季節の移ろいや大好きな薔薇に囲まれた日々
毎日の小さな出来事を綴ります。
愛する猫たちとの交流、キルトを縫う楽しみなど
なんでもありのパラレルワールドです。

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狐の嫁入り [2011年12月12日(月)]


冬の怪談なんてお呼びじゃない〜けれど
母方の祖父の夢を見たものだから

忘れないでいるよ〜と書くことにしました。


私はこのおじいちゃんが大好きで
小さい頃に娘の嫁ぎ先である私の家に来ると、

私はいつもおじいちゃんにおんぶひもで背中にくくられ
自転車で祖父の家に行ったものでした。

ゆるやかな用水堀の流れ、
石塀の家が続き、木々がそよぎ〜

あれは途中のどのあたりの風景だったのでしょうか。


今でも目に焼きついているのです


私が小学生だったように思うのですが
納屋の一角にある和室の廊下に腰掛けて

田んぼの方を見ていたら
祖父が不思議な話をしてくれました。

その頃祖父は60歳くらいだったかしら。
あまり正確に歳を覚えていないのですけど、

祖父が子供の頃のことですから
その頃で50年以上前になりますね。

暗くなってから何気なく田んぼの向うを見たら
火がゆらゆらと燃えて数え切れないほど

つながっているのです。
当時は田舎の事ですから街路灯など無くて

もちろん信号もコンビニもない真っ暗な山すそです。

じっと見ていた祖父は突然ハっとして
母親を呼びに行った間に

火は消えていました。
母親とはひいばあちゃんのことで

長命の彼女は95歳で亡くなりましたが、
私が中学生の頃は80歳になっていなかったと思います。

元気で口うるさく、根性ワルで
私の実母はそっくりです。

母には祖母にあたります(ばあちゃんだから似てるのよ〜)

田んぼの向うの山すそに点々とつながる小さな火は

私も見たいよ〜と言って
実家の祖父母には叱られましたけどね。

あれから長い年月が過ぎ、
祖父の葬儀以来お墓に行っていないので、

先月頃からお墓参りに行って来ようかな・・・と
何度か考えていたので

祖父の夢を見たのでしょうか。

体調が落ち着いたら
あの用水路が何処だったのか〜

探しながらお墓参りしてこようと思います。
Posted at 19:04 | 不思議な話 | この記事のURL | コメント(4)
トイレのノック E [2011年08月18日(木)]


これは私が小学6年生の時のことです。

校舎の西側にあるトイレは
あまり使う子が居なくていつも綺麗でしたから、

私は良く利用していました。
その頃は水洗トイレは珍しかったのです。

  (私の家は水洗でしたけど)

小学校のトイレはほとんどが掃除の後は水浸しで
とても嫌だったのですが、

そのトイレは濡れている事がなかったのです。

あの当時は今のように子供が犯罪に巻き込まれることなど
皆無でしたから、

集団での登下校もなく
放課後は各自、自由に帰ります。

私はトイレを済ませてから帰ろうと
いつものトイレに入りました。

個室が両脇に10コくらいずつ並ぶ建物は
南北に向いていました。

教室からは北の入り口が近く、
入り口から3番目がお気に入りの個室だったのです。

入って用が済んだとき小さくノックの音がしました。
スカートを上げていたので両手がふさがっていたので、

もう一度ノックがあった時にノックを返しましたが、
またノックがあります。

しつこいな〜他が空いているのに〜と思いながら
木の戸を開けると

誰もいませんでした!

