ドリカムとラーメンズ&自力整体に癒されながら、仕事とコーチングの勉強に邁進している私の『日々のタワゴト』です♪ 

認定コーチの資格をとったけど・・・
精進は、まだ何も語れず・・・
嗚呼(ーー;).。o0

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姪ネタ:愚痴大会 [2008年12月01日(月)]
姉の家に行ったら、姪二人がまるで猫のようにまとわりついてきた・・・ん?なんかあったかな・・・?

「○○していたらママに●●って言われたんだよ
「○○があって、ママに●●って怒られたんだよ
「いつもママなんて、自分は●●のくせに〜・・・」

激しく、できごとを語り始めた二人

そうかそうか。って聞いてるうちに、いきなり『なんかグチ大会になってきた』上の姪が言い出した・・・

結局、何かを消化したようで、そこで終了

自分のテストの結果については不本意なこともあったようで。その後『もっと勉強しておけば良かったやれたのに、やらなかった』と言っていた

「そか。で?」と聞いたら「次はちゃんと後悔しないようにやる・・・こんなふうに思うの嫌」と。

結局、勉強しなさいなんて言っていない。
「どうしてしなかったのか?」を聞けば“できなかった理由”を並べ立てたのかもしれない・・・

ちゃんと自己完結して進む力を持っているんだなあ

姪を見ていると、そんなことに気がつく
はい、おばちゃんバカです
posted at 21:58 | コーチング | この記事のURL
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ニュートラル [2008年11月17日(月)]
先日のセミナーで、友人ができた
ルイトモ法則なのか、ナゼか見事におひとりさま
間違いなく、彼女もバリキャリ←死語?

そんな彼女が“こういうセミナーに来た時が本当の自分で、仕事の時とは違ってニュートラル”って言っていた

確かに、仕事のギアって存在する

でも、コーチングを始めてからそのズレは小さくなりつつあるかも?なんてことにも気がついた

そして、この何カ月かは自分のパラダイムと向き合った事でかなり小さくなったんじゃないかな?と思った

3年半前はダンマリを決めマスクをし、全く誰とも話さなかった・・・&なんならもう“悪役キャラ”で攻めようと、ガツガツ攻撃をしまくった

が、そんなギアを入れたままの2年間は本当に辛かった。と、今だから言える&その頃は辛いことにすら気づいていなかった・・・

ニュートラルな自分って心地がいい自分

その心地よさを知っているからこそ、いろんな場面の自分と向き合えるのかもしれないし、そういう場所に行こうと思えるのかもね

ギアのコントロールができることが、更なる心地よさの条件のひとつかも
posted at 23:42 | コーチング | この記事のURL
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絵本コーチング [2008年11月16日(日)]
絵本コーチングの講座に参加してきました

プラスの言葉が溢れている空間って&承認の溢れた空間って、温度が上がる

あたたかい言葉に包まれて、みんなの空気が&部屋全体が“あたたかく”なっていった

きっと、一緒にいた面々も感じていたと思うし。そして、帰宅した後にそのあたたかさが家族に伝染しただろうと思う

そして、私はステキな友人ができた
posted at 21:32 | コーチング | この記事のURL
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《自己肯定感》 [2008年11月03日(月)]
母の職業を聞かれたら「農業」と迷わず答える

けれど「お母さんって何やっている人?」って聞かれたら「普段は農業をしているけれど、時にランナー&時にまんじゅう作りの先生をしているよ」って答える

そんな母が、昨日と一昨日は「布草履の作り方の先生」として活躍してきたらしい

初めて行く立派な建物で、普段会うことのない人達に「先生」と呼ばれながらの時間は、母にもいろいろな刺激を与えたようで・・・

一昨日帰ってきた時に「目の見えない人が来たの。でも、ちゃんと教えられたし、ちゃんと作ってたし&楽しかったみたい。楽しかったって言ってもらったの」速攻での報告を受けた

そして昨日は帰ってきて「交通費とは別に2日間で1万円もらったの。あとね、昨日来た目の見えない人がまた来て『昨日はありがとうございました』って言われたの」と、コレまた速攻の報告を・・・

