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第1章 メラトニン、生命を維持する分子 [2009年11月26日(木)]
 これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


P.3〜6 序文(午前中更新)

P.7〜10 目次

P.11〜16 挿絵、表題など。

P.17 第一章 メラトニン、生命を維持する分子

 私たちの脳のちょうど真ん中に、形といい大きさといいトウモロコシの粒にそっくりの小さな器官がある。これが松果体(しょうかたい)だ。「松果腺(しょうかせん)」とも呼ばれるこの器官は、人間の中でも一番最初に完成し、受胎後わずか3週間で、はっきりと確認できる。ところが、医学の研究者たちに最後の最後まで、その秘めたる力を明かそうとしなかったのも、また、この松果体だった。30年前、まだ私が大学で学んでいた頃、「松果体は大して役に立たない進化の名残り」と言った程度のあつかいしか受けていなかった。もちろん、そこからメラトニンというホルモンが分泌されていることは既に判ってはいたが、「カエルの皮膚の色を薄くするもの」と云うことで片付けられていた。
 ところが、なんとそのメラトニンが、私たちの体内で生態維持に欠かせない機能を果たしていたのである。今、ようやくメラトニンの多彩な働きが解明されようとしている。世界各地の研究室では、さまざまな実験からメラトニンが体内で多くの重要な役割を担う物質であると言う動かぬ証拠が出て来ている。私が所属するサンアントニオのテキサス大学ヘルス・サイエンス・センター(UTHSC)の研究室もその1つだ。私たちが健やかな生を全うできるかどうかはメラトニン次第、と言ってもいいくらいだ。ストレスの緩和・ヴィルスや細菌の撃退・よりよい睡眠の確保・時差ボケの症状の軽減・心臓病の回避・生物リズムの調整・さらにはガンから身を守る上でも効果が期待できると言うのだから、まさに奇跡のホルモンである。メラトニンの働き方1つで、私たちの寿命が代わってくるか知れないのだ。

 眠りを促し、時差ボケを治す
 そのメラトニンもつい最近(1995年現在)までは「効きのよい睡眠薬、または時差ボケ解消薬」という2つの点でメディアの注目を集めているに過ぎなかった。1993年の終わり頃、マサチューセッツ工科大学が行った実験結果の発表がきっかけとなって、「メラトニンは天然の睡眠薬である」と言うニュースが巷を駆け巡った。
 それは「充分に休息をとった若者たちに、まだ日の高いうちにメラトニンを服用させて昼寝をさせる」と言う実験であった。驚くべきことに、メラトニンをわずか0.1ミリグラム服用しただけで、被験者たちの眠りは深まった。0.1ミリグラムと言えば、数粒の塩の結晶ほどの量だ。「ニューヨーク・タイムス」・「ボストン・グローブ」・「ウォールストリート・ジャーナル」などをはじめ全米の新聞が、早速この新発見を報道した。
 アメリカ全土に2千万人はいると思われる不眠症患者たちの多くが、このニュースにわいた。とりわけ、メラトニンが様々な原料を合成してつくりり出された薬ではなく、元々人間の体内で眠りをつかさどっている物質だ、と言う点が大いに歓迎された。また、人工的に生成されたメラトニンは処方箋なしで簡単に手に入り、しかも1瓶がほんの数十ドル程度、と言うのも魅力だった。そのような患者の「自己療法」は危険だ、と言う考えの生物科学者もいないわけではないが、既に数万人の不眠症患者がメラトニンを試しており、品切れの店が相次いでいるのが現状だ。
 それと前後して、メラトニンが時差ボケ解消にも効果がある、と言うことも判った。新聞や雑誌はこぞってその記事を載せた。ジェット機の常連客たちにとってはバイブルとも言える「コンデ・ナスト・トラベラー」誌は、1994年の4月号で5ページにわたりメラトニンの記事を掲載している。いくつもの調査から、東西方向の移動が引き起こす各種の症状はメラトニンの服用で劇的に軽減する、と言う共通の結論が出たのである。メラトニンを使えば、移動した先でも分けなく眠ることが出来るうえ、生物リズムになん難なく現地時間に合う、と言う点が最大のポイントだった。つまりメラトニンには体内時計をリセットして到着先のホテルの枕元にある時計に合わせ、時差ボケに苦しむ時間をぐっと短縮する働きがある、と言うわけだ。
 反響は大きかった。旅行者・出張者・飛行機のクルーはメラトニンに飛びつき、さっそく機内持込の手荷物に忍ばせるようになった。先日ヨーロッパに向かう飛行機の機内で、私はスチュワーデス(現フライトアテンダント)にメラトニンについて尋ねてみた。
 「メラトニンのお陰で本当に楽になった」と言う感想が返って来た。「これなしでは、もう乗務できませんね」
 眠りを促し、時差ボケを解消する、と言う2つの働きがメラトニンを一躍人気商品に押し上げてしまった。今のところ(1995年現在)、アメリカでは24の企業がメラトニン売り出しているが、それでもまだ毎月のように新たな企業が参入している。
 このように、一大ブームになりつつあるメラトニンだが、その多彩な能力について詳しく知るには、今のところ医学関係の雑誌を見るしか方法がない。研究があまりに新しすぎるためだ。ようやく科学的な報告書としてまとめられたばかり、と言う段階なのだ。
 本書でこれから取り上げてゆく研究のだ部分は、1990年代に入ってから発表されており、とりわけ1994年あるいは1995年あたりのものが多い。中には科学関係の専門誌に未発表のもの前ある。私の研究室で終えたばかりの調査結果もあれば、他の研究室からメディアへの発表に先立って提供された報告もある。これらの研究データから考える限り、長いあいだ顧みられることのなかった松果体から分泌される、これまた注目されることのなかったホルモンは、実は私たちの体にとってかけがえのない重要な物質に違いないようだ。

 相次ぐ発見:免疫機能を高めるメラトニン
 ここ数年、免疫系の解明が飛躍的に進んでいる。免疫学者はどのように免疫細胞同士が「おしゃべり」し、互いに抑制したり刺激したりして体全体の防衛機能を維持しているのか、さまざまな研究を重ねて来た。
 だがメラトニン抜きに全てを完全に解明するのは不可能だろう。最近ようやく判ってきたのだが、メラトニンは私たちの体が夜間に休息し回復するサイクルを形成すると言う重要な機能を果たしている。詳しくはまた改めて述べるが、メラトニンは本来夜間に作られるものであり、午前2時、あるいは午前3時にそのレベルはピークに達する。ちょうどそれと時を同じくして、血液の流れに乗って体内を循環する免疫細胞の数はかなり増加しガンやヴィルス・細菌への抵抗力が高まる。
 また、私たちの体にストレスがかかると、メラトニンが働いて免疫系を強めようとする。それがヴィルス感染によるストレスであろうと、精神的なストレスであろうと、薬による免疫機能の低下であろうと、あるいは老化によるものであっても同じことだ。
 現在(1995年)、免疫学者はメラトニンの有効活用についての研究を盛んに進めている。近い将来、傷の治癒を速める・ワクチンの効果を増す・風邪や発熱への対処・化学療法に伴う副作用の緩和・手術によって低下した免疫力の回復・免疫系の老化防止などに、メラトニンが利用される日が来るかもしれない。

 最良の抗酸化物資
 アメリカ国民は、これまで抗酸化ビタミンC、E、ベータカロチンを摂取するために年間10億ドルをくだらない金額を投じて来た。抗酸化物質を豊富に含む食品や抗酸化ビタミンには、「心臓病やある種のガンにかかる危険を減らしたり白内障を予防するなど、健康な体作りには効果がある」と言う報告が、この消費活動に拍車をかけて来た。抗酸化物質はフリーラジカル(活性酸素)と言う私たちの体に多大なダメージを与える危険な分子をやっつけて病気になるのを防いでくれる。慢性関節リウマチから帯状疱疹にいたるまで、フリ−ラジカルが引き起こすしたり悪化させたりすると考えられる病気は60以上にのぼる。抗酸化物質はフリーラジカルの働きを阻止して細胞が損なわれるのを防ぎ、ひいては私たちの健康を守ってくれるのだ。
 今まであまり知られていなかったことだが、私たちの体内でも抗酸化物質は作られ、フリーラジカルが引き起こす損傷を防ぐために大きな役割を果たしている。
 1993年、我々の研究グループは、現在体内で作られていることが判っている抗酸化物質のうち、最も幅広く力を発揮しているのがメラトニンであることを突き止めた。人間の健康と長生きを考えるうえで、この発見は大いに意義があると思われる。

 公害から身を守る
 私たちは、有害なものに満ち溢れた世界に生きている。吸い込む空気も、飲料水も食物も、除草剤・農薬・有毒な廃棄物など、「致命的な数多くの危険物質に汚染されているものはない」と言っていいくらいだ。このような様々な毒素は、フリーラジカルを発生させて猛威をふるう。我々の研究室では、メラトニンはこうした環境危機に対して非常に高レベルの防御力を発揮することを明らかにした。またメラトニンにはアルコールやタバコなど、人間が体内に招き入れる有害物質の害を防ぐことも出来る力もある、と言う証拠も新たに出てきている。

