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Good bye and.... [2020年03月02日(月)]




posted at 01:21 | にゃーにゃ | この記事のURL
ヒアシンスの思い出 [2020年02月29日(土)]



にゃーにゃが好きだった箱……stage と言っていましたが、このブログにも何回も登場しました。

自然光でテディベアやお料理を撮るのにちょうど良かったからなのですが、にゃーにゃは嫌がっていました。

僕の居場所なのに、と思っていたのでしょうね。
何か違うものを載せるとどこからともなくすぐに現れて、自分も乗りました。


『ヒアシンスの思い出』という曲は、母が書いた『冬のヒヤシンス』という曲の試作として生まれたメロディなので、母の歌詞の音節のまま歌えるように書きました。

そのため、1行目の歌詞はほとんど変わりません。

そういうことをしたのも初めてでしたし、その上曲先だったのですが、にゃーにゃのことを書いてみようと思った瞬間にすらすらと出てきました。

叔父のメロディにそのまま身を任せたような……不思議な感覚でした。
これもにゃーにゃに対して思っていることそのままだったからかもしれませんね。

母の言葉を使っているところは他にもあるので歌詞は載せないでおきますね。

叔父の言葉は割と聞き取りやすいように思います。


以前使っていたガラケーの写真なので鮮明ではありませんが、にゃーにゃとヒアシンスの写真をつなげてあります。

ご覧いただけましたら嬉しいです。


歌はこちらから↓
https://youtu.be/v9Xwdz1BFbo



叔父は本当に優しい声で唄ってくれていて、叔父もにゃーにゃをかわいがってくれていたことを思い出します。

この2曲は思いがけず生まれてしまった曲でしたが、想像以上に私自身の慰めになりました。
叔父に心から感謝しています。


にゃーにゃの姿かたちが目に見えないのは本当に寂しいです。

にゃーにゃの柔らかな毛、体のぬくもり、優しくしてくれる態度……可愛い声。

それが失われてしまったことは大きな悲しみですが、いまになっても心の中ではいるのと同じ……いえ、これまで以上にその存在を近しく思う瞬間もあるくらいです。

心の対話はこれからもずっと、続くように思います。


最後にオマケといいますか、にゃーにゃの動画のリンクも貼っておきますね。
動画といってもにゃーにゃはほとんど動かず、微睡(まどろみ)の状態です。

そういえば、いつもこんな感じで涙がちでした。
一日何度涙を拭いてあげたことでしょうね……。

にゃーにゃの動画はこちらから↓
https://youtu.be/ij461FXGwK0
君に出会った日 [2020年02月29日(土)]
T.
暗い 日曜日のことでした
9月の始めなのに 重い雲が
たれこめていました
私は 病気の仔を抱えて
途方に 暮れていました

U.
ちょうど そのときのことでした
どこからともなく あなたが
現れたのは...
小さな声で 懸命に泣いて
誰かを 呼んでいました

V.
見えない目で 階段を上って
やっとのことで ドアの前に
来たのですね
あなたは 可愛い首をかしげて
様子を うかがっていました


(セリフ)
まるで 昨日のことのようですね
どうして 家を選んでくれたのかな
いまでも想い浮かぶ あの姿
小さな体で お行儀よく
お座りをしていましたね...


昔 むかしの
君に 出会った日の話です

*くりかえし




曲はこちらから↓
https://youtu.be/dmVWV0HR2Yw


叔父の優しい唄声とセリフに救われます。

この歌は、本当ににゃーにゃに会った日のことをそのまま、ただ素朴にお話のように書いてみました。

このブログを当初からご覧いただいた方はご存知だと思うのですが、1番の歌詞の中にある病気の仔というのはベルのことです。

プードルの、当時16歳の女の子でした。

ベルがまだいるうちに、それも今日か明日かというときににゃーにゃが現れてしまって、母は恐慌をきたしていました。

その二人があんなに仲良くなるなんて……不思議なものです。

ベルの看病をしているのに病気の猫を保護してしまった私は、母に反対されたり、結構つらい思いをしていたのですが、それもいまとなっては懐かしい思い出です。

いま思えば最初から、私はにゃーにゃに心を奪われていたのですね。そしてそれは、母も同じだったように思われます。
にゃーにゃの詩(うた) [2020年02月29日(土)]