当時同じクラスの中にしつこく絡んでくる女の子がいて
私はとっさに彼女のイタズラだと思い、

逃げるとすれば両隣に隠れるだろうと
ノックせずに戸をいきなり開けてみましたが、

どちらにも誰もいず
逃げていく足音もまったくありません。

見通しの良いトイレですから
隠れる所は個室しかないですし、

ノックされたのは確かに木の戸で、
壁ではありません。

急に寒気がしたのを覚えています。

教室にランドセルを取りに戻ると
残っていたおしゃべりちゃんが

「あのトイレに入ると誰もいないのにノックされるでしょ?
良く平気でいくねえ〜」

と言いました。

以前からその話が伝わっていて
知っている子は誰もそのトイレを使わなかったのです。

転校生の私には教えてくれる子もいなくて
まったく知らなかったのでした。

私に絡んでくる子が
私がそのトイレを使うので

皆に口止めをしていたとわかりました。

それ以来卒業までそのトイレには行きませんでしたが、
思い出すと不思議なことです。

ほとんど使われないトイレは、
隣のクラスがお掃除していましたが、

見ていると誰も使わないんですよ。


先生たちは教員専用のトイレを使っていました。

どこの学校にもある七不思議のひとつでしょうけど、
悪ふざけに遭ったのか、

不思議体験をしたのか今でもわかりません。

Posted at 14:31 | 不思議な話 | この記事のURL | コメント(2)
不思議な話 D [2011年08月15日(月)]


私の古い友人A子とB男にまつわる不思議な話です。

キツイ性格のA子は新しいカレシに夢中になり
   (やがてはこの男に振られるのですが)

追いすがるB男を強引に振り切ったのですが、
諦めきれないで

自暴自棄になったB男は
A子のために買い換えた車で

次々に猫や犬をひき殺していたのです。

そうしているうちに
B男の車には猫や犬が飛び込んで来るようになり、

ある日、老人が飛び込んで来たのです。

老人は大怪我をし、
逮捕されたB男はそこで眼が覚めたそうです。

A子のための派手な車は処分し
それ以来二度と犬猫をひき殺すような

恐ろしく、無慈悲な事はしなくなりましたし
A子のことも諦めがついたそうです。

これは私が実際にB男から聞いた話ですから
本当のことです。

その後私は結婚しB男と会うことも無くなりました。

A子は惚れっぽく次々に男を替え、
不倫して略奪愛に走り、

一児を儲けましたが数年後に亡くなりました。
男は元妻のもとに戻り、

私とは音信が途絶えました。

それから長い年月が過ぎ
身勝手で自己中心で散々私を利用したA子を

怒りもせずに許していた私がいます。

そして苦い思い出の二人がいたあの頃が
私の青春であり、

忘れられない日々だと思い返すのです。

お盆ですからA子も戻っているのでしょうか。

香り立つクチナシの花をA子の御霊に捧げます。
Posted at 05:00 | 不思議な話 | この記事のURL | コメント(6)
ひい婆ちゃんが行った [2011年08月02日(火)]


ひい婆ちゃんは私が29歳の時に亡くなりました。
93歳でした。

亡くなったのは夜8時頃でしたが
家の西隣のお宅に行ったというのです。

そのお宅はひい婆ちゃんが何時も遊びに行ったり、
畑の草取りを手伝ったりと

とても懇意にしていたのです。
田舎のことですから。

「こんばんわ」と声がしたまま家の中に入ってこないので
そこのお嫁さんが広い土間を抜けて

重い木の引き戸を開けると
誰もいなかったそうです。

ひい婆ちゃんの声を家人の皆が聞いたので
治って遊びに来たのかとお思ったそうです。

ひい婆ちゃんは1ヶ月ほど前から
意識不明で寝たきりになり、

毎日医師が往診に来て点滴をしていました。

昔の田舎は病人は家で寝ていたのです。

だから隣家では治ったのかと思ったのでした。

その時間はひい婆ちゃんが息を引き取った時間だったのです。

きっと、旅立つ前に知らせに行ったのでしょう。
それほどひい婆ちゃんには

居心地の良いお隣さんだったのです。

キツイ娘=祖母と無口で滅多に笑わない婿=祖父
との暮しでしたからねえ・・・

ずいぶん前の話ですけど
今でもお盆に親類が集まると

この話が出ます。

こういう話はけっこうありますよね。

だから私は不思議な話を決して否定しません。
Posted at 19:17 | 不思議な話 | この記事のURL | コメント(2)
私の不思議体験B [2010年09月03日(金)]
今夜も目が冴えて眠れないのですが、

