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ラッセル・J・ライター [2009年11月26日(木)]
ラッセル・J・ライターPh.D.−RUSSEL J.REITER
 1964年にウェーク・フォレスト大学バウマン・グレー医学校にて内分泌学の博士号を習得。兵役中に陸軍衛生科に配属され、そこでの人工冬眠の研究をキッカケに松果体とメラトニンに興味を持つ。以来、メラトニン研究の第1人者として、このホルモンの謎を解くのに大いに貢献して来た。
 また、政府委員会や国際機関でストレスと健康について発言を続け、とくに電磁場が人体に与える影響について詳しい。

監修者あとがき
        1995年12月   聖マリアンナ医科大学  講師  理学博士  服部 淳彦
 ホンの数年前までメラトニンは両生類の皮膚を白くしたり、ある種の動物において性腺を抑制するホルモンとして、細々と研究されているに過ぎなかった。ところが1994年イタリアのピエルパオリという研究者が、「実験マウスに夜間メラトニン入りの水を飲ませると、与えない場合より1.2倍も長く生きた」と、云う結果を公表したのをキッカケに注目されるようになった。
 今(1995年)アメリカでは一大ブームを巻き起こしている。その報告と前後して「実に多岐にわたって身体の健康を維持するのに欠かせない物質である」と言う、研究成果が相次いで発表されているのだから無理もない。
 メラトニンは体内時計の調節を担う物質として知られ、夜間に多く分泌され、睡眠を促し体を休ませる。それだけではなく、免疫系とも実に密接に結びついていることが、判って来た。本書にあるとおり、マエストロニは、「免疫系の中でも、最も重要な細胞の1つであるヘルパーT細胞にメラトニンのレセプター(受容体)がヘルパーT細胞と結合すると、連鎖的に他の免疫細胞にも刺激が伝わる。メラトニンを与えると、たとえばガン細胞を攻撃するNK(ナチュラル・キラー)細胞の数が増えたり、ウィルスを殺傷する食細胞の破壊力を高めたり、といった効果がある」と、報告している。この重大な働きは、ガンの予防と治療、そしてエイズ患者の救済に役立つ可能性が高く、部分的に実験結果も出始めている。
 免疫療法は既にガン治療に使われているが、激しい副作用を伴ったり、治療費が高かったりと問題も多い。メラトニンはそれらに替わるような特効薬ではないが、体の自然な治癒力や抵抗力を高め、手術の予後や末期患者のクオリティー・オブ・ライフ(QOL)をよくすることが出来よう。
 もっと日常的なところでは副作用の無い睡眠薬として、そして時差ボケの防止のために、既にアメリカでは数十万にもの人が使用している。またメラトニンは、生体内に発生した様々な病気の原因となるフリーラジカルを捕らえて細胞を守る、抗酸化物質でもある。抗酸化物質と言えば「細胞の老化を防ぐ」とされ、よく売られているビタミンEがある。ライターによると「メラトニンはビタミンEよりも、はるかに強力な抗酸化物質である」と言う。
 また非常に面白いことに、メラトニンは原生動物から動・植物にいたるまで、広く生物界に存在する。進化の過程で変わることなく保存された数少ない物質であり、ヒトを含めた生物にとって何か生命維持に重要な役割を果たしていることが推測されている。
 私は1992年より「植物にもメラトニンが存在するのではないか」と考え、研究に着手した。植物ホルモンの1つであるオーキシンの分子内に、メラトニンと同じインドール環が存在するからである。
 最初に選んだのはカイワレ大根であった。スーパーで売っている、あの、カイワレである。手に入りやすく、短期間で栽培できるからだ。大量のメラトニンの存在を確認した瞬間、「当たった!」という思いと何物にも変え難い喜びが走った。これがあるから研究者はやめられない。
 その後調べた植物の中でも、カイワレ大根はメラトニンをとくに多く含んでいる。他にはお米(白米も含む)・トウモロコシ・あしたば・春菊などに多量に存在し、私たちが毎日の食事で自然にメラトニンを採り入れていることも判った。
 1991年12月からわずか半年間の間だったが、幸運にも私はライター教授の下で研究する機会に恵まれた。メラトニンは夜に分泌されるために、研究室に駆けつけるのはどうしても深夜になってしまう。薄暗い中、嬉々とした少年のように松果体を採るライターの姿を鮮明に覚えている。「内分泌の墓場」などと呼ばれ、松果体が全く見向きもされなかった時代にも、彼は黙々と研究を積み重ねて来た。そして今、1つの花を咲かせたのだ。
 アメリカにおいてメラトニンは、日本におけるカルシウムやビタミンと同じくらいポピュラーに、いやそれ以上になりつつある。しかし残念なことに日本ではようやく一部の研究室で、睡眠相遅延によって起こると思われる登校拒否児の治療に使用されているに過ぎない。この現状を考えると、この本の持つ役割は重大で重い。新しい意味でのメラトニン研究は、今(1995年)まさに始まったばかりである。
 最後にこの本を出版するに当たり、多大な努力を払われた講談社の管朋子さんを初め、関係者各位に深く感謝いたします。
  