 心臓の健康維持
  近年、心臓病による死亡率は医学の力によって引き下げられて来た。外科的治療の限りない進歩、高血圧を防いだりコレステロール値を抑える薬の開発がそれを助けて来た。それにもかかわらず、先進国全体を見渡せば、男女ともに依然として心臓病は死亡原因のナンバーワンの座に居座り続けている。
 最近(1995年現在)では、心臓の健康維持という視点から、新たに体のメカニズムそのものが注目されるようになって来た。なかでも、夜な夜なつくりだされるメラトニンについての研究が進んでいる。その結果、メラトニンはコレステロール値と血圧を下げ、不整脈を防ぐ働きがあることが判った。ある予備実験では、高血圧の被験者の血圧を1週間以内に標準値にまで下げる効果を発揮した。しかし、マイナスの副作用は一切出ていない。

 メラトニンはガンを防げるか
 メラトニンはガンとの闘いに大きな役割を果たす。様々な研究結果を見る限り、そう認めざるを得ない。「あらかじめ動物にメラトニンを与えておけば、発ガン物質を注射してもガンは発生しない」という、実験結果は1つ2つではない。
 また一旦ガン細胞が発生してしまっても、メラトニンにはその増殖の速度を緩(ゆる)める力があるらしい。試験管実験では、メラトニンは人間の様々なガン細胞の成長を抑えることが判った。乳がん・肺がん・子宮頸がん・布良ノー間(悪性黒色主要)・新しいデータとしては前立腺がんもその中に含まれる。今度はそれを人間の体で証明しようという試みが既に始まっている。今までのところ、メラトニンのお陰で何百人にも上る末期ガン患者の余命が延び、クオリティー・オブ・ライフ(生活の質=QOL)が向上した。

 ガン治療法の効果を高める
 メラトニンをガン治療に利用する場合には、他の治療法にプラスするという形がより効果的だ。ヨーロッパで行われた予備実験では、化学療法・手術・免疫抑制剤・放射線治療など、あらゆる治療法はメラトニンを加えることで効果が高まった。腫瘍の活動が完全にストップした患者は、単独の治療の場合よりもメラトニン投与をプラスした時の方が多かったのである。また、メラトニンを投与された患者の大多数は当初の予想よりも長生きし、副作用に苦しむ割合が少なかった。クオリティー・オブ・ライフが高められた、とも言える。臨床的にもメラトニンの有効性はかなり確かめられつつある(1995年現在のアメリカ)。

 エイズと戦う
 エイズの研究には既に巨額の費用が投入されているが、効果的な治療法やワクチンの開発は決して順調ではない。現在までのところ、めぼしい正解といえば、病状の進行を遅らせること、またエイズに付随して発生する様々な病気の治療法が進んだことぐらいである。
 メラトニンはエイズ・ウイルス相手にも互角の戦いを見せてくれる。エイズ患者には各種の免疫細胞(ヘルパーT細胞・ナチュラルキラー細胞・インターロイキン2など)が不足していることが判っているが、メラトニンはそのような免疫細胞に刺激を与える。さらに、エイズ患者が多く処方されるAZT(アジドチミジン)といった薬の副作用を抑える力もある。その結果、末期段階のエイズ患者のクオリティー・オブ・ライフは高められる。

 毒性のない、安全なメラトニン
 メラトニンは一切マイナスの副作用は引き起こさない。ここが、ガンやエイズに対す他のあらゆる治療法とは全く違う点だ。これまでに人間や動物を対象として何百もの実験が行われているが、いずれも「メラトニンはごく安全で無害、しかも習慣性になる心配が無用のホルモンである」という評価を裏付けるものばかりだった。
 なかでもいちばん大掛かりな実験では、千4百人の女性に4年以上にわたって大量のメラトニンを服用させた。ここでは「マイナスの副作用が生じたと言う証拠は皆無に近かった。規模の小さな同種の実験の効果も同じだった。「おぼれてしまうくらいの量のメラトニンを摂らない限り、メラトニンが有害だとはいえないだろう」とは、メラトニンに詳しい研究者の言葉である。

 寿命を延ばし、長寿に活気を与える
 メラトニンを服用すれば、健康で生産的に生きる年月を伸ばせるかもしれない。人間の体内で作られるメラトニンの量は、年をとるに連れて段々減って行く。つまり「心地よい眠りをもたらし、フリーラジカルを始末し、心臓の機能を安定させ、免疫の機能を高め、ガンを撃退するホルモンが減る、と言うことなのだ。老化防止策としては最強の手段が奪われてしまうわけである。それならばこのホルモンを補充してやれば私たちの寿命は延び、リウマチ・糖尿病・心臓病・ガン・アルツハイマー病・パーキンソン症候群など、深刻な病を寄せつけづに済むかもしれない。
 これは楽観論どころか、大いに信憑性のある話だ。現に研究室の実験では老齢の動物にメラトニンを与えたところ、寿命が20%ほど延びたのである。

 安価で手に入るメラトニン
 こんなにも偉大な力を備えた物質が、処方箋も無しに買えるなどとは、人類史上でも例のないことだ。また、私の知る限り、ここまで重要な物質がまだ調査研究の初期段階で早くも店頭で売られている、という例もないはずだ。事実、研究の一部はまだ基礎的な段階、つまりまだ試験管や動物での実験レベルにとどまっている。まだまだメラトニンについては判らないことが山ほどある。たとえば用途に応じた適切な投与量、服用を避けねばならないのはどのような場合か、などを見極めるのもこれからの課題だ。
 誰もが目の色を変えてメラトニンに走る風潮に、初めて私が危惧を抱いたのは、つい2,3日前のことだ。きっかけは、ラジオから流れて来るローカル局のトークショウの健康相談コーナーだった。「5歳の娘がなかなか昼寝をしない」という相談者に、医師が「メラトニンを飲ませるよう」にアドバイスをするのを聞いて私は仰天した。
 「これは体内で作られる睡眠薬ですから、一切、有害なものではありません」という回答者の言葉に誤りはない。ただ、その医師には人間の体は昼間はほとんどメラトニンを生成しない≠ニいう知識がなかったらしい。ふさわしくない時間帯に服用すれば、自然に備わった生物リズムを壊すことになる。さらに問題なのは、子供の体内では大量のメラトニンが生成されている、という点だ。ごく特殊な場合を除けば、子供にはメラトニンを投与すべきではない。勿論その特殊な場合には医師の指導が必要となる。
 このようなケースを別にすれば、私自身は一般向けにメラトニンが販売されることに問題はないと考えている。今までの実験データを見る限り、アスピリンから米食品医薬品局(FDA)の認可を受けた処方薬にいたるまで、現在販売されている薬物に比べるとメラトニンは、はるかに安全だ。ただ簡単に購入できるだけに、メラトニンの使用については私たち(医師)1人一人が充分な配慮を払う責任がある。そのためにも、効能についての正確な情報・適切な使用方法に関するアドバイスが一般の人々にキチンと行き渡る必要がある。
 これまでは素人が詳しい情報を手に入れようとしてもなかなか難しかった。その一方で、「メラトニンのことならば主治医よりも自分の方がよっぽどよく知っている」という人も多い。医師が誤った情報を患者に伝えている場合もあるのだ。
 ある女性は、「かかりつけの精神科医から、メラトニンを睡眠薬代わりに使わないように指導された=vと云う。その医師は「あれはタンパク質です。タンパク質は血液に溶けにくいので、好ましくない影響が出るはずです」と説明した上で、結局は強力な睡眠薬を処方したそうだ。
 ここで事実を述べておくと、メラトニンはタンパク質ではない。そして容易に血液に溶け込む。くだんの医師に欠けていたのは、その知識だけではない。その女性が処方された睡眠薬は体内でメラトニンが生成されるのを阻み、自然な睡眠のメカニズムを壊してしまう作用があったのである。
 このように広く使われるようになった反面、メラトニンの働きについては曖昧な知識が出回っている。だからこそ専門的な裏付けのある最新のメラトニン情報が速やかに発表されなくてはならない≠フだ。

 この本について
 これまで私は、ことあるごとにメラトニンについて語って来たが、そのような機会を通じて、健康管理に関する世間の風潮が変わってきていることをヒシヒシと肌で感じている。健康のことならホームドクターにお任せ、と言う考え方は既に少数派だ。健康を手に入れてそれを維持したいと言う情熱にかられて、一般の人々が雑誌・本・インターネットをフルに活用し、じかに医学の知識に当たる時代になっている。
 本書は最新(1995年現在)の医学情報を満載している。この情報を基に健康の増進を図り、全く新しい方法で長寿を実現させることも不可能ではない。メラトニンとは、ただ夜ぐっすり眠ったりニューヨークらローマへの移動の疲れを癒すためだけのものはないのだ。人間の遺伝子にあらかじめ組み込まれている老化のプログラムを書き換えてしまうだけの力があるかもしれない、と言えば驚くだろうか。だが、そのことを裏付ける調査結果も実際にある。ここで読者は、おそらく大きな選択を迫られるはずだ。老化防止の実験台として、多数の被験者の1人になるのか、それともあくまで自然な流れを尊重し、本来の老化のプログラムに身を任せるのか。いったい、人間がこれまでに、このような二者択一を迫られたことがあっらだろうか?
第2章 30億年の遺産@ [2009年11月27日(金)]
 これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


