風唄 『Strong&Strange5』 [2008年05月30日(金)]
ジノは特に隠れる事もせず、ゆっくりと歩み出た。そして門の前でこちらに警戒の視線を送って寄越す、いかにも筋骨逞しげな護衛の男に話し掛けた。警戒はされて当然と思う。自分ライチと違い、背中には巨大な槍を背負っている。今その自分の背中は、彼女と同じ、橙であるだろうか。
「カラサワ氏に雇われていた者だ。今日はその報告に来たんだが、通してもらえるだろうか」
二人の護衛の男は顔を見合わせ、再びジノの爪先から頭まで、舐めるように見た。
「女一人か?」
「報告如きに野郎が何人も必要ないと思ったもので」
「………」
通用するだろうか。
「いいだろう。入れ」
やはり。
ジノは、カラサワがこの警護達をはじめ、重臣以外の下の者達には当たり障りのない説明しかしないだろうと踏んでいた。
自分達二人を殺そうとしたあの集団か、あるいはその代表が、報告のためにこの屋敷を訪れる。しかし業界トップの人間が、
暗殺計画など以ての外。さしずめこの護衛達は主の『何事か』の依頼を受けた『何者か』が、ここを訪ねてくるという事程度しか知らされていなかったのだろう。物騒な出で立ちでも構わぬ、とでも。そしてその読みは当たった。
警護がインカムで何やら連絡を取り、程なくして邸宅からメイドのような女が静かに歩み出てきた。女は僅かに頭を下げると、こちらです、とジノを導いた。
さぁ、どうしてくれようか。ライチの事は心配ないだろう。あんな性格ではあるが、仕事に関しては絶対にジノの足手まといになるような事はしない。どうでもよいことで普段足を引っ張りまくってるくせに、不思議極まりない。
「こちらでお待ちください」
案内されたのは広い作りの応接室だった。歩きにくいほどの絨毯には、見覚えがある。
「カラサワ氏はどこに?良い報告なんだ」
「はい、只今呼んで参りますので、少々お待ちください」
メイドはまた静かに頭を下げて、見事な彫刻を施してある巨大な扉から出ていった。そうだ、ここはカラサワと契約を交わした部屋だ。
今はまだ日が落ちきるには早い時間だ。会社社長が平日に職務に励む事もなく、出かけることもせず、女二人の暗殺報告を今か今かと待ちわびているのか。ジノは想像し、黒い感情が沸々と生まれてるのを自覚した。
それに耐えるように小さく息を吐くと、入口に背を向け安楽椅子に深く腰掛けた。
「ご苦労だった」
威厳あるように聞こえた声も、怒りの耳では、ただの太く煩わしい声にしか聞こえない。ジノは完全に背もたれに体重をあずけているので、入口側からはその姿は見えないのだろう。威勢良く開いた扉から入ってきたカラサワは、気にもとめずに奥の席まで移動した。
メイドは扉の横に控えている。
「良い報告なのだろう?私の依頼は」
愚者め。
ジノは脚を組み替えた。
「そうだな。契約通り、遂行した」
カラサワがようやくこちらを振り向いた。
「な…」
「あんたの依頼通り男を尾行し、動向を探った。そうしたら不思議な事に、命を狙われたんだ。何故だろう。知ってるか、カラサワさん?」
その皮肉な笑顔が映った目は見開いて血走っていた。社長と言っても只の人間には変わりない。だが声だけは人の上に立つ者らしく、落ち着いていた。
「……何故生きてる?」
ジノは吹き出した。
「あんた、社長辞めてペテン師になったらいい。あたしたちを騙すなんて、大した役者だと思うぞ」
くすくすと笑いながら、ジノは立ち上がった。カラサワが後ずさる。
「なめられても困るんだよな。あたし達があの程度でやられる訳がない」
ジノが背中の愛槍に手をかけた時、カラサワは扉に立つメイドを見やった。相変わらず静かに立ち尽くしている。
「何してる!この女を止めろ!」
叫ばれたメイドは、くるりと背を向けた。そして徐に扉を蹴っ飛ばすと、ガシャンと錠の落ちる音がした。
「な…!!」
「ふぃー。この鍵、鉄製だから触りたくなかったんだぁ」