序文
バセット・リサーチ研究所 
 神経内分泌学/腫瘍学 デイビィッド・ブラスク医学博士

私の意識の中に松果体とメラトニンとラッセル・ライターと言う名前が深く刻み込まれたのは、いまから約27年前のことだ。当時はまだ生物学を学ぶ大学生だった私は、ライターが相棒のロジャー・ホフマンと一緒に発表した画期的な研究を知った。それまでは「松果体といえば盲腸と同じような進化の名残り、痕跡器官である」と云うのが定説だった(無論、今ではその両方共に汚名を返上している!)。
松果体から分泌されるメラトニンの存在については、それよりも7年ほど前にアーロン・ライナーの研究グループが突き止めていた。しかし、そのホルモンが生理学的に重要な機能を果たしていると明らかにしたのは、他ならぬライターとホフマンだったのである。
 1970年、それは単なる偶然だったのか、何らかの予知能力によるものだったのか、あるいは運命の糸に操られていたのか、前の年に大学を卒業していた私は、解剖学を学ぼうという希望に燃えてロチェスター大学大学院の面接を受けに出かけた。そこで、ライター本人に出会ったのである。「鳥の胚を使って松果体の実験をしたことがある」と私が言うと、ライターはそのまま雑然とした研究室に通してくれて、最新の調査データを手に、まるで長年の研究仲間に対するように息もつかさず夢中になって説明を始めた。自分はこの人物の下で研究する≠ニ、私は直感した。そう、すっかり魅了されてしまったのだ!
 念願かなって彼の研究グループの一員に加わってから1年後、私たちの研究の場はサンアントニオのテキサス大学ヘルス・サイエンスセンターへと移った。そこで理学博士号と医学博士号を取得するまでの7年にわたる研究生活は、まっさに「素晴らしい」の一言に尽きる。
 メラトニンの謎に挑む研究者は数多くいるが、より深い考察とそれに基づく実績という点では、ライターにかなう者はいないのではないか。しかし、その彼も研究者としてスタートした頃には、「メラトニンには価値がない、という立場をとっていた」と言うのだから、皮肉なものだ。だが、1976年に彼はメラトニンと動物の季節的な繁殖周期の間に関連性があることをハッキリと確認した。実はちょうど同じ頃に、コネチカット在住の科学者ラリー・タマキンもその事実を発見している。ライターはこの発見でメラトニンについての考えを180度変えた。まさに「松果体とメラトニンの領域におけるパラダイム・シフト(転換期)だった。今日ではメラトニンを避妊薬やガンの治療薬に活用する研究が進み、私自身も乳ガンとの間関係について研究を行っているが、全ての原点はここにあったのである。
 松果体での分泌量から始まって多岐にわたる働きにいたるまで、メラトニンに関するラッセル・J・ライターの守備範囲は実に広い。彼ほどの好奇心と知識の持ち主であれば、当然のことだろう。そしてまたラッセル・ライターという人物は、もっとも「ホット」な研究分野を嗅ぎ付ける鋭い嗅覚に恵まれている。そして、一旦研究を始めたら徹底的に取り組まずにはおれない。「メラトニンには強力な抗酸化物質としての能力が備わっている」という最新(1995年現在)にして革命的な発見も、そのような努力が結実したものといえるだろう。これは、単にメラトニンの新しい役割がまた1つ解明されたというだけにはとどまらない。フリーラジカルが引き起こすダメージが原因となる多くの病気-ガン・心臓病・アルツハイマー病など-に、全く新しい予防法や治療法が登場する可能性が、ここには秘められている(日本では、後述される理由=混合診療禁止および権利の問題などにより、前途は多難と申し上げるほかはない)。
 本書の真価はここにある。一見取るに足らない無名の分子に対する好奇心から、医学の最前線が築かれて行く様が見事に描かれている。ラッセル・ライターはメラトニンというユニークな物質そのものについて、そしてメラトニンの働きの解明に惜しみない努力を費やす多くの科学者について、エキサイティングに語ってくれる。これは難解な科学知識を分かり易く噛み砕いてくれる共著者、ロビンソンの力に負うところも大きい。本書を読むと、長い歳月をかけた基礎研究が次第に成果を現し、それがやがて研究者の仕事場から患者のベッドサイドにまで到達する様がよく理解できる。
 幸いメラトニンについての情報は医師ばかりではなく、一般の人々にも開かれている。「私たちの体に備わっている果てしない癒しの力を知り、健康のために体内のメラトニンの量をコントロールしたい」という人々にとって、本書はまたとない情報源となるに違いない。
 これまで30年以上にわたって、ラッセル・ライターは松果体およびメラトニンの研究の第1人者として活躍して来た。そしてまた寛大な指導者として、世界各地で文字通り何百人ものメラトニン研究者が育つまでに尽力して来た。比類なきヴィジョン・無限の情熱・強靭な統率力に恵まれたライターは、現在もなお研究に打ち込み、未来に向かって前進を続けている。
 今ほどメラトニンの知識が必要とされている時はないのかもしれない。そして、あくまで真摯な態度でメラトニン研究に情熱を注ぐラッセル・J・ライターほど、それを語るに相応しい人物はいないのである。