昨日の続きでし [2008年06月18日(水)]
こんばんわ 先日のお約束どおり 寅の思い出後編ですかね
昨日の見てない人は あと 最初にいっておきます 無理しないで
で 友人宅で 初めて自己紹介をしてもらい 名前と 年齢まで
一気にわかってしまった 寅より 年上のお姉さま しかも
実家は 開業医 いろんな 障害というか かなり 彼女の親からも
嫌われていましたね 最初のころは でも ある きっかけ
看護婦さんなら 通らなくてはいけない 試練 に 見事に 打ちのめされ
彼女は小児科の看護婦でしたぁ 病気というのは なかには 絶対に
治ることの無い病気もありますよね それがたとえ 子供だとしても
彼女 恵 メクミ といいましたが 婦長に命じられて 初の専属看護
をまかされたのです 最初は その仕事に 自分つまり彼女も
喜んでいたのですが その相手が たしか 5歳の男の子なんです
病名は わすれてしまいましたが どんどん 動くこともできなくなり
最後は当然 死 ですよね そのショックで 自分の部屋から出なくなり
寅も入り口で 懸命に 出てくるのをまっていましたが
この辺 やはり 体力のなかった 寅が 先にダウン 恥ずかしい話ですが
ダウンすることで 彼女が 寅を介護してくれて 結果 オーケーで
この辺を境に お互いと彼女の両親ともども 仲良くなってきたのです
2年くらいしてからでした 突然電話がかかってきて お別れしたいと
でいきなり電話を切られて 寅はあわてて 彼女の家に向かいました
そこで とんでもない事実をつきつけられて 3月に健康診断を受け
へんな 結果がでたので 精密検査を受けたところ
これもまた 病名に記憶がうすいのですが 何とかこつにくしゅ漢字も
わからない病名で ほっておけば 全身に広がり 死
助かるためには 右足切断 のどちらかを選択するという
当然 少しでも 長生きしたいほうをえらびましたよ
本人としては この病気のおかげで 看護婦の仕事は 当然
出なくなるのですが それでも 長生きをえらび
手術を受けることにしたのです そのとき 彼女のお父さんから
今までのことは 全部なかったことにしてくれ で これから先
絶対に娘の前に 姿を現さないでくれ といわれたのです
ここで 話が終わってしまえば よかったのですが 寅も
少しでも 彼女のためになんか出来ないか 必死で必死で
仲間の看護婦さんたちにも 情報提供をしてもらい
結局 彼女の両親の前で お見舞いには絶対にいきません
旦那でもない人に 病気の顔見られるのは 女の子としては
物凄くつらいはず と 良く聞いていたので でも ちゃんと
退院してきたら 寅がお前の足替りになってやるから
だから 早く元気になって 家に戻って来い と 伝えてくれたのんで
4月 5月は 結果待ちだけを 期待して寅は 仕事をつづけていました
6月のはじめに 無事に退院してきて ちょうど 寅の誕生日ちかく
退院とお誕生日のお祝いをかねて 寅は久しぶりに 彼女と会いました
なきながら 元気もらったよ ていいながら 結局まともな食事も
しないまま うれし涙ばかりの お祝いになってしまいましたが
退院して まだ 数日 松葉杖で なんとか 移動できるかなぁと
傷は完全にふさがって 後半年くらいしたら 義足を作るんだって
7時ごろから 2時間くらいだったか そんな時間をもったのですが
さすがに 退院したばかり 疲れがでたのか 早めのお開きとなり
寅は家に帰ったのです で 家に付くなり 寅の親が 電話電話と
血相を変えて 寅にとびかかってくるのです 彼女の家に電話したら
自分の部屋に戻って 休んでいるのかと 思ったら 手首をきり
自殺してしまったのです この 病気 今回は確かに 右足切断で
何とか一命を取り留めたのですが この病気は ほぼ 必ず
また どこかに 再発する 病気のようで その辺は彼女もお父さんも
当然 よくしっていたのですが その結果 本人も いずれまた この
病気が再発して 片方の足が無くなるか 腕かも知れない し
はっきり言って 寅が 最初の段階で 縁を切ってしまえば
彼女 もしかすると 今でも 生きていたのかも と 思うと
でも 寅には それができなかった かっこつけるわけではないが
できなかった 会社の仲間といっても 付き合いの薄い仲間には
自殺の話だけが 伝わり 会社の女子たちは 寅を白い目で
結局会社にもいられなくなり 退職してしまい そのとき 再就職
するだけの 元気というか 気力も無く 数ヶ月は 家で ぼーーっと
していましたね でも 時間とともに 少しづつ 元気を取り戻し
自分でも こんなことしてたら ダメだぁ と 吹っ切るために
一晩の ツーリングに 出発しました 都会育ちの寅にとって
山の上での 夜 星空が 綺麗で おもぃきりなきながら
明日から 俺も がんばるぞぅ と いつまでも 綺麗な星空を
明るくなるまで 見ていました だんだん あたりは明るくなり
とっても 綺麗な 朝焼けに よし がんばるぞう と 帰宅コース
に 山を降りはじめたのです そして 帰り道に ふっと 油断をして
気がついたら 寅は病院のベッド しかも 体動かないように
完全固定されていました このとき寅大事故を起こし バイクごと
谷底 右足膝複雑骨折で 寅の足も 切断かという きわどいところ
だったようで この辺は 以前に お話したとおもいますので
自殺させてしまった ということが 寅にとって 寅の責任だったのか
彼女の両親は そんな言い方は しなかつたでが まだ
なんかできたはず と思うと その後の 自殺だけが 広まって
あのときの つらさは なかったでしよ いやなほんといやな
思い出でもあり 修正できるなら でも どうしたら良いかは