自分の持つ技術でお金を得ること。

目の見えない人に〜という偏見を持ちがちな中で、教えることができた自分&目が見えないのに作れた人がいるという、偏見を崩す現実

そして、その人がわざわざまた出向いてくれて「ありがとう」を伝えてくれること

日常とは違う空間の中で、自分の『特別すごいとは思っていないこと』で、感謝をされたり、お金を得たり〜の現実は、母へ“パワー”を与えたようだ

そして、母のこだわりの農業は私や姪に、教科書で伝えたりノートに書いたりの必要はない《食育》を植え付けている

今日食べたキャベツは、甘くてぱりぱりで美味しかったのよ
“ホンモノを知っている”ということは、究極

私にはヴィトンよりキャベツが問題です☆
虫の食べない野菜よりも、虫が食べる野菜

さて、次の私の問題・・・
母が布草履の先生として呼ばれるのが先か?
私がコーチとして呼ばれるのが先か?
posted at 23:58 | コーチング | この記事のURL
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姪ネタ:いい先生の条件編 [2008年11月03日(月)]
姪から『最近うちのクラス学級崩壊っぽいんだよねえ〜』って言われた・・・おいおい

何やってんだ〜?何があったんだ〜?
もろもろの疑問がわき上がる中“ただ聞く”時間   

「今、こんな感じなんだよ〜」話を聞いていたら『T先生(小学校の時の♀担任)みたいじゃないんだもん』と・・・

「でもさ、あの頃《ヒステリーで、いきなり怒りだして嫌》って、言っていたよねえ?」
と、素朴な疑問を投げかけてみた。

『確かにヒステリーだったし、すごい怒るんだけど《私たちのために怒ってくれている》のが分かったし。いい先生だったと思う。今の先生はそうじゃないんだもん

ん〜これはもう「私たちを見て!向き合って!」な姿勢が、そういうカタチで現れているのか?
そう思えば納得もできるねえ

その人が「優しい」「優しくない」と、判断する基準が《怒る》という事実だけではなく、その背景まで察知している子供達・・・私以上に「ノンバーバルを察知」している

確かに2年前のT先生の頃には「ヒステリックだ」とは言っても、嫌だとか言ったことはないし。今の先生に対しては「なんかもう、勝手にすれば?って感じ」と、どこか投げやりな印象の発言が多い

結局のところ「どうしなさい」ってことも「どうすべきかを話し合う」ってこともせずにただ聞いて、そう感じているんだ〜を聞くだけの時間だった

先生に対して何かを伝える?ということも考えつつも『向き合っていない大人に対して、向き合わずにいる』のだとしたら、先生が気づかないことには解決はしないそうとしか思えず・・・プロとして踏ん張って欲しいトコロ

とはいえ、最後まで聞いたことで姪が「じゃあどうする?」な気付きを感じた可能性も信じたい。私に話す中で先生へ・自分へ・クラスメイトへ感じていることを考えながらオートクラインを起こし、何かを発見したと思う&コレから発見するかも

今度会うのは2週間後
その時に、何かが変わっているはず・・・

何を言うか〜ではなく、その《姿勢》を見ているのだ。

大人が“いい”とか“悪い”とかの評価をしてしまうと、子供達はそこで思考を止めてしまうのだと思う。評価による判断ではなく、深いところまで見て考えてくれたらいいなあ・・・
posted at 22:38 | コーチング | この記事のURL
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『やり直したい』と思うこと・・・? [2008年10月31日(金)]
今朝のオベンキョークラスで受けた質問

「最近なにか『失敗した!やり直したい!』って思ったものはありますか?」

んん〜〜〜〜〜?なんかあったっけ?

「すみません、思いつきません
あれ、私ってばないの?自問自答・・・

失敗したと思うことがあってもその場でケアが終わってしまう。その場でなんとかしているから、やり直す必要がないみたい。そう思っていることも何もない

Myコーチのコーチが『挫折』についてのインタビューを受けたブログ記事と、似た現象が起きた

挑む前に『○○ができたらオッケー』という基準を設けるし。そんな準備もせず、気負わずにやっていた何かで、誰かに何かを言われたら、そこで相手のニーズに合わせてやってしまうので、そのまま引きずるようなものもない