いつの間にか、またヒアシンスの季節が巡ってきました。露地栽培のものも、花の季節が近くなりましたね。


昨シーズンはヒアシンスのガラス栽培はお休みしました。

一昨年の最後の最後になり祖母が亡くなって、看病から看取り、葬儀まで済ませた頃にはもう、ヒアシンスの球根もチューリップも売っていなかったからです。

私たちの気持ちとしても花を眺める、お世話をするという心境ではありませんでした。
五つのガラスケースは空のまま、一年が過ぎました。

いま再び、綺麗な花を咲かせているヒアシンスを眺めていると不思議な気持ちがします。

ブルーや紫色が好きだった祖母……。
ヒアシンスの香りも好きで、花が咲くととてもよろこんでいました。


そして、もうひとり ヒアシンスの香りが好きなのがにゃーにゃでした。





この写真は、かなり晩年の頃です。

お医者さんの指導で食事制限をしていたのですが、なかなか加減が難しく……時間より前に次のご飯が食べたくなってしまったのですね。

こんな風に秤(はかり)の上に乗って、待っていることがよくありました。


にゃーにゃとヒアシンス、祖母の思い出……今年の春は母がヒアシンスのお世話を再び始めた様子を眺めながら、様々なことを思いました。


にゃーにゃが亡くなってから、母は絵ばかりでなくにゃーにゃに捧げる歌を作りました。
母が作詞で、叔父が作曲した歌は『さよならは言えない』というタイトルでした。

その歌はまだ、いまの私には少し悲しすぎるような気がします。


それで、こちらでは違う歌をご紹介しますね。

私が書かせて貰った曲は二つあるのですが、どちらも書こうとして書いたものではありません。

母が書いたヒアシンスをテーマにした追悼曲……それは大叔父にだったり、従叔母にだったりしたのですが、その作曲の過程で叔父が何曲か試作を作り、曲が余ってしまいました。

それで、私も少し書いてみようかなと思いました。
そのため、2曲ともめずらしく詞先ではなく曲先でした。

にゃーにゃのことにしたのは何故だったのでしょうね。

母の曲が鎮魂歌だったので、私も救いを求めて……?
曲調が優しい感じだったので書けたのかもしれません。

少し長くなってしまったので、次のブログでご紹介しますね。にゃーにゃの詩、2曲です。



にゃーにゃのこと [2020年02月28日(金)]



にゃーにゃはこんな風に、いつも私のことを待っていてくれたのですね。

タブレットに焼き餅をやいているのか、席を外して戻ってくると上に乗っていることがよくありました。

タブレットの形通りに上に箱座りしていることも。


ハーブやスパイスの試験を受けるために夜更かしをしていた時には、傍らで眠りながら待っていてくれました。
その姿がどのくらい励みになったでしょう。





私とお部屋に帰るまで、ずっと待っていたのですね……。

そんな幸せな時間がまだまだ続くものと思っていました。猫は犬よりも長生きだと聞いていましたし、にゃーにゃの男の子らしい体格の良い体を過信していたのでしょうか。小さい頃弱かったのにうっかりしていたのか。

いまになっても分からないのですが、
にゃーにゃは2016年の秋に病いを得て……それは後になって誤診だと分かり、もっと大病が隠れていたのですが……2017年の10月25日に10歳4ヶ月の命をとじました。

私は自分を責め続け……最近になってようやく、これも大きな意味で神さまがお決めになった寿命なのだと思えてきました。

これだけ時が過ぎても、事実を受け入れられるようになったのは、ごく最近のことです。

ロビンさんは、にゃーにゃが病気になってお医者さまに行く時も遠い地より元気玉を送って下さいましたし、今日まで私を励まして下さっています。
写真もいつもご覧下さり……にゃーにゃに一度も触れたことがないのに可愛いがって下さいました。

泉 和紀子さんもいつも温かい優しい言葉を下さいました。

家族、親戚……すべての人に愛され、大事にされていました。
そして、彼自身それぞれの人と関係を築き、愛していたように思います。

その筆頭がおそらく母だと思います。
にゃーにゃは本当に母のことが好きでした。ふたりの関係は特別で言葉では表せないものです。

私はにゃーにゃが大好きです。
でも、母のように愛せたかは自信がありません。

にゃーにゃに愛された、にゃーにゃが私を愛してくれたということは自信があるのですが……。
久しぶりにブログを再開したときに書いた涙の理由の一つはにゃーにゃのことでした。