この歳になっても わかりません
でっぱ
昨日の見てない人は あと 最初にいっておきます 無理しないで
で 友人宅で 初めて自己紹介をしてもらい 名前と 年齢まで
一気にわかってしまった 寅より 年上のお姉さま しかも
実家は 開業医 いろんな 障害というか かなり 彼女の親からも
嫌われていましたね 最初のころは でも ある きっかけ
看護婦さんなら 通らなくてはいけない 試練 に 見事に 打ちのめされ
彼女は小児科の看護婦でしたぁ 病気というのは なかには 絶対に
治ることの無い病気もありますよね それがたとえ 子供だとしても
彼女 恵 メクミ といいましたが 婦長に命じられて 初の専属看護
をまかされたのです 最初は その仕事に 自分つまり彼女も
喜んでいたのですが その相手が たしか 5歳の男の子なんです
病名は わすれてしまいましたが どんどん 動くこともできなくなり
最後は当然 死 ですよね そのショックで 自分の部屋から出なくなり
寅も入り口で 懸命に 出てくるのをまっていましたが
この辺 やはり 体力のなかった 寅が 先にダウン 恥ずかしい話ですが
ダウンすることで 彼女が 寅を介護してくれて 結果 オーケーで
この辺を境に お互いと彼女の両親ともども 仲良くなってきたのです
2年くらいしてからでした 突然電話がかかってきて お別れしたいと
でいきなり電話を切られて 寅はあわてて 彼女の家に向かいました
そこで とんでもない事実をつきつけられて 3月に健康診断を受け
へんな 結果がでたので 精密検査を受けたところ
これもまた 病名に記憶がうすいのですが 何とかこつにくしゅ漢字も
わからない病名で ほっておけば 全身に広がり 死
助かるためには 右足切断 のどちらかを選択するという
当然 少しでも 長生きしたいほうをえらびましたよ
本人としては この病気のおかげで 看護婦の仕事は 当然
出なくなるのですが それでも 長生きをえらび
手術を受けることにしたのです そのとき 彼女のお父さんから
今までのことは 全部なかったことにしてくれ で これから先
絶対に娘の前に 姿を現さないでくれ といわれたのです
ここで 話が終わってしまえば よかったのですが 寅も
少しでも 彼女のためになんか出来ないか 必死で必死で
仲間の看護婦さんたちにも 情報提供をしてもらい
結局 彼女の両親の前で お見舞いには絶対にいきません
旦那でもない人に 病気の顔見られるのは 女の子としては
物凄くつらいはず と 良く聞いていたので でも ちゃんと
退院してきたら 寅がお前の足替りになってやるから
だから 早く元気になって 家に戻って来い と 伝えてくれたのんで
4月 5月は 結果待ちだけを 期待して寅は 仕事をつづけていました
6月のはじめに 無事に退院してきて ちょうど 寅の誕生日ちかく
退院とお誕生日のお祝いをかねて 寅は久しぶりに 彼女と会いました
なきながら 元気もらったよ ていいながら 結局まともな食事も
しないまま うれし涙ばかりの お祝いになってしまいましたが
退院して まだ 数日 松葉杖で なんとか 移動できるかなぁと
傷は完全にふさがって 後半年くらいしたら 義足を作るんだって
7時ごろから 2時間くらいだったか そんな時間をもったのですが
さすがに 退院したばかり 疲れがでたのか 早めのお開きとなり
寅は家に帰ったのです で 家に付くなり 寅の親が 電話電話と
血相を変えて 寅にとびかかってくるのです 彼女の家に電話したら
自分の部屋に戻って 休んでいるのかと 思ったら 手首をきり
自殺してしまったのです この 病気 今回は確かに 右足切断で
何とか一命を取り留めたのですが この病気は ほぼ 必ず
また どこかに 再発する 病気のようで その辺は彼女もお父さんも
当然 よくしっていたのですが その結果 本人も いずれまた この
病気が再発して 片方の足が無くなるか 腕かも知れない し
はっきり言って 寅が 最初の段階で 縁を切ってしまえば
彼女 もしかすると 今でも 生きていたのかも と 思うと
でも 寅には それができなかった かっこつけるわけではないが
できなかった 会社の仲間といっても 付き合いの薄い仲間には
自殺の話だけが 伝わり 会社の女子たちは 寅を白い目で
結局会社にもいられなくなり 退職してしまい そのとき 再就職
するだけの 元気というか 気力も無く 数ヶ月は 家で ぼーーっと
していましたね でも 時間とともに 少しづつ 元気を取り戻し
自分でも こんなことしてたら ダメだぁ と 吹っ切るために
一晩の ツーリングに 出発しました 都会育ちの寅にとって
山の上での 夜 星空が 綺麗で おもぃきりなきながら
明日から 俺も がんばるぞぅ と いつまでも 綺麗な星空を
明るくなるまで 見ていました だんだん あたりは明るくなり
とっても 綺麗な 朝焼けに よし がんばるぞう と 帰宅コース
に 山を降りはじめたのです そして 帰り道に ふっと 油断をして
気がついたら 寅は病院のベッド しかも 体動かないように
完全固定されていました このとき寅大事故を起こし バイクごと
谷底 右足膝複雑骨折で 寅の足も 切断かという きわどいところ
だったようで この辺は 以前に お話したとおもいますので
自殺させてしまった ということが 寅にとって 寅の責任だったのか
彼女の両親は そんな言い方は しなかつたでが まだ
なんかできたはず と思うと その後の 自殺だけが 広まって
あのときの つらさは なかったでしよ いやなほんといやな
思い出でもあり 修正できるなら でも どうしたら良いかは
この歳になっても わかりません
でっぱ
