東急文化会館跡地工事現場南側からJR渋谷駅方面を臨む。
中学生の時、校外学習で生まれて初めてプラネタリウムを見た。
人工的に作られたものではあるが、降るような星空は夢のように美しく、心が開放感に満たされて大変な感激をした。そして日頃仕事で疲れている母にも
リラックスしてもらいたくて、日も経たないうちに母を誘って再度プラネタリウムを訪れた。
ドームに入場すると程なく上映が始まり、夕暮れ時の色にドームが染まる。周りには東京タワーなどの建物が描かれ、その建物がどちらの方向になるのかが説明されていく。やがて明かりは落とされ、場内は漆黒の闇に包まれた。するとその時…
「ドサッ」椅子に座っていた母が突然地面に突っ伏すとガタガタと震え始めた。
「おかあさん?おかあさん!」私は焦って声をかけたが母は頭を抱え呼吸を荒くしている。握った母の手が汗ばむ。気が動転した私は、プラネタリウムを操作しながら解説している人に助けを求めた。
「私は今、説明中なんです。困ります…」解説者は困惑したように囁いた。
「大丈夫だよ、心配しないで外へ出よう」母は逆に私を気遣い、這うようにしてロビーに向かった。しばらくして顔面蒼白だった顔に赤みが差し、荒かった呼吸も元に戻り落ち着き始めた。
「子供の頃に押入れに閉じ込められて、凄く怖かった記憶が蘇っちゃったの」
心配そうな顔をしていただろう私に向かって母は言った。プラネタリウムの完全に近い闇が母に40年以上前の出来事をフラッシュバックさせたのである。自分が開放感を感じた空間は母にとっては閉塞感を感じる恐怖の空間であったのだった。
隙間から工事現場を覗く。
向こう側に見えるビルも、もうすぐ取り壊される。
そんな思いをしたプラネタリウムのあった東急文化会館は今はもうない。地下鉄新副都心線の工事を機に、その資材置き場として老朽化した建物は取り壊されてしまった。
プラネタリウムの他に4つの映画館、書店、レストラン街の他、結婚式場や資生堂の美容室などのテナントもあった。映画館は特に渋谷パンテオンという日本でも有数の大きな映画館があり、映画ファンには広くその名を知られていたと思う。
東急文化会館が惜しまれながら閉館してから数年、今年ついに地下鉄副都心線が開通した。しかし工事はまだまだ続く。今度はその副都心線と東急東横線の相互乗り入れのための工事だ。そして資材置き場だったこの場所も都市再開発が始まる。
東急文化会館解体後も残っていた周辺ビルのテナントも次々に閉店を始めている。やがては見慣れた東横線のホームも地下に消えてしまうのであろうか。
プラネタリウムの件は別として自分にとってここは楽しい思い出も沢山詰まった場所だ。
そんな場所が思い出だけになる日が、また、やがてやってくる。
工事現場の北側。渋谷は谷底の中に出来た街。
地中を水平に走ってきた地下鉄銀座線も渋谷駅では地上3階だ。
既に閉店した中華料理店の前を通り過ぎる。
◆東急文化会館◆
「港町キネマ通り」サイト内のコンテンツ。
しばし思い出に浸る。
http://www.cinema-st.com/road/r021main.html