もっと時間をかけたかったのですが、
まさかこちらのDHCブログが終わってしまうとは思いも寄らず……でもお話したくて書いてみました。

ご覧下さいまして、ありがとうございます。
そして、いままでにゃーにゃの記事にご支援下さいまして、ありがとうございました。
にゃーにゃ共々、御礼申し上げます。


にゃーにゃ亡き後、母が描いた絵が四枚あります。

昨年のハロウィンの時には飾り付けをして……。
短い動画も撮ってみたので良かったらご覧下さいね。

お化けでもいいから出てきてという願いを込めていたのかもしれません。

動画はこちらから↓
https://youtu.be/dlzR6Y1IKBc


母が最初に描いたにゃーにゃの絵です。
posted at 01:48 | にゃーにゃ | この記事のURL
糠味噌の話 3 [2020年02月26日(水)]



膨らんでいるのが分かりますか。

これはかき混ぜて漬ける具材を入れ、表面を平らに均(なら)してから大体1時間ぐらい経ったところです。

糠味噌は基本的に重しをしないので、糠自体が重しになるのだと思って、できる限り上から押して平らにするようにしています。


端の方が少しギザギザしているのは、鍋の立ち上がりの部分を最後に拭き取った跡です。
この壁の部分を清潔にしておかないと心配なので、億劫でも毎回必ず拭いています。

冬は手が荒れてしまうので、混ぜるのもスプーンですし、夏は固く絞った布巾で拭いていたのをちょっと手抜きして、ティッシュで拭いてしまうので簡単になりました。


よく思い出してみても、糠味噌を冬越しさせたのは初めてかもしれません。

何十年ものの糠床と聞くと、なんて恐ろしいことだ、そんなことして大丈夫なのだろうかと昔は思っていました。
でも、実際にやってみるとそれもありなのかなと思えてきました。

というのは、同じように見えて糠も菌も常に更新されているのではというのが実感だからです。


糠を足さないと糠床は水っぽくなり、醗酵し過ぎて酸っぱくなります。

乳酸菌は野菜と糠を食べて、二酸化炭素と旨味の元のアミノ酸を出すのですよね……。
そのままにしておくと食べ物が無くなり元気がなくなってしまうし、糠自体もへたってきます。

そんなイメージで、良いところをキープしたいと毎日糠を足し続けているのですが、鍋から溢れることがないのは不思議です。

漬かった野菜を出すときは糠を鍋に戻すようにしているので、そうそう減るわけはないですし……。

やっぱり、糠はへたるのですよね?

などと、日々自分に問いかけながらやっている訳なのですが、分からないから楽しいのか、何とか続けられているというのが現状です。



1と2のお話を読んでくださいまして、ありがとうございました。

短期間でたくさんの「おうえん」「ほしい」などをいただきまして、感激しています。ありがとうございました。

それで嬉しくなり、3を書いてみています。


その時にも少し書きましたが、パンを作った時の経験が意外と生きている気がします。
勿論小麦粉ではないのでグルテンはないのですが、膨らんでくる感じ、香りをチェックするときの加減、温度……いろんなところに共通点があります。