 「ある特定の分子が、健康状態や体調にそれほど重要な影響を与えられるものなのですか?」これまで私は何度、そのように問いかけられただろうか。実は研究に携わる私たち自身も、やはりこれとそっくり同じ問いを自らに投げかけて来た。だが、ようやくこのホルモンの多彩な機能を説明する理論が確立された。
 まずメラトニンの分子が非常に古い、という事実から出発しよう。
 これまで調査されたありとあらゆる動物および植物には、メラトニンが含まれていた。30億年以上も前に進化したもっとも原始的な単細胞の藻類からヒトにいたるまで、文字通り全て≠ノ、である。どの有機体を見ても、メラトニンの分子構造は全く同じだ。私たちの血管を通ってからだのなかを循環しているメラトニンは藻類・植物・昆虫・カエル・アザラシから抽出したメラトニンと瓜2つ、というわけだ。
 生物学の分野でここまでそっくり、というようなことは極めて珍しい、様々な形態をとる生物全てに、分子構造まで寸分たがわぬ全く同じ物質が含まれる、という例は極々、限られている。そしてそのようにごく限られた物質は例外なく、生命を維持する上で欠かせない重要なものなのだ。
 メラトニンには、そのほかにもユニークな特徴がある。どのような生命体のなかでも、メラトニンは必ずサーカディアン・リズム(約24時間の日周期=日内周期)に従って生成されており、日中よりも夜間の方が多量につくられている。動物・植物・藻類、いずれもこの生成サイクルを守っている。生きとし生けるもの全てにおいて、1日のうちにメラトニンの量が増減しているようだ。つまり生命体の内部では抵抗力と回復力が、潮の干満のように変化しているものと思われる。
 メラトニンは万物に共通の物質である。分子構造は全て同一である。そして、動物界でも植物界でも同じサーカディアン・リズムに従っている。このような事実から研究者たちは、「メラトニンがあらゆる細胞の生態において基本的な役割を果たしている」という結論に到達した。その役割について語る前に、まずは彼らがその結論に辿り着くまでの40年にわたる波乱万丈の物語の中から、ハイライト部分だけを紹介しよう。

 肌を白くする謎の物質
 「科学の研究で突破口を開くには洞察力・努力・思いがけない幸運、という3つの要素が必要だ」と云われている。イェール大学で皮膚病を専門とする医学博士アーロン・ラーナーが、メラトニンを発見した時も例外ではなかった。1953年(まだ私がハイスクールに通っていた頃だ)、ラーナー人間の皮膚の色を白っぽくするホルモンの正体を突き止めようと研究に精を出していた。彼は皮膚の色が部分的に失われる、白斑(はくはん)と云う状態に着目していた。既に皮膚の色を濃くするホルモンについては発見済みで、ラーナーはそれをメラニン細胞刺激ホルモン(MSH)と名付けていた。今度は色を濃くするホルモンを突き止める番だった。何らかのホルモンが異常につくられて白斑の原因となる、と博士は推測した。
 科学関係の文献に当たり、ラーナーは皮膚の色を薄くする分子の手掛かりとなる情報を捜し求め、とうとうこれぞ≠ニ云うものに行き当たった。1917年に発表されながら、ほとんど注目されていなかったその論文には、「皮膚を白くするホルモンは松果体でつくられている」と書かれていた。
 論文によれば「2人の科学者が牛の松果体を磨り潰して、オタマジャクシをたくさん入れた水槽にそれをまいた。30分も経たないうちに、オタマジャクシの皮膚は透明になり、心臓や腸が透けて観えた」と云う。私が知る限り、松果体からの抽出物が牛そのものにどのような影響を及ぼしていたのか、あるいはオタマジャクシが自らそれと同じものをつくっていたのかどうかについて、その科学者たちが調べた形跡はない。大体、そのようなものに興味を覚える者などいなかったのだ。松果体があまりに小さく、人間はおろか動物にも多大な影響を及ぼす確証がない以上、研究が進まなかったとしても、無理はない。
 ところがラーナーは、その線に特別な関心を抱いたのである。−人間の松果体も、やはり皮膚の色を薄くする物質をつくっているのだろうか?もしもそうならば、その物質の生成を抑えれば、白斑の治療に何らかの効果があるのではないだろうか−この疑問を解くために、ラーナーはまずオタマジャクシの皮膚を透明にした物質を特定しなくてはならなかった。これは予想以上に厄介な仕事だった。
 ラーナーは数人の同僚とともに、莫大な量の牛の松果体を手間隙かけて生成する作業を開始した。豆粒大の松果体はまずフリーズドライされ、手作業で外側の組織が取り除かれた。それから細かい粉末状にし脱脂、特殊なブレンダーで水を加えて元に戻した。このようにして抽出した低カロリーの物質を今度は遠心分離機にかけ、さらに濃縮・ろ過・溶剤と混ぜ合わせ蒸発させ、エタノールと化合させた。2千5百個の松果体から採れたのは、乾燥した物質がわずか100ミリグラムだけだった。トウモロコシにパラパラと振り掛ける塩の量くらいだ。
 だが、これからが本格的な実験の始まりだった。次のステップは、皮膚の色を明るくする働きをする分子だけを分離することだ。彼らはクロマトグラフィーと云う技術を使って、抽出物を様々な分画に分けた。そして、1つ一つの分画をカエルの皮膚に着け、色が薄くなるかどうかを確かめた。すると松果体から抽出した物質のうち、何らかの変化をもたらすのは本の一部に過ぎない、と云うことがわかった。もしもこの化合物が彼らの予想通りホルモンであるとするのならば、知られている限りでは最も微量にしか生成されないホルモンと云うことになる。
 ラーナーらは、この複雑きわまりない作業を繰り返し繰り返し行いしかなかった。単調で飽き飽きするほど退屈な手作業に、彼らは膨大な時間をささげた。ラーナーは背中を丸めるようにして腰掛け、組織を取り除いたり、ろ過したり、重さを量ったり、遠心分離機にかけたり蒸発させたりといった作業をこなした。
 ある1つの思いに憑かれていた彼には、そんな苦労などなんともなかった。あくまでもマイペースで、抽出物の研究に取り組んだ。先を争うような類の研究ではなかった。松果体の抽出物に関心を払っている研究者など、自分たち以外にはまずいないはずである。「競争の激しい分野とはいえなかった」とラーナー博士は淡々とした口調で語っている。
 実験は4年ちかく続き、イェール大学の研究グループが使用した牛の松果体は最終的には25万頭分にものぼった。まさに超人的な仕事だった。ところが、何しろ微量な化合物なので、これだけ牛の松果体から採った分子を全部合計してみても、わずか0.00009884グラムだけだった。これは「フラスコの底に分子が1列にようやく並ぶ程度で、いずれにしても肉眼ではカラッポにしか見えない」と云うほどの量だ。分子構造を確かめるには10ミリグラムは採る必要がある。そのためには100万頭を超える牛の松果体を精製しなくてはならない計算だ。さすがのラーナー博士たちも、そこまでは頑張れず、抽出プロジェクトを切り上げることにした。
 それでも、これまでせっかく努力してきた全てを無駄にするのは忍びない。あと4週間と云う期間を自ら定めて、ラーナーはこれまで見落としてきた手掛かりの中から、論理的にこの抽出物の分子構造を導き出せないものかと、調べてみることにした。もしも分子構造の仮説が立てられれば、人工的に物質をつくることが出来る。それを実際に抽出した物質と比べてみればいい。2つの物質が同じならば、仮説は正しかったことになる。
 2週間後ラーナーは皮膚の色を薄くするホルモンの化学式を思いついた。セロトニンと云う化学物質から得られる物質ではないか、と勘を働かせたのだ。早速同僚にジム・ケースを呼び、2人は研究室で人工合成を行った。はやる気持ちを抑えながら、出来上がった物質を松果体と比べてみた。2つの物質はそっくり同じだった。ついに謎は解けた。
 これまで誰にも知られていなかった、素晴らしい力を秘めた新しいホルモンが発見されたのだ(ラーナーはそのホルモンにはカエルの皮膚の色を薄くする力がアドレナリンの0万倍もある、と突き止めた)。ラーナーはこのホルモンの正式名称をN−アセチル−5−メトキシトリプタミンとした。だが博士はこのホルモンにもう1つ、美しい名前を捧げた。それが、メラトニンと云う名だ。このホルモンがメラトニンと云う色素をつくる細胞の力を緩和するところからメラ、またセロトニンと云う化合物から得られるところからトニンと云う言葉を取り、2つを併せたのである。
 ラーナーは1958年に「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ」誌の1ページを使ってこの新しい発見について書いた。それから8年後、メラトニンの研究を本格的に始めた私は、この論文にも目を通した。びっくりするほど簡潔な内容だった。ラーナーは、このホルモンを分離してからメラトニンであると発見するまでの超人的な努力については一切触れていない。また、その発見が将来どのような意義を持つことになるのかについても、特に書いてはいない。重大なホルモンには似つかわしくないような、地味なスタートだった。
第2章 30億年の遺産A [2009年11月27日(金)]
 これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


