ある音楽家の嘆き [2008年09月15日(月)]
音楽家の愛するあなたから

泣きながらの電話をもらいました


愛する人が

あなたの演奏を

聞いてくれているはずだったのに


その場にいてくださらなかったのですね


あなたの嘆きは

察するに余りあります


私も同じ経験があります

若いころでしたので

しばらく口もきかないほど、

すねたものでした



ですけど

あなたは


愛する人のために

精一杯すばらしく楽器を奏で


皆さんが

とても良かったと

とても素晴らしかったと

喜んでくださるような

演奏をすることができました


それは、

その方のことを

大切に思う

あなたのピュアな

気持ちが

音になったからだったのです


私もそうでした

愛する方が見ていてくださると思って

踊った舞台は

素晴らしく美しい出来栄えだったのです

周りの方にはとても褒めていただきました

その方は客席にいらっしゃらなかったのでしたが


どうか嘆かないで


その方に直接聴いていただいたり、

言葉をもらえることは

なかったかもしれないけれど



宇宙は

あなたの見事な演奏を聴けたと

とてもとても


満足しています


ますます

輝ける

演奏家になってくださいね


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いつも応援本当にありがとうございます 
出会いのひとつひとつB [2008年09月15日(月)]
そして今夜私には

これまで

三度しか会ったことのない

ソウルメイトから

突然の電話がありました


会ったときからグループソウルとして

これほど近いと感じた魂は

これまでになかったものの


その後付き合う「暇がない」のです


本当に付き合いを続けていく

という決意をしている魂同士ならば

「暇はない」のではなく

お互いに会う時間は


努力して作っていくものだから



「暇がない」というのは

「会う気がない」のと同じことです


二人で会うことよりも

人生で優先させたいことがあるのです


もちろん、あなたの人生だから

私はそれを尊重します


おそらくは他生で

充分と言うほどご一緒しているのでしょう


二度と

声を聞くことすら


ないかもしれないと、


大切に会話をしました


お電話ありがとう


私のことを気にかけてくださって

ありがとうございます


あなたの

お幸せを

心よりお祈りしています


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出会いのひとつひとつA [2008年09月15日(月)]
クライアントさんによく言われるのが

「感じが変わりましたね」

という言葉です

今日もまた


職業柄とはいえ、日々、

成長変化せざるを得ない環境に

置かれていると思います


日々の変化成長が

激しいのなら


今の私は

二度とあなたに

お会いできないことになる


先日お目にかかった私は

どこを探してももう

この世に存在しない...


先日出会ったあなたは

別人であるなら...



ひとつひとつの出会いが

それほど大切なら


もう二度と同じ環境で

同じ人と会えないとわかっているなら


(それで、良く考えてみると

実際にそうなのです

神さまはそんなに退屈な方ではないので

一回一回の出会いごとに

別のシーンをご用意くださるものです


全力で取り組まなくては


二度と、同じ人には

会えないのですよ...


そんなメッセージ

お伝えせざるを得ない

セッションが、ここのところ続きました


早速にも、


ケンカしていた関係を

回復しようと努力していただいた方もありました


すぐに結果をだしてくださったあなたに

心より感謝しています


その方との関係を

大切になさってください



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いつも応援本当にありがとうございます 
出会いのひとつひとつ [2008年09月15日(月)]
出会いは

ひとつひとつが

神さまによって

たぐいまれなチャンスとして

与えられています


このお仕事をしていると特に

クライアントさんとの

一回一回の出会いは

とても大切なセッションです


もちろん、繰り返し、

いらしてくださる方もあります


そうではあっても、


限られた時間で

この方の人生の方向を幸福へと

変化させるメッセージ

どれだけ伝えられるか


私にとっては

出会いのひとつひとつが

真剣勝負となります


戦うものがあるとしたら

それは

幸福の道を選ばそうとさせない

クライアントさんの中にある

意識、無意識と呼べるかもしれません


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敬老の日 [2008年09月15日(月)]
敬老の日は

軽労の日といって

お年を召した方の労働を軽くして

差し上げる何かをする

という方がいらっしゃるのだそうです

とても素敵なことです


敬老の日にはよく

まだ10代のころ

着物を着て

通っている小学校まで

踊りのお師匠さんに引き連れられ、

敬老会に出演したものでした


舞台の上から見渡す限り

講堂いっぱいに並ばれた

お年寄りの前で

踊らせていただいたものでした


私の両親は

いつまでたっても

あの講堂にいらしたような

お年寄りのイメージがないので


敬老の日に

何か取り立ててしたことは

一度もありません


終生、現役で、

人の役に立っていたいような両親なので


「敬老の日」をお祝いするのは

とても「失敬」にあたると

私は感じていたのでした


幸いなことに、今でもそうです


敬老会にあるような敬老のされ方を

喜ぶようにはとても思えず、

むしろ自分たちが出演したり

講演したりする側だったりするものですから

とても「敬老」する気持ちになれないのです


取り立てて敬老しなくても

ふだんから

ちゃんと敬われている方が

お年寄りにもよろしいでしょうね



そういえば、

亡き義母は敬老会にあるような敬老のされ方を

素直に喜んだ人でした

そういう人には

贈り甲斐があるというものです

ですので、義母にはちゃんと

プレゼントを贈りました



以前、書いたことがありましたでしょうか


京都から東京に出てきた頃、

山手線はOLさんやサラリーマンさんで満杯で

これじゃあ弱者と呼ばれる

お年寄りや子どもさんは大変だと

感じたのですが、


実際に高齢の方が乗ってこられると

さぁ〜っと手すりまでの道が開き、

席が譲られたりするのです


大都会で

これほど親切なところは

人心の荒れていないところは

他国にないと言われます



スピリチュアルな国と言えます


お年寄りばかりでなく

周囲のすべての方々を

敬って

豊かに幸せに

暮らしたいものですね



さて、私はセッションの合い間に

引っ越し準備の軽労をしましょうか


まあでもしかし、電話くらいはしましょう...

先日、母はムカデに刺されて救急車でした

さすがにショックだったようなので

ここのところ毎日電話しておりました。

父もちょうどNYに出かけていて留守のできごとで

やはりちょっと心配でした。

しかしもうあちこち元気に飛び回っているようで

あの、電話代が...

というほど、お話してくれました

聞いてあげることが、

せめてもの親孝行なのです

敬老の日って、気づいてなかったようです




あなたにも、素敵な

敬老の日でありますように



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叶わぬ恋B [2008年09月15日(月)]
愛するあなたが

叶わぬ恋から


より素敵な女性となった理由のひとつを


私は見つけた


もともと多くの方に

慕われているあなたでしたが



とてもつらい苦しみを抜けたとき


あなたは


「他の人も

はやく

苦しみから抜けるといいな」


と、書いてくださった



他の人の苦しみも

思いやる心を


忘れなかったばかりでなく


さらに深く思いやるようになり、


そして


辛い恋を

恨みに変えない気持ちを学んだ



報われなくても

「好きになることができてよかった」と

書いてくださった



ただ


すごい


と、私は言うほかない



「今日は気持ち良く

泣かせてもらいます」


あなたのメールは

そう締めくくられていた



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