そして、良い状態のぬか床は不思議な弾力性があるのです。

その状態を目指して、乳酸菌たちと対話している感じかもしれません。


そういえば、その時のブログを見て母が恥ずかしがっていました。

「写真を載せるなら、もっとちゃんと切って並べたのに……。どうして、撮る時にもっと整えてくれなかったの。お皿だって普段過ぎるし」など。

お皿がほとんど同じものだったのも気にしているようです。


黒いお皿は益子焼です。黒い釉薬がかけてありますが、本当の肌はこんな感じです。





銘も入っていないようなお皿です。
古民家のようなお店の外でワゴンセールをやっていて、そこで買いました。

笠間に行くことはあっても益子はめったに行くことがなかったので思い出になりました。

私がこのお皿を買おうとしたら母はすごく反対して……いまは気に入って使ってくれているのが嬉しいです。


先日のブログでおそらく疑問に思ってくださったことはこんなことではないでしょうか。

「あれは一人前なのか?」

そうです。大抵父の分を撮っていたので多めですが……。

夏は多め、冬になってきたら少なめになりましたが、塩分が控えめなのでたくさん食べても大丈夫なのかもしれません。野菜料理の一品のような気持でつけています。

糠床を混ぜる度に足す塩も、冬になったら気持ち少なめにしています。

寒くて発酵しにくいので、そういう理屈にも合っていますよね……。


「毎日糠を足していても水分が増えたらどうするか」

こんな風にキッチンペーパーで、軽く吸水させます。





絞って捨てるときは、この中に一体どれくらいの乳酸菌が入っているのだろう。もったいないなあと思いながら……。

なるべく捨てたくないと思って、大根などは少し乾燥させたりして工夫しているのですが、やっぱり茄子や大根は水分が多いですね。


冬になると漬ける野菜はあるのだろうかと心配していましたが、それは杞憂でした。

先日の白菜や大根、人参……いまはキュウリもありますしね。

寒い時にいちばん美味しいのは大根かもしれません。
昔は冬大根といって甘くて軟らかくて美味しいシーズンとされていたように思うのですが、いまは冬でも硬いのですね。

仕方がないので、皮を剥いて漬けています。
 
キャベツや蕪などの葉も醗酵を促す感じなので、大根の葉も入れています。
これは食べるというより糠床のため?





漬かったら細かく刻みます。


こちらはたくあんのように皮ごと古漬けにしたらどうなるだろうかという実験で作ってみました。





ぱりぱりして、ちょうどたくあんのような食感に……。

少し時間がかかりましたが、懐かしい味になりました。


posted at 01:16 | simple food | この記事のURL
糠味噌の話 2 [2020年01月18日(土)]
祖母は人参を漬けたことはなかったそうですが、私は大好きな具材です。





人参と糠の甘みが何とも言えない優しい味わいになるので、あまり古漬けにしないで浅漬のうちが良いかもしれません。





こちらは、お正月のなますの余りで漬けた大根と京人参です。
赤の色味も違いますが、食感も違うお野菜ですね……。


そして、ピクルスと糠漬に加えて、とても大切なお漬物がこちらです。





昨夏も、ロビンさんが送って下さいました。
今回はロビンさん自ら畑で堀って下さったそうです。

父と母と感謝しながら、三日かけて皮を剥き、漬けました。

これは漬けた直後の写真ですが、年を越したいまは綺麗なあめ色になり始めています。

らっきょうは漬ける時は少し大変ですが、後は助かりますね……。
今日は漬けられなかったというときやカレーの時、洋食のおかずのとき……どんな時でも合います。

夏ばてをしてしまいそうな時は、滋養強壮……と思い、糠漬けを少しお休みして、らっきょうをいただいていました。

ご夫妻にはただただ感謝申し上げています。






こういう写真もありました。きゅうりと蕪……定番のような感じですね。

蕪の葉は少し面倒なのですが、糠をまぶしてからたこ糸で結わって漬けています。
糠床の中で迷子にならないように……。


ところで、冒頭の白菜ですが、こんな風に漬かりました。





昔、よく冬場に家族で白菜の塩漬けを食べました。

祖母は半菜にしたものをしばらくお日様の下で干して、それから漬けていました。
唐辛子をたくさん入れて……。

お漬け物はどうしても、祖母の思い出と結びついてしまいます。

糠漬けの白菜は甘みがあって、塩漬けのものが発酵し始めた頃の味を思い出すものでした。



最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
感謝いたします。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

良い一年になりますように。

posted at 00:44 | simple food | この記事のURL
糠味噌の話 1 [2020年01月17日(金)]
お元気ですか。

小正月も過ぎて、世の中ではいつまでもお正月気分ではいけませんよという空気かもしれませんが、一月の間はお正月の気持ちでいたいなあという人間です。

もっといっぱい書きたいと思いながら、年内は少ししか書けませんでした。

でも、復活できた嬉しさはあって、皆さんのブログを見せていただく気持ちも、お休みしていた時とは少し違う気がします。


早々に年賀状をいただいたお友だちにもまだお返事が出せていません。
ここ数年、年内に年賀状を書くということができなくなってしまって、いただいた方にお返事を書くのか目一杯です。