確かにコーチングを学ぶ前は「ああ〜時間を戻したい」そう思うことが数多くあった気がする

けれど、今は『あっさて、どうする?』の答えをそこで出し、行動に移す。行動に移さない時も『どうもしない』って、決めてしまっている

ごまかすと、やり直したいことが多いのかもね・・・

朝からのヒトコトで、スッキリしている、今の自分に!気がつきました
posted at 19:28 | コーチング | この記事のURL
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子どもvs大人 [2008年10月24日(金)]
題名と斜め読みで思わず買ってしまった《感じない子ども こころを扱えない大人》そんな題名の本

カウンセリングの勉強をしていた時には、とことん自分の内面を見つめる時間になり、小学校の頃のことなどまでも思い出していた。その作業は、まるで“かさぶたをはがして、傷口をえぐる作業”のように感じていた。

とはいえ、私の場合はそこで“コレが原因でこういう考えに至っている自分”を客観的に見ていた気がする

そして、コーチングを始めてからは“イライラしている自分”や“とらわれている自分”を見つめることで、かなりいろんな視点で自分を見ることができるようになってきたと思う。

たまたまこういう方向に進んだだけのことで、一般的には《自分の心にも触らずに大人になり、他人にも子どもにも触れない》のが多いのかもしれない・・・。

「ウチの子って、投げやりなの」という発言を聞きながら、ぼんやりと「話させてもらえないよな」「話しても無駄だと感じてしまうよな」「●●しなさいって押し付けてるだろうな」「聞く気はあるのかなあ?」「投げやりなフリのが楽かも」なんて考えていた

うちの姪達は「どうしてそう思うの?」そう聞くと、何かしらの想いを伝えてくる。でもソレを聞かれなければ、考えずに済ませるかもしれない・・・

日常の会話の中で「○○ってこうだよね」と、日用品のこと食品のことニュースのことなどから、何気なく(大人同士の会話も含めて)話していることが《姪たちの価値観》を作り出し、場合によっては“がんじがらめ”にするのでは?

そう思ったら、なんだか怖い。。。

まずは大人が、自分の感情と心を扱えるようにならなくては。子供に対してどうこう〜は、ソレから

お話ししたお母さんとは、その後の会話の中で『本当は投げやりな子じゃない』コトが判明いたしました

親だって不安。子供だって不安。こんなにスピードの速い世の中・・・大人ですら落ち着けないんだもんね

落ち着けないことに気がついたら、まずは落ち着こうとすること。落ち着くこと
posted at 19:51 | コーチング | この記事のURL
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会話 [2008年10月11日(土)]
祖母の法事にて〜親戚が集まった。台所では女性陣が集合しての、なんやかんやのワイワイ時間

集まった叔母達の会話を聞いてると、全く噛み合っていない・・・「コレって、会話?」な状態に気がつく

「私膝が痛くて〜」「あ〜○○飲むといいんだよ」「あ〜それテレビで言ってた」「私は○○飲んでるの」「あら、どこか悪いの」・・・最初に戻る。みたいな

誰の話も、なんの話も聞いていない

カウンセリングやコーチングで“聴く”を意識していなければ、間違いなく自分もやっていたと思うつか、学ぶ前は間違いなくそうだったし・・・そして、未だにやらかすもんね

会話の中の『間』を取れるようになったことでの発見は、人によって話し出すまでの時間は“それぞれ”だってこと。間違いなく私は“間がなくても”話し出すし、うちの家族もみんなそう

だからこそ、家族との会話では何かを言うのを黙って聞いて、更に「で?」とか「だから?」を聞くことにした。今まではそれ以上の言葉を聞かず、自分の考えを言っていたところ。そこで深めて聞く・・・

それによって家族も『深く考える時間』を取れるようになった。と、思いたい
posted at 20:42 | コーチング | この記事のURL
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現状把握 [2008年10月08日(水)]
『状況がわからない』と打ち明けられた
いつからの状況を知りたいのか聞いてみたら、この半年の状況全て・・・と

どう過ごしていたの?何について知りたいの?知ってどうするの?私の持っている情報の何を伝えるべき?伝えたらこの人はどうするのだろう?

伝えたところで「言い訳」が始まるとしか思えない。
私の話す「事実」そのものを、事実として受けとめるとは思えないし、そもそも半年も経ってから・・・?