 毒性テスト
 とにもかくにもこのような経緯でメラトニンを正確に類別し命名すると、ラーナーら研究者は「このホルモンにはカエルの皮膚の色を薄くする以外にどのような働きがあるのだろうか」と、探り始めた。
 だが、何よりも先に確かめなければならなかったのは、果たして何か有害な働きをするのか、と云う点だった。
 1960年、ラーナーは初めてメラトニンを人間の被験者の体内に注射した。それは200ミリグラムと云う、今日の基準から言えば大量投与だったが、マイナスの副作用は観られなかった。唯一観察されたのは、「穏やかな鎮静効果」だった。その後、いよいよラーナーは何人かの皮膚病患者にメラトニンを注射して、効果のほどを調べた。あいにく、人間の皮膚には何の変化も観られなかった。これまでの努力は水泡に帰してしまったわけである。仕方がないと思ったのか、彼はメラトニンから手を引き、もっと見込みのありそうな研究へと路線を変更した。
 だがメラトニンは、まだ手付かずの新しい分野と云う1点で、その後も研究者の関心をひきつけた。なんと言っても、新しいホルモンが見つかることなど、そうしょっちゅうあることではない。メリーランド州ベセズダの国立心臓研究所の研究者はメラトニンに非常に強い関心を抱き、毒性を調べるためにごく標準的な実験を行った。
 これは実験対象となる物質をマウスに注入し、その半数が死ぬまで注入量を次第に増やして行く、と云うものだった。半数が死亡した時点での投与量が、その物質のLD50(50%致死量)とされる。残念ながら試験管事件では毒性を確かめることが出来ないので、生きた動物を対象にこのような実験を行わなければならない。このように実験してみたところ、メラトニンに関してはLD50の値が出てこなかった。マウスには、体重1キログラムにつき800ミリグラムものメラトニンを投与した。これを人間の大人に換算すれば、100%のメラトニンをカップに半分、与えたことになる。これほどの量を与えても、マウスは死ななかった。科学者たちはなおも投与量を増やそうとしたが、メラトニンの溶液は既に飽和状態になっていたため、そこで諦めざるを得なかった。

 人口冬眠の研究
 バウマン・グレー医学校で内分泌学の博士号を習得した私が現場に足を踏み入れたのは、1964年だった。卒業後、私はまず徴兵制度に従い、米陸軍の衛生科に配属された。上司のロジャー・ホフマン博士は「スタートレック」顔負けのプロジェクトの担当者に任命されていた。それは、将来的に宇宙飛行士を仮死状態にする方法を開発する、と云う内容のものだった。軍では、遠い惑星に宇宙飛行士を送る一台計画を練っていた(おそらくソ連のスプートニクの打ち上げで、アメリカが宇宙開発競争に遅れをとったためだろう)。だから、長い飛行中に食料と体力を節約するためにこのような研究が行われていた。動物の冬眠を引き起こす原因が解明できれば、未来の宇宙飛行士にもそれを応用できるかもしれない。
 結局ホフマンと私は、冬眠の謎を全て解き明かすことは出来なかった。が、その研究結果から、私たちの関心はいやがうえにも松果体へと向かった。ハムスターの冬眠の研究をするうちに、メラトニンが引き金となって動物は周期的な繁殖活動を行っていることが判ったのだ。ここで初めて、松果体は意味のある役割を担っていることが判明したのである。この時がちょうど、メラトニン研究の転換期であった。

 鎮静と催眠効果のあるホルモン
 ところで、メラトニンは人間に何をしてくれるのだろうか?私たちは周期的な繁殖をする生き物ではない(今のところは、少なくとも、そう思われている)。が、それにしては体内で作るメラトニンの量は多い。体内でのメラトニンの働きが長いこと解明されなかったのは。血液中のメラトニンの量があまりにも微量で、1970年代になるまではそれを計測することすら出来なかったためだ。
 そもそも、どんなホルモンでも量を正確に測るのは難しい。と云うのも、ホルモンは非常に強い物質なので、ナノグラム(1グラムの10億分の1)単位で足りてしまうためなのである。そこへきてメラトニンの場合はさらにピコグラムと云う、1グラムの1兆分の1単位での計測が求められるのだ。これは数あるホルモンの中でも最も少ない。だから、人間の体内でいつ、どれだけメラトニンが生成されるのか、全く判らなかった。当然、これはメラトニンと云うホルモンを知る上で、最大の障害だった。
  技術面での不足を補うために、研究者たちは人工的に生成したメラトニンを人間に注射して結果を観ようとした。(体内ではごく微量のメラトニンしかつくられていないが、化学者がその気になれば、ラーナーの製造法に従って数日のうちに大量のメラトニンが合成することが出来る)。合成されたメラトニンをそれぞれ異なった量ずつ注射されたボランティアの被験者たちは、その後の経過を詳しく観察された。初期の人体実験では、このホルモンに鎮静作用と、眠りを促す作用があることが認められた。このような反応は、1970年にメキシコのフェルディナンド・アントン−テイ医学博士が行った実験で証明された。
 アントン−テイ博士の実験では、まず様々な機器を使って11人のボランティアの被験者たちの脳波・呼吸・心臓の状態を調べた。それから約75ミリグラムのメラトニンを注射した。注射してから数分のうちに、被験者たちの脳波は緩やかになった。これは、注射の前よりも落ち着いた状態になったことを示している。そして、じきに被験者の大半が深い眠りに落ちた。およそ45分後にアントン−テイが彼らを起こしたところ、被験者たちは一様に「いつも見ないような鮮明な夢を見て、充実して力がみなぎってくるような感覚を覚えた」と、感想を述べた。
 この実験をはじめ、類似する様々な実験から、メラトニンにはアドレナリンとは対照的な働きが数多くあることが判った。アドレナリン脈拍数を増やし、筋肉を緊張させ、血圧を上昇させ、私たちに行動を促す。
 逆にメラトニンは脈拍数を減らし、筋肉を弛緩させ、人を眠りへと誘う。アドレナリンか「逃避か闘争か」と云うホルモンであるとすれば、メラトニンは「休息と回復」のホルモンといえる。

 暗闇の化学方程式
 メラトニンの研究が飛躍的な進歩を遂げたのは、1970年代の半ばだった。体内にあるごく少量の物質でも軽量できる新しい技術の開発が、研究に拍車をかけた。それがラジオイムノアッセイ(RIA)と呼ばれる技術だ。内分泌学者にとってRIAの開発は、ちょうど天文学者にとっての望遠鏡の開発に等しいといわれる。そして、それよりもさらに正確な計測法のお陰で研究者たちは人間の血流内のメラトニンの量を厳密に測定することが出来るようになった。数年のうちに、ボランティアの協力の下に集められたメラトニンの値のデータは、数百人分に及んだ。
 このデータから、決定的な事実が明らかになった。人間は昼間に比べて夜間の方が5倍から10倍も多くメラトニンをつくっていた。これは動物のサーカディアン・リズム(日内周期)に一致している。私たちの体内では午前2時から3時頃にかけてメラトニンの生成量がピークに達する。このように夜中に一番多くつくられるところから、メラトニンは「闇の化学的表現」と云うニックネームを頂戴した。この手がかりを基に、体内でのメラトニンの役割は次第に解明されて行くことになる。研究者たちは、人間の生理機能は夜と昼ではどのように違うのだろうか、と考えた。違いがあるとすれば、メラトニンはそれに何らかの形で関わっているのだろうか?

 メラトニンとライフサイクル
 このような疑問を解き明かすための研究が進むうちに、やがてメラトニンいついてもう1つの重要な事実が明らかになった。メラトニンの生成量は人間の一生を通じてかなり変化をすることが判ったのだ。生まれたばかりの赤ん坊は、生後3ヶ月まではごく少量のメラトニンしか生成しない。この生後3ヶ月という期間の間に、赤ん坊は発達のうえでも画期的な変化を見せる。夜のあいだ長時間、眠るようになり、昼間起きている時間が時間が伸びるのだ。ひょっとすると、このような習慣が定着する背景にはメラトニンが関係しているのではないか、と私たちは考えた。赤ん坊の体内で夜間にメラトニンが多くつくられるようになると、ホルモンがペース・メーカーとなって昼と夜の区別がつくようになるのではないだろうか。
 生後1年になる頃まで、赤ん坊の中でつくられるメラトニンの量は益々増えて行く。その後は思春期を迎える直前まで、夜間のメラトニンのレベルはそのまま変わらない。思春期の直前になるとそれが急激に下がり始め、その後5年ほどは下がり続ける。と云うことは、血液中のメラトニンの濃度が低くなることが、思春期の始まりを促すのではないだろうか。おのずと、このような推測が出てくる。動物の場合には、メラトニンのレベルが高いと繁殖が抑制されること解っている。人間のメラトニンのレベルは、性的な成熟を迎える前に下がらなくてはならないと云う理由があるのだろうか?研究者の意見は割れた。
 最新の研究では、メラトニンのレベルと性的な成熟とは密接に関係している、と結論付けられている。たとえば、思春期の訪れが遅い子供は、周りの子供よりもメラトニンの値が高いことが判った。これと歩調を合わせるように、非常に早い時期に(わずか3歳で)思春期に突入する子供は、同じ年齢の子供の3分の1しかメラトニンを生成していない。人生の中で、しかるべき段階でしかるべき量のメラトニンが体内で生成されているかどうかと云うことは、性的にノーマルな発達を遂げるかどうかを握る鍵の1つでもあるらしい。
 何年も前に私は、30代半ばになったもののまだ第2次性徴を迎えていないという男性の相談を持ちかけられた。彼の性器と全身の様子は14歳の少年なみで、とても大人の男性のものは思えなかった。何分泌学者の友人マニュエル・ピュイグ博士とスーザン・ウェッブ博士はその男性に通常のホルモン療法を施した。しかし、どれも望ましい効果をもたらさなかった。さらに調べてみると、その男性のメラトニンの値は標準値の5倍にも達していた。それから数年のうちに、彼のメラトニンの生成量は減って行った。これが自然に起きた現象だったのか、それともホルモン療法の成果だったのかは判らない。だが、メラトニンのレベルが前青年期の標準値にまで下がると、とうとう第2次成長が始まった。その後、その男性は結婚して無事に父親にもなった。