自分でも情けないなあと思いながら……。

何とか、寒中見舞いの間には出したいなって思っています。

このスタイルで良いのは、いただいた内容にお返事できるということかしら……?
苦しい言い訳かなあ。


歌のところにも、たくさんの「おうえん」をありがとうございます。
叔父も弟も嬉しいと思います。

叔父も音楽活動を続けておりますが、なかなか私のご紹介の方が追いつかない感じです。


さて、糠味噌です。

ちりめん山椒のところにも少し書きましたが、まだベルがいた頃にやっていてその後やめてしまっていたのを、思い立って復活させてみました。

去年の三月頃のことです。

何故やめてしまったかというと、当時ベルが年齢とともに弱ってきてお世話がかかること……それにこんなことがありました。

ある時、辛子の粉を足そうと糠床の上にのせておいたら、目の見えないベルさんがいきなり、頭を入れて辛子ごと食べ始めてしまったのです。

口の周りを黄色くして……!

もちろん、普段は蓋をしてあったのですが、塩を足そうとした瞬間でした。
何て危険なこと、塩分や唐辛子も体に悪いに違いないとすぐにやめてしまいました。

その時以来ですから、もう13〜4年にはなるかもしれません。

以前、ご覧いただきましたピクルスは変わらずに続けていますが、どうしても洋食に合う感じですよね……。

最近、DHC さんの発芽玄米を食べることも多いですし、納豆や魚など和食が増えてきたこともきっかけになりました。

ちょっと、乳酸菌を育ててみるかっていう感じです。


よく糠味噌くさいなどと良くないイメージで言われますが、私は糠味噌の匂いは大好きです。

良い状態だと甘いような香りもして、とても良い匂いです。味も良いです。

……そうなのです。私、時々糠床の味見もします。

ですから、清潔に保たなければいけませんし、生糠では心配なのでフライパンで煎って煎り糠にします。

ちょうど、全粒粉を空煎りしているような……クッキーのような良い香りで楽しい時間です。

糠味噌については、奥が深そうでまだまだ分からないことも多いのですが、いま持っているイメージは……「永遠に焼き上がらないパン」かな?

発酵しすぎてもいけないし、しなくては美味しくないというところが正に……。

現に暑い季節には、乳酸菌がガスを出して膨らみます。
そのガス抜きをするためにかき混ぜるところまでそっくり……。

そんなイメージで、一日一回一掴みずつ煎り糠を足しながら、大体一日一、二回、野菜を漬ける時にかき回しています。

糠を入れるときも入れないときも塩は約小さじ1ずつ足します。

野菜から浸透圧で水分が出てしまうので、塩分を保つためです。





何かシュールな見た目ですが、この大きな陶器製のバットに漬けてあるのは白菜です。

いつものほうろう製の鍋では入らない大きな葉でしたので、一番大きなバットに斜めに漬けてみました。切っても良かったのですが、もったいない気がして……。

糠床も全て移動して押しをして数時間。

柔らかくなってから、いつものお鍋に漬け直しました。


初夏に買った山椒は無事に入れることができました。





暑い季節に糠に虫が寄るのを防いでくれるそうですし、腐敗防止になるそうです。

確かにそういうことは起きませんでしたし、後から山椒自体お漬け物として食べられるので、一石二鳥かもしれません。

その時には、唐辛子、辛子粉、山椒……と三種類の辛味成分が入っていたことになるのですね。

それ以外に常時、ニンニク一片と生姜一片は入れてあります。


ニンニクって、不思議なんですよね。こんなに濃い塩分の中でも芽を出そうとするのです。
ある時突然、下の方が緑色になって匂いが変わるので、そうなったら新しいものと取りかえます。

生姜も水分が無くなったら、新鮮なものと代えます。


これは茗荷があるので夏の頃ですね……。





野菜は洗って水を切っておきます。急ぐ時は布巾やキッチンペーパーで水分を取ります。

この頃の茄子は硬いのでこんな風に虎目に剥いてしまうこともあります。
そうすると漬かりやすく、色も綺麗に出やすいような気がするのですが……。
押しをするのも有効みたいです。

昔から、茄子の糠漬けは食べる直前に出しましょうと言いますが、本当に色が変わるのは早いです。

それで、茄子だけは少し塩を擦り込んでから漬けています。

これは祖母に教わりました。
「茄子の塩しのときほどじゃないけどね……」声が耳に残っています。





これは高知の小茄子だったと思います。元々、軟らかいのですぐに漬かりましたし、色も綺麗なままです。





他は、大根と茗荷と長芋です。

茗荷は漬かり具合によって、或いは漬ける相手によって薬味のように細かくしたり、大きく切ったりします。

この写真は、すべて母が切ってくれたものです。


(2に続きます)
posted at 00:36 | simple food | この記事のURL
夏と風のバラード [2019年08月02日(金)]
風の唄が 聴こえる
風は 君 風は あなた
私の心の中を 吹き抜けてゆく
遠い夏の日
あなたと過ごした
夢・・・幻・・・愛おしい
日々 胸にこみ上げ・・・夏
日差しは ただ 眩しく