いろんな思考が回り始め、決めた!
コレはもう、返事をしないという決断

『半年経って分からないのであれば、このあと半年経っても何も分からないでしょうね。ってことは何かが変わるという期待はできませんね
  ↑
敢えてぶった切る鬼なヒトコトでありました

コレが「いい爆発」に繋がることを期待している
なおかつ、何も起きなければやはり『現状の把握もできなければ、対応もできない人』だと思うしかない・・・

しっかし半年も経ったら、犬は成犬だし。遺体は白骨化?ガンだったらどんどん進行しちゃうよ?

実際のところ、本当に全てが分からないわけではないと思んだけど。察していたものの、手を伸ばさないという決断

こんなところでコーチングマインド!
『答えは自分の中にある!脱出する方法は、自分で見つけようぜ


まずは、穴の中に落っこちていることに気がつかないと。
もしかして、気づかないままに白骨化しているかも
posted at 21:40 | コーチング | この記事のURL
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使命って・・・ [2008年10月07日(火)]
目からウロコなヒトコトをいただきました

“使命”ってなんか重いし、やらされてる〜って感じが
するけれど“命を使う”って思ったらいいよね?

確かに。“そのため”に私は生きていると思えば、何もかも自分の手の中に入って来るし、生きる意味だらけ

焦れて焦れて、やっとココにたどり着いた
ぐるぐる。を経て、その前のイライラも乗り越えて〜

前に《コレが私の使命》と思っていたものと、今思うものが、全く同じでもないし、違うわけでもない方向性は一緒

何よりも「自分に迷いがない」状態
やりたいのはコレ!どころか『やるって決めたから』でしかないこの状態

でも、もっとでかいこと考えますよ
posted at 23:50 | コーチング | この記事のURL
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ぐるぐる。 [2008年10月04日(土)]
立ち止まっているなあ。そう思っているけれど
ハタから見たら、電車に乗ったまま進んでいる人かもしれないけれど?なんか「ぐるぐる」しているのだ

なんで「ぐるぐる」しているのかも、よくわからないままに「ぐるぐる」している。。。そのくせ「ぐるぐるしている」って、焦らずに見ているだけの今

今まで見えていなかったこと・気づいていなかったことが見えてきたら『価値観』や『想い』や『こうありたい』がどんどん変わってきた・・・変わるスピードが速くて、変わって行くことを見ているだけ〜の私かな?

ハタ目には何も変わっていないと思うけど〜
今まで「これはダメ」「嫌い」と思っていたものが『好きな人もいるんだ』だったり『意外に悪くない』そう思い始める感じが続いている・・・。
逆に「好き」と思っていたものもまた同じ

これは私の価値観のタガが緩んだってことなのかな

あまりにも制限がなくなって、いったいどこまで広がってしまうの?な怖さは『今までより高いところから、今までより倍率の高い望遠鏡でみる』視界の広がりの感じ。見えるものが多い分、選ぶものも&協力してくれる存在も増える。。。

そうなると確かに《ここまでしかできない》っていう制限もなくなって〜無限大の世界

さらに引っ張る力も働かないので〜
無重力にいる感じのぐるぐるだ

もう少し、この“ぐるぐる”を堪能してみます
posted at 08:43 | コーチング | この記事のURL
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責任・役割 [2008年10月02日(木)]
会議に行った。総勢15名かな?うち女性は私ひとり若手から2番目でした

誰が主役なのか?会議の目的はなんなのか?全くもって《なにもかも不明》な会議は、あっという間の45分で終了そりゃそうよね、書類に書いてあることを確認しただけだし。
わざわざ行く必要があったんだろうか・・・