 老いとメラトニン
無事に青年期をくぐりぬけた人々を待ち受けるのは、メラトニンが今度は老化の引き金になるかもしれないという、由々しき問題である。体内でつくられているメラトニンの量は、高齢になればなるほど容赦なく減って行く。70歳や80歳ともなれば、計測不能になるほど少なくなってしまう。
 年齢とともに減少して行くホルモンはたくさんある。テストステロン、エストロゲン、成長ホルモン、そして性ホルモンの前駆物質であるDHA(デヒドロエピアンドロステロン)もその一部だ。かつてこのようなホルモンの減少は老化によって引き起こされる、と考えられていた。が、現在では研究者たちの考えは「ホルモンの減少が老化のプロセスを進行させる一因なのかも知れない。だから減った分を補充すれば若さを維持できるのでは」と云う方向に変わってきている。予備実験の結果は、このような考え方を裏付けるものだった。しかし、老化防止への影響力といえば、数あるホルモンの中でもメラトニンに勝るものはないようだ。これについては、第12章で詳しく紹介する。

 免疫機能とメラトニン
なぜメラトニンが若返りにそんなに効くのか。それはメラトニンが免疫系を防御して機能を高めるからである。年齢が高くなればなるほど、その効果は増す。このようなメラトニンの力が明らかになったのは、1980年代になってからのことだ。
 それは、私の友人であり研究仲間でもあるジョージ・マエストロニの功績に負うところが大きい。現在スイスのロカルノにある実験病理学センターの所長をしているマエストロニが、最初に免疫システムとメラトニンの関係に注目したのは、1977年だった。彼は同僚のアリオ・コンティとともに、系統立てたやり方で徐々に免疫システムに対する考え方を発展させて行った。
 マエストロニ、コンティ、そしてやはり同僚であるワルテル・ピエルパオリはマウスを使った実験によって、自分たちが打ち立てた数々の理論を実証して行った。彼らは早い時期から、意図的にマウスのメラトニンの値を下げると、病気への抵抗力が弱まることを証明して見せた。だが、マエストロニにとって、この結果はすっきりとはしないものだった。と云うのも、実験ではマウスを常に明るい光がさす環境で育てたり、メラトニンの値を低くする薬物を注射したりしてメラトニンの生成を妨害したのだ。このような方法はマウスにストレスを増加させたはずだ。実は免疫系の機能は、ストレスそのもので低下してしまうものである。
 そこで1984年、マエストロニは「今度こそメラトニンが免疫系に与える影響をよりいっそう正確にテストする実験」に、着手した。それは、健康的なマウスにメラトニンを注射して、果たしてマウスの免疫反応が強まるかどうかを調べる、と云うものだった。
 一方のグループにはメラトニンを、もう一方のグループには不活性に生理食塩液を注射した。その翌日、全部のマウスに羊から採取した細胞が注射された。マウスの免疫系は、この細胞を侵入者≠ニ認めて攻撃するはずだった。6日後−研究者たちは、それぞれのマウスの活性化した免疫細胞の数をかぞえた。ある夜更け、マエストロニはメラトニンを投与されたマウスには、より活性化した免疫細胞が格段に多いことに気づいた。彼はコンティに向かって叫んだ。「やったぞ!我々が考えていたとおりだ!」2人で確認したところ、メラトニンを与えたマウスの活性化した免疫細胞の数は、与えなかったマウスの133%に達していた。
 長年にわたるマエストロニの研究が実を結んだ瞬間だった。その後も、マエストロニはこの発見をしのぐ劇的な研究成果を収めている。たとえば彼とコンティの実験からは、「メラトニンが致命的なヴィルスからマウスを守ること、またメラトニンは化学療法に伴う有害な影響を打ち消し、マウスのT型糖尿病の発病を防ぐらしい」ということが判った。
 だが、あらゆる研究のうち、「このささやかな実験ほど深い感動を覚えたものはない」と、マエストロニは私に語っている。
 それは理論づくりと予備実験に7年を費やした末、ついに「メラトニンは少なくとも1種類の動物の免疫反応を高める」と云う確実なデータを手に入れたことである。
医学の研究者にとって、発見の瞬間は何物にも変えがたい。ほんのつかの間にせよ、世界中でこの新事実を知っているのは自分だけなのだ。人類の知識をこの手で広げたのだ。たとえ、それがマウスの免疫系についての些細な発見であっても、何の代わりがあるのだろう。
しかしマエストロニは、この発見が秘めているスケールの大きさを即座に感じ取っていた。−価で無害なこのホルモンが、人間の免疫系をも刺激することを証明できたなら、医療現場に一大変革をもたらすかもしれない。
 それは、1940年代にサルファ剤とペニシリンが登場したとき以来の規模になるかもしれないのだ。
第2章 30億年の遺産B [2009年12月07日(月)]
 これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


 抗酸化物質としての力
 8年後の1992年、今度は私が発見をする番だった。1958年にアーロン・ラーナーがメラトニンを発見してから「メラトニンはホルモン」と、言うことで通っていた。当時はまだメラトニンが「ある時はホルモン、またある時は抗酸化物質と云う風に2重生活を送っている」とは、誰1人も考えもしなかった。こんな風に2つの能力を持つホルモンなど他に例がないので、そのような可能性を探ってみることすら思いつかなかったのだ。抗酸化物質は抗酸化物質、ホルモンはホルモンで、この2つが重なり合うというケースは今までにはなかった。しかし、もう1度言おう。
 「メラトニンは例外的な物質だった」
 科学の分野ではよくあるのだが、全く別の疑問を解明しようとしているときに、たまたまメラトニンには抗酸化物質としての機能があることが判った。メラトニンが心臓細胞の内部の酵素に影響を与えている、と云う事実は判っていた。だが、その仕組みが解らなかったのだ。心臓細胞にはメラトニンのレセプター(受容体)がないのだ。細胞がしかるべきレセプターを備えていない限り、ホルモンが細胞の内部に変化を引き起こすのは不可能である。それも既に解っていた。レセプターがなければ、反応もない。これは決して破られることのないホルモンの法則なのである。だが、メラトニンは間違いなく酵素のレベルでの変化を引き起こしていた。
 私たちは途方に暮れた。が、そこであることがひらめいた。この酵素は細胞内のフリーラジカルの量に影響される、と云うことが判っていた。フリーラジカルの量が変わると、酵素のレベルも変わる。ところでフリーラジカルの量を変える≠ノは、細胞を抗酸化物質に接触させるという方法がある。メラトニンがフリーラジカルと相互に作用しあって酵素に影響を与えるということがありうるだろうか?だとすれば、「メラトニンはホルモンであると同時に抗酸化物質でもある」、と云うことなのだろうか?
 なんとしても、これは確かめなければならなかった。博士課程を終了して私の研究室に加わっていたダン・シアン・タンとバークハート・ベグラーは、薄い過酸化水素水(薬箱に入っている消毒薬と同じもの)をハイテクを駆使した紫外線ランプに照射した。この簡単な作業で、多量のフリーラジカルが発生する。それから2人は複雑で、しかも費用がかさむ方法で、どれだけの量のフリーラジカルが発生したのかを算出した。次に、水溶液にメラトニンを加えて同じ実験を繰り返した。すると、メラトニンはフリーラジカルの大部分をやっつけてしまった。本当に抗酸化物質だったのだ。
 さらに3年をかけて研究した結果、私は自信を持って、こう断言する。メラトニンは単なる抗酸化物質、と云うだけにはとどまらない。これほど多方面に強い影響力を及ぼす抗酸化物質は、今のところまだみつかってはいない。メラトニンはビタミンEの2倍、グルタチオンの5倍、また人工合成された抗酸化物質DMSO(ジメチルスルホキシド)の実に500倍もの力を発揮する強力なパワーの持ち主だった。

