敬老の日 [2008年09月15日(月)]
敬老の日は

軽労の日といって

お年を召した方の労働を軽くして

差し上げる何かをする

という方がいらっしゃるのだそうです

とても素敵なことです


敬老の日にはよく

まだ10代のころ

着物を着て

通っている小学校まで

踊りのお師匠さんに引き連れられ、

敬老会に出演したものでした


舞台の上から見渡す限り

講堂いっぱいに並ばれた

お年寄りの前で

踊らせていただいたものでした


私の両親は

いつまでたっても

あの講堂にいらしたような

お年寄りのイメージがないので


敬老の日に

何か取り立ててしたことは

一度もありません


終生、現役で、

人の役に立っていたいような両親なので


「敬老の日」をお祝いするのは

とても「失敬」にあたると

私は感じていたのでした


幸いなことに、今でもそうです


敬老会にあるような敬老のされ方を

喜ぶようにはとても思えず、

むしろ自分たちが出演したり

講演したりする側だったりするものですから

とても「敬老」する気持ちになれないのです


取り立てて敬老しなくても

ふだんから

ちゃんと敬われている方が

お年寄りにもよろしいでしょうね



そういえば、

亡き義母は敬老会にあるような敬老のされ方を

素直に喜んだ人でした

そういう人には

贈り甲斐があるというものです

ですので、義母にはちゃんと

プレゼントを贈りました



以前、書いたことがありましたでしょうか


京都から東京に出てきた頃、

山手線はOLさんやサラリーマンさんで満杯で

これじゃあ弱者と呼ばれる

お年寄りや子どもさんは大変だと

感じたのですが、


実際に高齢の方が乗ってこられると

さぁ〜っと手すりまでの道が開き、

席が譲られたりするのです


大都会で

これほど親切なところは

人心の荒れていないところは

他国にないと言われます



スピリチュアルな国と言えます


お年寄りばかりでなく

周囲のすべての方々を

敬って

豊かに幸せに

暮らしたいものですね



さて、私はセッションの合い間に

引っ越し準備の軽労をしましょうか


まあでもしかし、電話くらいはしましょう...

先日、母はムカデに刺されて救急車でした

さすがにショックだったようなので

ここのところ毎日電話しておりました。

父もちょうどNYに出かけていて留守のできごとで

やはりちょっと心配でした。

しかしもうあちこち元気に飛び回っているようで

あの、電話代が...

というほど、お話してくれました

聞いてあげることが、

せめてもの親孝行なのです

敬老の日って、気づいてなかったようです




あなたにも、素敵な

敬老の日でありますように



お幸せへの道しるべになりましたか?
いつも応援本当にありがとうございます 

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