何も分からない中、私が察したことはただヒトツ
《誰もアテにしてはいけない》ってこと

上手く進める方法も見つけているけれど、手柄はほかの人が『俺が頑張りました』って言ってのけるのもミエミエ

そして、スキを見せたら《責任》という名の《押しつけ》の波がやってくるのも見える

もちろん、その手柄を持って行くのが上司や先輩なら奮起するんだけれど・・・そういうわけでもなく

何もかも不明な会議を、さら〜っとまとめたフリして「いい塩梅」で進められる、そんな存在になりたいな〜と思う

でも、自分のポジションや“私がやっています”のアピールをしたい人のプライドを壊すリスクを考えると〜無駄だと思いつつも、そうとも言えず

『言わないことは当事者として失格』なのも分かっている。
けれどけれど、どうしようもないままに〜嗚呼

このジレンマに陥るたびに転職を考える・・・

自分のポジションが変わった時に、遠慮なくできることを考えたら今は学ぶべき時のような気もするでも、好きなように生きるのもいいような気もするし・・・

そんなことを思えば、35歳の私ってまだまだ“未熟”なもんだあねえ・・・

誰かのせいにするより、自分の責任で進む方が楽だと思うけれど〜そうではない人のが、たくさんいるんだろうね

そんな世界だからこそ、私みたいなヘンな女がいて好き勝手なことをする〜のを止めてはいけない気もするのだ

これは、応援してくれる人&頼ってくれる人がいるからこそ

好き勝手な発言をしたのに「ああ、そう。あなたがそう言うならOK」って言ってもらった

OKをくれる人を裏切らないように誠意を持って仕事をしたいのだ。嘘で固めたり、ごまかしたりしない
posted at 22:12 | コーチング | この記事のURL
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成果 [2008年10月01日(水)]
コーチングを学んでいるコーチ21から電話があり『学び始めてからの成果はどんなことがあったか』を聞かれた

『全ての人間関係が楽になりました』と答えた私
その後しばらく、どう楽になったのか考えていた。

思えば「いい返事をもらったけど、なんか嫌そう。本当は嫌だったのかな?」という不安に振り回されていた。これはきっと“顔色をうかがう”状態

今となっては“ノンバーバルが得意”な私だと、言える
だけどソレが確認できるまでは、振り回されていた・・・

今はどう印象を受けようと『相手がそう言った。そう決めた上での答え』と思えるようになったもちろん、不安が残る時には、きちんと見かけた様子を伝えて、再確認をする

だから『本当は●●だったんじゃないの?』な不安を持つことがなくなった

となると、人間関係での不安は激減
てか、今はもう全くないのだ

友人とも、家族とも、会社でも〜
本当に全ての付き合いが楽になった
posted at 21:36 | コーチング | この記事のURL
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“作り笑顔”の下で〜 [2008年09月27日(土)]
今になってみれば・・・違う方法がうかぶことが多い。その時はきっと、何かしらの感情に冒されていたのだ

まったくな、状態だった時間・・・くだらないKY早くいなくなれ〜って、思っていたきっとハタから見たら“シャッター下ろしきった作り笑顔の私”だったことでしょう

そんな時間を振り返り、アレってもしかして敢えて挑んでみたら新しい関係を作り出すまでにはいかなくても、ちょっと違う面を引き出せたのかなあなんて思える

そして振り返ってみると、何かしらのボールは投げていた。けれど無視して違うボールを投げてきたんだ・・・
しかももう一個プラスしてそうだ、だからどんどんシャッターを下げてしまった

作り笑顔の中でも、多少なりとも自分で気づかずに何かしらのボール投げていたみたい

無意識にできることが、着々と増えていたみたい
posted at 07:54 | コーチング | この記事のURL
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男の脳・・・ [2008年09月19日(金)]
元上司といい、その後任(私の部署が変わったので、上司ではない)の2人は、何かを話しかけると、どうもそこに集中?していたようでフリ−ズ

何が起こったか確認するまでの時間が・・・
コレに私はイライラ〜っとする
そして、ナゼか2人とも同じ発言をするのだ・・・

『男は集中するから、女の人と違って、突然のことに対応できない脳の作りなんだよな』

ちょっと前に一緒に飲んでいて、この発言が出た時に『お母さんがご飯作るのに集中していて、子供が死んだら大変ですよね』言ってのけてしまった・・・

今の私の上司が「そうだよな〜」って、納得していた

そもそも、救急病棟の外科医が“縫うのに集中していて、容態の変化に対応する時間を要するのか?”を考えたら、脳の作りは関係ないような気がする

っつーか、その極論に至るまでの《脳の集中》ってどれほど?だったら、救急外科医が女だけでないのは〜おかしいよ

そんな矛盾を感じつつも、そういう言い訳を作ることで“それで良し”にしてしまうことが、人間の脳なのだろう・・・

どんな状況であろうと『スペシャルな状態で処理できること&そんな自分を保てること』が、学んでいることの成果となってあらわれる日が来る!はず・・・
posted at 21:42 | コーチング | この記事のURL
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