ウェブ受容体 - Wikipedia の体にあって、外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。 レセプターまたはリセプターともいう。 下記のいずれにも受容体という言葉を用いることがある。 ...
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 原始から今日へ
 本章の冒頭部分で、「メラトニンはあらゆる有機体が生き延びて行くために基本的な役割を果たしているに違いない」と述べた。「フリーラジカルの害から個体を守る」とは、メラトニンの役割に関する最新(1995年)の発見なのだが、これが実はメラトニンの機能の原型ともいえる最も基本的なものだった。
 さて、この機能を充分に理解するには、地球上に生命が誕生したいきさつについての知識が必要だ。はるか昔、ようやく地球が出来上がった頃には、まだこの惑星には遊離酸素が存在していなかった。今でこそ「地球は青い空と水に恵まれた美しい惑星」だが、そのころはもうもうと蒸気が立ち込め、硫黄のような色をして、爆発を繰り返す不毛の惑星だったのだ。それから幾千年も経つと、まず酸素を必要としない単細胞生物が現れた。太陽のエネルギーを使い原始的な光合成を行って、大気からじかに炭素と窒素の原子を取り入れた。この原子が、生態維持には欠かせない原材料となったのだ。そのうちに、もう少し複雑な細胞が進化して来た。これは光合成の過程で水を使った。このような、やや洗練された光合成の廃棄物として出て来たのが酸素だった。
 酸素を使って生きている人間から見れば、状況は望ましい方向へと向かっているように映る。しかし、嫌気性(酸素なしで生きる)の原始的な生き物は、酸素のある環境では生き延びられなかった。それに取って代わったのが好気性(酸素を必要とする)の有機体だ。だが、好気性の有機体にとっても、酸素は諸刃の剣だった。利点といえば、酸素のおかげでブドウ糖のような有機体の分子をより効果的に使えるようになったことだ。マイナス面は、その過程でのフリーラジカルの発生だ。フリーラジカルは分子を変形させ、細胞膜に穴を開け、DNAを損なう力を持っている。生き延びて行くには、有機体はフリーラジカルから身を守る術を開発しなければならない。そのためのベストな方法が、抗酸化物質の生成だ。メラトニンは、どうやら最初にその任務で才能を発揮した分子、だったらしい。
 時の流れとともに、好気性の有機体はいよいよ複雑になり、メラトニンは相変わらず生体維持に必要なこの機能を果たしてきた。抗酸化物質はフリーラジカルに反応するのが物理学の法則のである。メラトニンは生物学者の試験管の中であろうと、植物の葉であろうと、人間の目であろうと、フリーラジカルと出会ったが最後、始末してしまう。
 しかし、長年のうちにメラトニンは本来の役割とは違う仕事も受け持つようになった。よりいっそう複雑な生物形態では、メラトニンはホルモンとしても働くようになったのである。そんなわけで、人間の体内でメラトニンは最強の抗酸化物質と腕利きのホルモンと云う2役をこなすようになった。メラトニンが私たちの健康や体調にこれほど影響を及ぼすおおもとの理由には、このような2つの機能のユニークな組み合わせがあった。
第3章 すぐれた抗酸化物質 [2009年12月07日(月)]
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 今、あなたがこうしてページを読んでいる瞬間にも、血液中ではメラトニンがLDLコレステロールの酸化を防いでいる。この「悪玉」コレステロールは動脈を詰まらせる惧(おそ)れがある。あなたの脳では、メラトニンがかけがえのない神経細胞をフリーラジカルの攻撃から防御している。眼球の液体の中では、フリーラジカルが白内障を引き起こすのを防いでいる。腹の中では潰瘍が出来るリスクを抑えている。私たちの体の細胞はどれもみなフリーラジカルに攻撃されやすい。そして、そんな体の全ての細胞を保護してくれているのがメラトニンなのだ。メラトニンをはじめとする大量の抗酸化物質が守っていてくれなければ、私たちの命は数時間ともたないだろう。
 フリーラジカルが私たちの健康にどのようにかかわっているのか、また、メラトニンとはどのようなものなのか、それがようやく解ってきたのは、ここ10年ほどの間に科学分野で技術が飛躍的に進んだためだ。フリーラジカルは分子に満たない微小な物質であり、電子顕微鏡でも観ることが出来ない。おまけに、非常に反応しやすい物質なので、出来てからほんのナノ秒−つまり10億分の1秒で消えてしまう。
 この10年で、生物学者たちはフリーラジカルの被害をモニターするために、とても独創的な方法を編み出した。おかげで、病気や老化の分子レベルでの解明が進んだ。どうやらフリーラジカルが引起こしたり、あるいは悪化させる病気は1つや2つ、ではないらしい。ガン・エイズ・喘息・成人呼吸窮迫症候群(ARDS)・気腫・胎児アルコール症候群・心臓病・黄斑変性症・発作・潰瘍・アルツハイマー病・パーキンソン症候群・慢性関節リュウマチなど、さながら悪者が勢ぞろいした観がある。また研究の結果、フリーラジカルは老化のプロセスに大きなかかわりを持っていることが実証された。

 電子を捜し求めて
 いったいフリーラジカルとはどんなものだろうか?どのようにしてこんなにも大暴れするのだろうか?
 おそらく高校生の生物の授業で習っただろうが、2個以上の原子の周りを電子が別々の軌道を描きながら回っている。それが分子≠セ。普通はそれぞれの軌道を偶数の数の電子が回っている。それによって分子の電荷のバランスが取れ、全体の構造が安定したものとなる。フリーラジカルがこのような分子とは違うのは、一番外側の軌道に半端な電子がある、と云う点だ。たいした違いではないようだが、対になっていない電子を持つ分子は不安定で、物理の原則に基づいて「何とかして」他の分子から電子を1つ奪って来る。さもなければ余分な電子で他の分子の負荷をかけることになる。これは単に分子同士の「奪ったり取られたり」と云うゲームではすまない。電子は分子と分子を接着剤のようにくっつける働きがある。だから、フリーラジカルが他の分子の電子にちょっかいを出すということは、相手の分子を変形させたり、蝕んだり、さもなければ破壊してしまうことにつながる。細胞のレベルで言えば、このような干渉は細胞膜を壊し、生体維持に必要な酵素を無力化し、遺伝コードを破壊させてしまう。これは固体にとって病気だけにとどまらず、時には死にまで結びつく現象なのだ。

 フリーラジカルはどこから来るのか?
 私たちの細胞を襲撃するフリーラジカルの大部分は、酸素呼吸で否応(いやおう)なく生じて来るものなのだ。酸素は私たちが生命を維持して行くためには欠かせない。それは酸素が炭素を多く含む分子をエネルギーに変え、そのエネルギーを使って私たちが生きて行くからである。しかし、このようなエネルギーを作り出す細胞に含まれているミトコンドリアは、完全に機能しているわけではない。ミトコンドリアが取り入れる酸素のうち5%ほどは「漏れ出して」、酸素をベースとしたフリーラジカルを形づくる。「1日当たり1つの細胞につき1兆個」と云う驚異的な数のフリーラジカルが生まれている計算になる。
 フリーラジカルのもう1つの発生源といえば、免疫細胞だ。様々な免疫細胞は有害な分子を発生させてヴィルスや細菌・ガン細胞と戦わせる。理論的には、免疫細胞はフリーラジカルを局部攻撃に投入し、周囲の組織にはわずかなダメージしか与えない。しかし細菌やヴィルスが全面攻撃を仕掛けて来た時などには、免疫細胞はそれに対してすさまじい数のフリーラジカルを作る。その結果、健康な細胞まで損なうことになってしまう。エイズや慢性関節リュウマチ・中毒性ショックはいずれも、この現象によって悪化すると考えられる。 
 紫外線(UV)・亜硫酸ガス・オゾン・タバコ・アルコール・木を燃やした煙・アスベスト・農薬・除草剤・溶媒・放射線など、外的な危険に過度に曝(さら)された場合にも、フリーラジカルが発生する。産業化社会でガンの発病率が劇的に高くなっている背景には、このような危険要因が急増しているという事情がありそうだ。
 ロシア(旧ソ連)は昔から環境問題を無視していたが、そのためか男性の平均寿命は57.3歳と(1995年)アメリカよりも14年も短い。1995年に刊行された「ニューヨーク・タイムズ」の記事によれば、「ソビエト(現ロシア)がいかに永いあいだ環境問題をないがしろにして来たのか、それがどのような結果をもたらしたのか、いま科学者の手で明らかにされようとしている」

 ダメージは毎日すすんでいる
 スイスのアルプスの山小屋で有機栽培の野菜を食べる、と云う暮らしをしていても「フリーラジカルの害のために死んでしまう」こともある。大きな違いがあるとすれば、より緩慢で痛みの少ない死を迎えることが出来る、と云うことぐらいだ。酸素を吸って日光を浴びるだけで、私たちの体はフリーラジカルによってダメージを受ける。時とともに、ダメージは蓄積して行く。このダメージがすなわち「老化」と呼ばれている、ものなのだ。
 老化の兆候は中年になるまで目に付かない。ある朝いつものように起きてみると、急に手や顔にしみがあるのに気づく。太陽の紫外線は、皮膚に「リポフスチン」と云う色素を形成する。スナップ写真に写った自分の頬にかすかに「ちりめん状のしわ」が寄ったり、たるみ始めているのに気づくかもしれない。これは、肌を守っていたコラーゲンと云うタンパク質をフリーラジカルが蝕んでいる確かな証拠だ。
 このような老化の兆候だけでもショックだというのに、体内ではそれよりもはるかに深刻な状況が進行している。フリーラジカルは絶えず侵入を続け、着々とガンの素地つくりに励み、脳の細胞を蝕み、肝臓を侵し、視野を曇らせ、ごく微量の心筋を破壊している。フリーラジカルは分子を1つづつ破壊しながら、結果として私たちの寿命を縮めて行く。

