。

「ハラウをやめたら、開放感に包まれた」と、
以前ブログに書いたけど、そんな開放感もつかの間。

前ハラウを出ると、他ハラウから
前ハラウに向けられていた目を知る。

残念なことに、完全にライバル意識を
持つ、けなす意見が目立ってしまう。

それを聞くのが辛い。

前ハラウはハワイでも有名な大クム(先生)が
ついているハラウ。
日本人の先生も修行を続けて「クム」と
呼ばれる許可が出た、(私は)信頼できる先生。

違うハラウの内容について、
「本当は違うのよ」と、「本物」と「偽物」とに
分けて話すハラウが結構多い。

本物ってなんだ?
どれが偽物?
と、考え込んだ私。

「本物なんてないのよ」といいながらも、
「それは間違いよ。本当はこうよ」と、
熱くなると言ってしまう先生達。

前ハラウでは
「他所のハラウは見なくてよろしい。
そんな暇があったら、チャントの一つでも
覚えなさい!」と、
他のハラウの事を全く気にしていなかった。

これが、他のハラウが前ハラウに対して
「閉鎖的なハラウだ」という、
悪い印象を発信するネタになっている
のでしょうか?

ハラウをやめて、違うハラウに行く
辛さは、人間関係にあるのかと
思っていたけど、もしかしたら
一番辛いのはこういうことなのかもしれない。

Posted at 13:45 | Hula | この記事のURL

現ハラウのホイケ [2011年08月17日(水)]

今所属しているハラウ(フラ教室)のホイケ(発表会)が終わりました。

9曲ほど踊ったホイケ。
9曲なんて普通はありえない。
衣装は2着しかなく、
曲と衣装がまったく合っていない状態でのパフォーマンス。

予算オーバーのため、髪につける花は造花。
ステージ前方で踊る人はウィッグ着用と言われ、
仕方なく購入してウィッグを身につけた。

考える。

前ハラウで学んだ数年間。
最初は造花を髪につけたけれど、
生花の組み方を教わり、自分で作れるように
なってからは生の花を髪につけた。

レイの編み方も教わった。

髪の毛は、短いならばアップにする。
髪が伸びたらおろせるようになる。

ウィッグのような作り物はタブー。
自分の髪の毛には神が宿り、
とても大事な扱いをするフラの世界。

今のハラウは、老人ケアホームにボランティアに
行ったりと、そういった活動がありがたい。

でも、ハワイ文化というものを完全に無視した
この状況に一人悩んでる。

「いいじゃーん、別に!そんなに真剣に
ならなくたって」というオハナ(仲間)が
中にはいる。

分かってるけど、
もう私の身体に染み込んでしまった、
フラに対する姿勢は治せないみたいよ。

なぜ、フラを習うのか。
なんでフラに惹かれたのか、
一度考えなければならないみたい。

フラをしていない方から見れば、
「何を習い事で悩んでるの?」
と、なるのかもしれない。

でも、Hulaの世界って・・・知れば知るほど、
不思議で、同じように悩んでいるフラを学ぶ
日本人が沢山いる。
そしてやっぱりhulaに惹かれるんです。
Posted at 13:31 | Hula | この記事のURL

Hulaのこと [2011年05月20日(金)]

約12年前にHulaをはじめ、ハラウ(フラ教室)を
何度か変わって今にいたります。

今のハラウはまだ在籍1年。

その前のハラウには7年在籍していました。
このハラウを辞めるとは思ってもいなかったけど、
辞めたことで肩の荷が下りたような、
自由に踊れる!という妙な開放感に包まれました。

でも私にとって前のハラウは唯一無二の存在。
フラの原点はカヒコ(古典フラ)にある・・・ということから、
初心者ももちろん、最初からカヒコを習う。
クム(修行を積み、卒業できた先生)の叩くイプ(打楽器)の音が大好きでした。
カヒコを踊る前にはファスティング(断食)もクレンジング(お清め)も行い、
ショーの前には皆でクムを囲み、
クムがチャントを唄い、
ジンで乾杯をする(口をつける程度)。
ジンは火山の神さまペレの好物なんだそうです。


今のハラウはその点においてかなり違う。
ガンガンはやりの曲をかけ、規律も軽い。
先生(クムではない)はイプを叩けない。
おそらく、カヒコも踊れない。
時折来日するクムから教わるしかない。

そんな新しいハラウでのんびりHulaを
続けているわけですが、
やはり前のハラウのショーがあると
観に行ってしまいます。

今のハラウでもうすぐHo'ike(発表会)が
あります。
さて、どんなHo'ikeになるだろう。
Posted at 17:19 | Hula | この記事のURL