給仕の制帽を取ると、うつむき加減に控えていたその顔が露わになった。そこには、薄紅色の渦巻きがあった。
「カラサワ氏に雇われていた者だ。今日はその報告に来たんだが、通してもらえるだろうか」
二人の護衛の男は顔を見合わせ、再びジノの爪先から頭まで、舐めるように見た。
「女一人か?」
「報告如きに野郎が何人も必要ないと思ったもので」
「………」
通用するだろうか。
「いいだろう。入れ」
やはり。
ジノは、カラサワがこの警護達をはじめ、重臣以外の下の者達には当たり障りのない説明しかしないだろうと踏んでいた。
自分達二人を殺そうとしたあの集団か、あるいはその代表が、報告のためにこの屋敷を訪れる。しかし業界トップの人間が、
暗殺計画など以ての外。さしずめこの護衛達は主の『何事か』の依頼を受けた『何者か』が、ここを訪ねてくるという事程度しか知らされていなかったのだろう。物騒な出で立ちでも構わぬ、とでも。そしてその読みは当たった。
警護がインカムで何やら連絡を取り、程なくして邸宅からメイドのような女が静かに歩み出てきた。女は僅かに頭を下げると、こちらです、とジノを導いた。
さぁ、どうしてくれようか。ライチの事は心配ないだろう。あんな性格ではあるが、仕事に関しては絶対にジノの足手まといになるような事はしない。どうでもよいことで普段足を引っ張りまくってるくせに、不思議極まりない。
「こちらでお待ちください」
案内されたのは広い作りの応接室だった。歩きにくいほどの絨毯には、見覚えがある。
「カラサワ氏はどこに?良い報告なんだ」
「はい、只今呼んで参りますので、少々お待ちください」
メイドはまた静かに頭を下げて、見事な彫刻を施してある巨大な扉から出ていった。そうだ、ここはカラサワと契約を交わした部屋だ。
今はまだ日が落ちきるには早い時間だ。会社社長が平日に職務に励む事もなく、出かけることもせず、女二人の暗殺報告を今か今かと待ちわびているのか。ジノは想像し、黒い感情が沸々と生まれてるのを自覚した。
それに耐えるように小さく息を吐くと、入口に背を向け安楽椅子に深く腰掛けた。
「ご苦労だった」
威厳あるように聞こえた声も、怒りの耳では、ただの太く煩わしい声にしか聞こえない。ジノは完全に背もたれに体重をあずけているので、入口側からはその姿は見えないのだろう。威勢良く開いた扉から入ってきたカラサワは、気にもとめずに奥の席まで移動した。
メイドは扉の横に控えている。
「良い報告なのだろう?私の依頼は」
愚者め。
ジノは脚を組み替えた。
「そうだな。契約通り、遂行した」
カラサワがようやくこちらを振り向いた。
「な…」
「あんたの依頼通り男を尾行し、動向を探った。そうしたら不思議な事に、命を狙われたんだ。何故だろう。知ってるか、カラサワさん?」
その皮肉な笑顔が映った目は見開いて血走っていた。社長と言っても只の人間には変わりない。だが声だけは人の上に立つ者らしく、落ち着いていた。
「……何故生きてる?」
ジノは吹き出した。
「あんた、社長辞めてペテン師になったらいい。あたしたちを騙すなんて、大した役者だと思うぞ」
くすくすと笑いながら、ジノは立ち上がった。カラサワが後ずさる。
「なめられても困るんだよな。あたし達があの程度でやられる訳がない」
ジノが背中の愛槍に手をかけた時、カラサワは扉に立つメイドを見やった。相変わらず静かに立ち尽くしている。
「何してる!この女を止めろ!」
叫ばれたメイドは、くるりと背を向けた。そして徐に扉を蹴っ飛ばすと、ガシャンと錠の落ちる音がした。
「な…!!」
「ふぃー。この鍵、鉄製だから触りたくなかったんだぁ」
給仕の制帽を取ると、うつむき加減に控えていたその顔が露わになった。そこには、薄紅色の渦巻きがあった。
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