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鎖骨骨折から81日目。
3月27日(火)放映のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」は、映画監督・
宮崎駿のスペシャル版。
2006年4月から7月までの3か月半、小型のVIDEOカメラを片手に、ディレクターが一人でアトリエに通って撮影した(これが取材許可の条件)、という。66歳の巨匠の素顔が映し出された貴重な映像。
2008年夏公開予定の長編映画、『
崖の上のポニョ』の構想が練られる、まさに創造作業の現場。
「アイディアを出すだけでいいなら、本当に楽な商売。自分でも分からないけど、何となくおぼろげにあそこのゴールに行きたいなと思いながら創っている訳だけど、ゴールに行く道筋が分からないんですよ。」
単なる思いつきを、バッサリと喝破する。(タンジブル・コンピュータで著名なMIT石井裕教授も、若い研究者の単なる思いつきを論破していた。why?と何度も問いかけながら。)
宮崎駿監督は、新しい発想、想像力を精一杯使う作業を、「
自分の脳ミソの中に釣り糸をたらしているようなもの」、と言う。
「魚がいると思うんだけど、なかなか釣り糸にかからない」とも。魚がいる場所は、頭の右後方。その理由は、「ココが疲れるから」、だと語る。
「釣り糸をたらす」という表現は、メタファー(比喩)として捉えると、脳の無限性を示すとも受け取れるが、彼にとっては、極めて具体的なイメージではないだろうか。
深い緑に囲まれた広大な湖で、古い小船に乗った白髭の男性が、一人で釣り糸を垂らす。湖面を見つめ、釣針や餌を試行錯誤し、釣り場を移動し、釣りを続ける。何日も何週間も続く静寂。魚がいないのではと不安になってきた頃、突然、不思議な魚が湖面を飛び跳ねる。そして間もなく、とてつもなく奇妙で美しい魚が釣針に引っかかる。大いなる歓声。
天才と言って差し支えない映画監督が、釣り糸をたらし、頭を抱え、もがく姿が映っていた。
考え抜くことの大切さを、改めて思う。
今週のblogは、「プロフェッショナルの宮崎駿」について、何回か書いてみる。