 ガンを防ぐメラトニン
 メラトニンの驚異的な抗酸化能力については、今もなお研究が続いている。私はこれまで、酸化を抑制する働きについての実験を数多く行ってきたが、中でも感動的だったのは、「メラトニンには生物をガンから守る力がある」と云う結果を得た時だ。
 様々ながんの発生にはフリーラジカルが大きくかかわっている。多くの場合、フリーラジカルがDNA分子に大きなダメージを与えるところから、ガンと云う病気のプロセスが始まる。細胞核の中にはらせん状に鎖をより合わせたような大きな分子がある。これがDNA分子だ。この分子には、固体の全ての生成活動と機能に関する指令が含まれている。ところが、DNAはとても大きい。つまり表面積も広いので、フリーラジカルに攻撃されやすいわけだ。人間が70歳を迎えるまでに細胞がフリーラジカルの体当たり攻撃を受ける回数は、実に10万回にものぼる、と云う計算になる。
 この攻撃のほとんどは取るに足らないダメージしか与えないので、細胞が分裂してしまう前に修復がなされる。だが、何十兆もある細胞のわずか1つでそのDNA分子の受けたダメージが修復されず、変異してしまうという可能性は高い。悪性腫瘍が出来るには、このような細胞が1つあるだけで充分だ。70歳以上の人々の解剖結果によれば、「その半数以上の人々の体内のどこかには主要が潜んでいた」と云うではないか!
 メラトニンはまるでボディーガードのようにDNAを守ってガンを防ぐ。私たちの研究室では、博士課程を終えた若手の同僚と共にこの事実を発見した。私たちはまず、マウスのサフロールを注射した。このサフロールは、大量のフリーラジカルを発生させてガンを発病させる有害物質である。さらに、そのマウスの半数にメラトニンを注射した。24時間後、私たちはマウスの肝臓の細胞のDNAがどれだけダメージを受けているのかを調べた。サフロールだけを注射したマウスのDNAの被害状況は深刻だった。そのまま実験を続ければ、大部分が肝臓ガンになったはずだ。メラトニンを与えたマウスのDNAを慎重に調べたところ、被害状況は100分の1だった。
 驚くべき結果だった。科学の研究で真に意義を持つ結果を得ることなどまれだ。「劇的な事実を証明する研究をしたい」「強烈な結果を得たい」−科学者ならば誰でも、そう願うものだ。そう、これはまさに強烈な結果だった。正直なところ、まず私が考えたのは「実験に失敗した」と云うことだった。だから「もう1度やり直そう」と言ったのだ。
 次も、その次も、結果は同じだった。そして、私にもようやく事の重大さが飲み込めてきた。メラトニンが見せた素晴らしい能力に畏敬の念すら覚えた。メラトニンの750倍の毒素を与えても、このホルモンはほぼ100%の防衛を果たしたのである。

 頼みの綱は抗酸化物質
 さいわい、私たちはこの猛攻撃から身を守る術を与えられている。私たちの体内には抗酸化物質がふんだんにある。この抗酸化物質には、フリーラジカルの動きを封じ込めてダメージを食い止める働きがある。元々この物質は酸化を防ぐところから「抗酸化物質」と云う名がついた(酸化によって分子は電子を失う。そのため、フリーラジカルが完全な分子から電子を奪うことを、その分子を酸化させるという)。
 抗酸化物質は大きく分けて2つある。食物や栄養補助助剤(ビタミンE、C、ベータカロチンなど)と、私たちの体内で生成されるものだ。後者はあまり知られてはいないが、やはり重要な物質である。たとえばグルタチオンや尿酸といった分子のように直接フリーラジカルを除去するもの、それからグルタチオンペルオキシターゼ、カタラーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)といった酵素のように、フリーラジカルを無害な物質に変えてしまうものがある。メラトニンはこの世界の新たなスターなのだ。
第3章 すぐれた抗酸化物質A [2009年12月07日(月)]
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 放射線から身を守る
 私たちが行った実験では、メラトニンには人間の白血球を放射線から守る働きがあることも判った。私はこの結果にも強い興味を覚えた。抗酸化物質が放射線のダメージを防ぐのは、並大抵のことではない。放射線は元々悪者でもなんでもない水の分子を分解して、水酸基に変えてしまう。この水酸基は、フリーラジカルの中でも飛び抜けて破壊的だ。周囲の分子からどんどん電子を奪い、すさまじい連鎖反応を引き起こす。電子を奪われた分子は、次々に手近なところから電子を奪う。この分子の連鎖反応はまるで野火のごとく広がり、やがて体全体を焼き尽くす。1986年にソビエト(現ロシア)のチェルノブイリ原子力発電所で起きた事故で強烈な放射線にさらされた労働者は、このように水酸基が猛烈な勢いで暴れまわったために死亡したのだ。
 メラトニンは果たしてこの種のフリーラジカルのダメージを防ぐことが出来るのかどうか。私たちの研究グループはこの疑問を解くために、人間の白血球に放射線を照射した。その結果、メラトニンはいまのところ確認されている抗酸化物資のなかでも、もっとも巧みに細胞を守る、と言うことが判った。放射線の力がずば抜けて高いとされている人工の抗酸化物質DSMOでさえ、メラトニンの5百分の1でしかない。
 この発見は、すぐにも実地に利用できるものだったX線やマンモグラム(乳房X線写真)の撮影のとき、レントゲン技師が安全な場所に映ってから機械を操作しているのに気づいた人も多いだろう。それは、「どんなわずかな量でも放射線は危険だ」、と云うデータがあるためだ。将来は、病気の診断のためにX線撮影をする時には、あらかじめメラトニンの錠剤を服用するように指示されるだろう。メラトニンは、体内でちょうど鉛のエプロンと同じような効果を発揮してくれる。

 白内障を防ぐ
 1993年、私の研究室には医学の博士課程を終えた阿部充志と言う研究者が加わった。彼の専門は眼科である。メラトニンが芽をフリーラジカルから守ることが出来るかどうか解明しようとしていた。眼の水晶体のおよそ98%はタンパク質だ。フリーラジカルの被害を受けるとそのタンパク質は凝固して濁ってしまう。それが白内障である(目玉焼きの白身と同じことだ)。長く生きれば生きるほど眼は太陽の紫外線にさらされ、白内障になる可能性が高くなって行く。
 だが、私たちの体は、眼がフリーラジカルの攻撃に弱いと言うことをどこからか知ったのか、ガード役としてちゃんと抗酸化物質を配している。いわば備え付けのサングラス≠セ。そう、眼にはメラトニンがとりわけ多い。だが、加齢とともにメラトニンの生成量は少なくなるばかりなので、白内障を防ぐ力は弱まって行く。
 阿部は若いラットを使って、体内でつくられる重要な抗酸化物質の1つであるグルタチオンの生成をストップさせる実験をした(メラトニンと同じくグルタチオンは、ほぼ全ての生物に含まれている)。グルタチオン不足の若いラットたちは、わずか2週間で白内障になった。私たちはラットの半数にメラトニンを与え、果たして白内障が食い止められるかどうかを確かめた。16日後に調べたところ、メラトニンを与えなかったラットは両方の目が白内障になっていたのに引き換え、メラトニンを与えられたグループでは白内障を起こしていたのはわずか1匹、それも片目だけだった。
 これもまた医療現場にすぐにでも応用できる研究結果である。阿部は次のように報告している。
 「老人性の白内障が酸化のストレスによるものだと考えれば、…通常、老化するにしたがって失われて行くメラトニンを高齢者に補充することで、加齢と共に生じる白内障を防いだり、進行を食い止めたりすることが出来るかもしれない」
 他の抗酸化物質にも果たして白内障のリスクを減らす力があるのかどうか、現在もなおたくさんの研究が続いている。もちろん、メラトニンについてもさらに詳しい調査を行わなければならない。一方、全く別の目的でメラトニンを服用していた人々の目がよくなった、と云う例もある。たとえばオレゴン州ポートランドに住む女性の場合、「片方の目が白内障で、夜は車も満足に運転できないほどひどかった」と、言う。ところが「睡眠剤としてメラトニンを服用するようになって以来、ちゃんと見えるようになって来た。今では、夜でもほとんど不自由を感じることなく運転できる」そうだ。

 脳とフリーラジカル
 体の中で、一番フリーラジカルの攻撃に弱いのが脳だ。私たちの脳の重さは体重のわずか2%だと言うのに、息をして吸い込む酸素の20%は脳で消費される。つまり、絶えず大量のフリーラジカルにさらされているわけだ。また、脳は不飽和脂肪酸の濃度が高いので、特にダメージを受けやすい。この不飽和脂肪酸と云う複雑な分子は、電子の結びつきが「緩やか」なので、フリーラジカルのターゲットになりやすい。また、脳の組織は鉄を豊富に含んでいる。この鉄が、酸素の代謝の副産物である過酸化水素を水素基に変えてしまうことがある。
フリーラジカルは脳に破壊的なダメージを与える。と云うのも、ニューロンと言う脳の神経細胞は再生しないからだ。あなたがこの本を読むために使っている脳細胞は、よほどひどいダメージを受けていない限り、生まれた時にあったものとそっくり同じものなのだ。失われるニューロンがある一定の割合を超えれば、知的な働きが全て危険にさらされる。それこそ、記憶から自動車の運転まで全てに障害が出て来る。現在では、アルツハイマー病・ゲーリッグ病・多発性硬化症・パーキンソン症候群など、脳の病気の大部分は発症にフリーラジカルが関わっている、と考えられている。長く生きれば生きるほど、このような病気にかかる可能性は高くなる。百歳以上の老人の半数はアルツハイマー病を患っている。と云う複数の調査結果も出ているくらいだ。
 神経細胞が変質して起きる病気を防ぐには、抗酸化物質を摂るのも1つの方法だ。しかし、実は脳は大変ユニークな防衛体制を敷いている。脳が生き延びられるかどうかはきわめて重大な問題なので、「血液脳関門」と云うバリアーで保護されている、このバリアーは有害物質の一部(残念ながら全てではない)をシャットアウトして、化学物質などの非常に微妙なバランスを保っている。ただ、このバリアーは脳と抗酸化物質との接触まで阻もうとする、大量の抗酸化物質を脳に送り込むことが出来れば、神経細胞が変質して起きる病気が防げるはずだ。バリアーを楽々と通過する抗酸化物質を人工的に合成する研究には、既に巨額の費用が費やされている。
 じつは、メラトニンはこの血液脳関門をやすやすと通り抜けてしまう。これは実際に確かめられている。私たちの研究室で行った一番新しい実験(1995年)では、メラトニンは脳卒中の発作によって出来るフリーラジカルから脳を守ることが判った。動脈がふさがると酸素を豊富に含んだ血液が脳に流れ込まなくなる。発作はこのような場合に起きる。ある時間以上酸素が供給されないと、脳細胞は死んでしまい、脳そのものだが大きな打撃を受ける。しかし動脈が通るようになって脳に血液が戻ると、さらにダメージが加わる。このプロセスは膨大な数のフリーラジカルを発生させ、2次的なダメージを与える。これは最初に起きた発作よりも重いダメージを脳に与える可能性がある。
 私たちが行った実験では、ラットにメラトニンを与えたところ、2次的なダメージを防ぐことが出来た。この結果から考えると、発作を起こした人にすぐに抗酸化ホルモンを服用させれば、事態がそれ以上悪化するのを免れるはずだ。