静かな時間なのでまた思い出しながら
書いてみたいと思います。

今から二十数年前のことです。

娘を連れて新居に越してきてしばらくたった頃のことです。

娘は3歳前で、引越しの後片付けがやっと終り、
夫が出勤すると私と二人だけになります。

そんな時に見しらぬ小太りのおじさんが
突然やって来て

床の間を見せて欲しいと言うのです。

もちろん断りましたが、
庭からでもよいからどうしても見せて欲しいというのです。

そして勝手に庭に回ってしまったので
仕方なく障子を開けると

何かひとりで納得していました。

それから娘を見て
その子は「ネズミ年」だろうと言うのです。

そうだと答えると
私の顔をじっとみて、

あんたは「辰年」の男の子を産むよ。

床の間にはトラの掛け軸を飾り、
布袋様の置物を置きなさい。

その女の子は夫婦をちょろちょろとつなぐネズミだよ。
見せてくれてありがとう。

と言うだけ言ってさっさと帰ってしまいました。

なんだか化かされたような気分でした。

その後私の妊娠が分かり、
おじさんの予想通り男の子を産みました。

息子は辰年です!

いったいどうして本人も知らないのに
男の子を産むとわかったのでしょうか・・・

どうして我が家の床の間が見たかったのでしょうか・・・

でもその後トラの掛け軸も
布袋様の置物も

床の間には飾ってありません。

我が家にはどちらも無いので、
こんな不況の時代は、

思い切って買って来て飾った方が良いのでしょうか?

???

いまだに煮えきらず、半信半疑の私なのです
Posted at 01:16 | 不思議な話 | この記事のURL | コメント(4)
私の不思議体験A [2010年08月26日(木)]


夢を見ても起きると忘れている事が多いけど、
今でも鮮明に覚えている夢がある。

前後は抜け落ちているけれど、
緑の草が生い茂る土手の前に

赤の大きな和傘、赤の布がかけられたテーブル、
テーブルを挟んで両側に赤の長椅子、

お茶席の雰囲気です。

その場面がずっと心に残っているのです。

子供が小学生の時でした。
娘が5・6年生だったでしょうか。

息子は4学年下なので
1・2年生の夏休みに体験学習で

1泊2日で県内のある施設に家族4人で泊まったのです。

当日はどうということもなく、翌朝早くから
3〜4キロのコースを歩かされました。

林や畑、田んぼの脇道を歩いてもうすぐ施設に
戻るというその時!

何年も前に夢に見たその風景が

目の前に現れたのです

夫を呼び止めて話しましたが全く相手にされず、

私自身は呆然と見ているばかり・・・

ただそれだけの事ですが
こういうこともあるのですね。

あれから長い年月が過ぎ、
子供たちも成人して親元を離れて暮らしています。

でも夢を見てから何年も経って
実際にその風景を目にして、

更に14・5年過ぎているのに
あの風景は今でも心に焼き付いているのです。
Posted at 20:17 | 不思議な話 | この記事のURL | コメント(13)
私の不思議体験@ [2010年08月25日(水)]


それは20代の頃で、夫と2人で能登半島へ
車で旅行した時の事です。

帰り道は群馬から金精峠を越え、
日光に向かっていました。

金精道路は冬は雪のため閉鎖され
夏だけ通行できる山道です。

暑い夏のことで帰り道ですから疲れた夫は寝ていて
私が交代して運転していました。

途中の下り坂で工事中のため片側通行になっていて、
赤信号で停車しました。

前後に1台の車も無くて
私たちの乗った車だけです。

降るように聞こえていたセミの声が遠のき、
その時ゆっくりと車がバックを始めたのです。

オートマ車ですし、ギアはもちろんドライブのままで、
下り坂ですから私はブレーキを踏んでいます。

それがどうした訳か、ゆっくりとバックするのです。

エンジン音も聞こえずシーンとしている中でゆっくりと・・・

鳥肌が立ち、大声で夫を呼ぶと寝ぼけているだけ。

その時前の信号が青に変り、
私はおもいきりアクセルを踏むと、

しばらくは猛スピードで山道を走り抜けました。

その間1台の車にも出会いませんでした。

いったいあれはなんだったのでしょうか。
今でも良く分からない出来事です。

でも冷静になって良く考えると
バックしているように感じただけで

実際は動いていなかったようにも思われます。

デーラーで調べてもらいましたが
車は一切異常ありませんでした。

Posted at 15:23 | 不思議な話 | この記事のURL | コメント(4)
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