欠けている [2008年11月06日(木)]
長期間、フリーランスで働いている人の笑顔を見ると、スゴイなーと感心する。特に男子のフリーランス。もうね、その柔らかい笑顔、仏のようです。高カロリーな食事を食ってキャバクラに通うクソ坊主とか、スピリチュアル何チャラの詐欺師より、よっぽど天に近いよ。
そして、同じくフリーランスで働いている僕には、彼らの笑顔の理由がよくわかる。
だって、どんな理不尽にでも、怒りを表すすべがないのだもの。部長が悪い、部下が悪い、ウチの会社はまったく・・! サラリーマンのように、うまくいかない理由を、自分以外の何かに転化する手法は使えない。どんな理不尽な要求であっても、目を吊り上げては仕事にならない。フリーなんだから、イヤなら断ればいいと考えるのは、間違い。フリーだからこそ、理不尽な言い分でも、立派に仕上げてこそプロなのです。
誰も助けてはくれないし、誰も責める相手はいない。だから、フリーランスな男たちは、忍耐強い。そして、ある種の悟りのようなものを感じさせる。
そうしてナオキチも、様々な仕事のシーンで、外側だけはカメレオンのように色を変えて対応してきた。そして、理不尽を越えた先に浮かんでくる価値観を胸の中に積み重ね、結論として守ってきた気がする。それゆえに僕は、他人の価値観に微塵も踊らされることはない。同時に自分の我を通すことが苦手になり、虚しさや寂しさを平気でやり過ごしてしまう。誰に対しても、僕を満たしてくれ、と訴える力をなくしている。
僕はここ数年、どこまでも続く平坦な土地の中に無造作に横たわった、殺風景な道路の片側を1人で歩いている。そうした生き方は、崩壊寸前の身勝手な人間社会の中で、あながち間違いではないと思う。けれど、今日は強く思う。僕には決定的にかけている。動じない心の反対側にある、怒りという感情が。怒りゆえに突き動かされる情動に、いまの僕は欠けている。
それじゃ、戦えない物事もあるよなあ。
そして、同じくフリーランスで働いている僕には、彼らの笑顔の理由がよくわかる。
だって、どんな理不尽にでも、怒りを表すすべがないのだもの。部長が悪い、部下が悪い、ウチの会社はまったく・・! サラリーマンのように、うまくいかない理由を、自分以外の何かに転化する手法は使えない。どんな理不尽な要求であっても、目を吊り上げては仕事にならない。フリーなんだから、イヤなら断ればいいと考えるのは、間違い。フリーだからこそ、理不尽な言い分でも、立派に仕上げてこそプロなのです。
誰も助けてはくれないし、誰も責める相手はいない。だから、フリーランスな男たちは、忍耐強い。そして、ある種の悟りのようなものを感じさせる。
そうしてナオキチも、様々な仕事のシーンで、外側だけはカメレオンのように色を変えて対応してきた。そして、理不尽を越えた先に浮かんでくる価値観を胸の中に積み重ね、結論として守ってきた気がする。それゆえに僕は、他人の価値観に微塵も踊らされることはない。同時に自分の我を通すことが苦手になり、虚しさや寂しさを平気でやり過ごしてしまう。誰に対しても、僕を満たしてくれ、と訴える力をなくしている。
僕はここ数年、どこまでも続く平坦な土地の中に無造作に横たわった、殺風景な道路の片側を1人で歩いている。そうした生き方は、崩壊寸前の身勝手な人間社会の中で、あながち間違いではないと思う。けれど、今日は強く思う。僕には決定的にかけている。動じない心の反対側にある、怒りという感情が。怒りゆえに突き動かされる情動に、いまの僕は欠けている。
それじゃ、戦えない物事もあるよなあ。