風の唄が 聴こえる
風は 君 風は あなた
私の中を 強く 駆け抜けていった
あの 夏の日
あなたと 見たのは
夢・・・幻・・・心 震える
日々 胸に抱き・・・夏
木洩れ日は ただ 眩しく

風の唄が 聴こえる
風は 君 風は あなた
この大空(そら)を 吹き抜けていく
つきぬ 夏の日
あなたと 過ごす
夢・・・幻・・・時は 過ぎても
日々 心に抱きしめ・・・夏
太陽は ただ 輝く
夏・・・太陽は ただ 愛しく・・・




歌はこちらから↓
https://youtu.be/DoQj1-3C29c



毎日、暑いですね。お元気ですか。

初夏の頃のことですが、夏の歌を書いてみました。
ちょうど、いま頃の梅雨明けして暑くなった……夏の強い日差しを思い浮かべながら。

叔父がしっとりとした、唄の世界を拡げるような曲を作ってくれて、とても嬉しかったです。

私の中では、少し哀しい歌でもあるのかなと思っていたのですが、何かもう少し大きいイメージになったというか……。叔父に心から感謝しています。

もし良かったら、聴いてみて下さいね。


この週末は少し気温が下がるようですが、どうぞお体大切になさって下さい。


posted at 19:42 | | この記事のURL
初めてのしもつかり2 [2019年07月22日(月)]
鮭は焼きあがったら骨ごと細かく刻みます。

出刃があると便利ですが、普通の包丁でやってしまいました。

母は鰹節の出汁を取りますが、今回は野菜が少なくて鮭が多かったので、鮭の旨味だけで作ることにして、沸騰したお湯にお酒を入れて煮始めました。

アクを取ったら、みりんを入れて豆を加えます。

お魚の匂いが飛んだかなと思ったら、ふたをしてしばらく煮ます。

ふたが重いので圧力鍋ほどではありませんが、早くふっくらと煮えるような気がします。


その間に大根と人参を卸します。

鬼卸は刃の部分が竹でできていて、かなり鋭いので要注意です。

あまり細かくしたくないのですが……
やってみると力の抜き加減が難しかったです。





最後の部分は小さくなって危ないので、母の真似をして肉たたきで叩いて、卸したのと同じような状態にしました。先ほどの鍋に加えます。

油揚げは半分の幅に切ってから細切りにして入れます。

この頃には鮭と豆はかなり柔らかくなっています。





ここで塩を小さじ1くらい足しました。

それと大事なのが隠し味のお砂糖だそうです。
量がよく分からないので、ざらめを大さじ1くらい入れてみました。
野菜からの甘味もありますものね……。


お醤油も加えます。

最後にも入れるので、想定した量の3分の2くらいでしょうか。





酒粕のタイミングはよく分からなかったのですが、すべてがほぼ出来上がった頃に入れてみました。

手で細かくちぎりながら入れて、ヘラでなじませて溶かします。

最後に香りづけにお醤油をもう一度回し入れて完成です。





お味の方は……豆が主張していました。きっと、大根や人参が少なめだったせいでしょうね。

それと少し塩辛かったかな。

お酒のあてにはちょうどいいぐらいではありましたが、どうなんでしょうね。

寒い頃にはもう少し薄味でも大丈夫でしょう。


季節外れのしもつかり……母がとてもよろこんでくれたのは嬉しかったです。

そして弟と叔母。妹には暑い季節なので送れませんでした。


今年は変わり事があり、季節には作れませんでした。

生きているといろんなことがありますね……。


五月頃になってから母が「作ってあげようか」と言っていたので、食べたいのかなとも思い、その一月ぐらい後にやってみました。

作っている時はもう金輪際無理と思いましたが、こうして書いているとこの次はもっとこうしようかなと考えている自分もいるので不思議です。




posted at 00:08 | simple food | この記事のURL
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