 オールランドな抗酸化物質
 私たちの研究グループはさらに、メラトニンについて次に挙げる事実を突き止めている。
○有毒な農薬パラコートが引き起こすフリーラジカルの害を防ぐ。
○アルコール外を腐食するのを防ぐ。
○最近毒素(LPS)による中毒性ショックや敗血症の害を食い止める。
 つまりフリーラジカルと言う敵とメラトニンを戦わせれば、必ずメラトニンが相手をノックアウトして勝負をつけると言うわけだ。
 このように様々な実験を通じて、メラトニンが抗酸化物質としてどのように働くのか、かなりよく解って来た。

▼フリーラジカルは周囲の分子をナノ秒単位で攻撃する。抗酸化物質がよほど近くにいなければ、到底それを防ぐことが出来ない。抗酸化物質は「その場」で応戦しなくてはならないのだ。だが、ほとんどの抗酸化物質には、それが出来ない。たとえばビタミンCは水溶性なので、細胞の中の細胞質ゾルといった液体の中だけにしか存在できない。細胞膜は脂肪質の分子で出来ている。それをビタミンCで守ると言うのは、ちょうど「屋根裏の火事を消そうにも消火器は錠のかかった物置の中にある」と、言うようなものだ。メラトニンは水にも脂にも溶ける。これは自然界では珍しい性格であり、だからこそメラトニンは細胞のあらゆる部分を守ることの出来る唯一の抗酸化物質、と呼べるのだ。また、メラトニンは細胞のあらゆる部分を守ることの出来る唯一の抗酸化物質、と呼べるのだ。
 また、メラトニンは体内の全ての関門をやすやすと通り抜けて体中の細胞を守ってくれる。

▼メラトニンとビタミンEを1対1で比較すると、メラトニンには細胞膜を守る力が、少なく見積もっても2倍はあるようだ。ちなみにこれまでビタミンEは体内の脂溶性の抗酸化物質の中で一番強力だとされていた。また、水素基を中和する働きに関しては、メラトニンはグルタチオンの5倍、の力を発揮する。細胞を放射性の害から守る働きに及んでは、放射線防御能力が強いと言われているDSMOの実に5百倍と言うのだから、大変なものだ。

▼実は一般に知られている抗酸化物質は、特定の状況におかれるとフリーラジカルを発生させる。その1つビタミンCは、ジキル博士とハイド氏のような2面性を持っている。大抵の場合は抗酸化物質として申し分のない働きをするが、たとえば熱・外傷・感染症・放射線・毒素によって体内の組織がダメージを受けた際に遊離鉄と出会うと、フリーラジカルを発生させる側に回る。メラトニンがフリーラジカルをつくる、と云うデータは皆無だ。

▼抗酸化物質の中には、一定量を超えると毒素を持つようになるものがある。人工合成された抗酸化物質BHAとBHTは食品の防腐剤として広く利用されているが、動物実験では発ガン性があることが確認されている。また、私たちの体の凝血能力を妨害するとも言われている。
 セレンは、ある抗酸化薬の主要成分だが、過剰に摂取すると爪や髪の毛が生えてこなくなる。
 その他にも、細胞がエネルギーを作り出す力を抑制する抗酸化物質がある。ベータカロチンの摂り過ぎは、吐き気や嘔吐の元になる。
 体内でつくられる抗酸化物質でも、特定の状況では有害物質になりかねないものがある。ダウン症候群の患者は、抗酸化酵素SOD(スーパーオキシムドジスムターゼ)を作る遺伝子が余分にあるので、SODの値が高い。大量のSODからは大量の過酸化水素が作り出され、これが鉄と出会うと水素基に形を変える。このような遺伝子の異常を抱えている人々は往々にして老化の進行が早く、また短命だ。これは水素基の仕業、によるものと思われる。
メラトニンはこのような欠点を一切持ち合わせていないらしい。どれほど大量に摂取しても、何らかの害を引き起こす可能性は限りなくゼロに近い。エネルギーの生成を妨害することもなければ、どんな場合であろうと過酸化水素や水素基を作り出したりはしない。

▼細胞の核ではメラトニンの濃度が特に高い、と云うことがつい最近(1995年現在)判った。核の中でメラトニンはDNA分子と緊密に結びつく。詳しいところまではまだ判ってはいないが、試験管実験や動物実験を行ったところ、メラトニンにはフリーラジカルの攻撃からDNA分子を守る強力な力がある、と云う結果が出た。体内で分泌される量こそほんのわずかだが、防御する力は圧倒的だ。DNAをガードする能力を利用すれば、メラトニンはガンを防ぐ有力な武器となるのではないだろうか。

▼メラトニンは簡単に合成できる上、投与形態も好みのままだ。錠剤・注射・スプレー・塗り薬・張り薬など、ありとあらゆる方法が有効だ。体内で生成される抗酸化物質のほとんどは、このような方法では効果がない。
 また、メラトニンは体内に入っても別の形態に変わる必要がない。だからしかるべき酵素や「補助因子」を考慮する必要もない。安くて、しかも  好みのスタイルが選べる、と云うことであれば、誰でも簡単に体内のメラトニンの量を増やすことが出来る。
第4章 免疫の心強い味方@ [2009年12月08日(火)]
  これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


 ここ数年、聞きなれない病気が盛んに報道されるようになった。エイズ、エボラ・ヴィルス、マールブルグ病ヴィルス、ハンタ・ヴィルス、耐性の肺炎、耐性の結核、人食いバクテリアなどなど。いずれも命に関わる病気だ。私たちがこのような病気に恐怖を覚えるのには、2つの理由がある。
 まず第1に、かかってしまえば死ぬかもしれない。
 第2に回復が難しい。あるいは、絶望的だ。
 このような病気に1つでも救いがあるとすれば、それはかつてないほど免疫への注目を高めた、と云うことだろう。免疫学の研究に巨額が投じられた結果、体の治癒システムの解明が格段に進んだ。研究が実を結ぶ日も近いだろう。そのときには、致命的な病気だけではなく、人間ならば誰しも抱えている難題、すなわち年をとると共に免疫系が徐々に衰えて行くと言う問題も解決できるかもしれない。
 一連の研究から、メラトニンは免疫系の中で中心的な役割を果たしていることが判った。まだまだ知名度こそ低いものの、
 ガンを撃退し、
 エイズの進行を食い止め、
 風邪に対する抵抗力を強め、
 化学療法の有害な副作用から免疫系を守るなど、わずか数年のうちに研究者が明らかにしてきたメラトニンの威力は、大変なものだ。
 メラトニンの働きがこれだけ解って来たのは、免疫系全般の研究が進んだおかげだ。1960年代にはまだ、「免疫系」と言っても、膨大な種類の免疫細胞と脾臓・胸腺(きょうせん)・骨髄・リンパ節など要(かなめ)となるいくつかの器官に関する事柄が中心だった。免疫系と内分泌(ホルモン)や神経といった他のシステムとの密接な係わり合いについては、まだほとんど解っていなかった。
 今日では、「免疫系とは体のあらゆる側面が絡んだ統合的なもの」として、とらえられている。特に注目されているのは心と体、医学用語で言うと「神経系と免疫系との関係」である。様々な研究の結果、
 瞑想をしたり、
 視覚的なイメージを描いたり、
 深い信仰を持ったり、
 あるいは家族や友人との助け合いのネットワークに属したり、
 ポジティブな思考を身につけたりすることで、体の状態を変えられることが解った。ひと時の感情でも、免疫力をアップさせる効果がある。これは顕微鏡でも確かめることが出来る。最近(1995年現在)行われた実験では、ボランティアの被験者たちに2種類のドキュメンタリー映画のどちらか一方を観せた。片方はマザー・テレサをテーマとしたもので、観る者の意識を高めるようなものだ。もう一方は、自然界を摂った刺激の少ない映画だった。被験者が映画を観る前と見た後に、それぞれ血液を採取した。意欲を掻き立てるようなマザー・テレサの映画を観た被験者の血液を調べたところ、自然のドキュメンタリー映画を観た者たちとは比べ物にならないほど、白血球の数が増えていた。
 これらとちょうど対照的なのが、「否定的な考え方や感情は体にマイナスの影響を与える」と、言う事実だ。統計学上、「人は伴侶に先立たれると、その翌年に自分も死を迎える可能性が高い」と云う。もっと新しいデータとしては、HIVに感染してうつ状態の兆候を見せる人は、そうではない人よりも予後が悪い。「うつの人が病気になりやすい」と云う事実と、彼らにはガンやヴィルスから体を守ってくれる「ナチュラルキラー細胞」が不足していると言う事実の間には何か関係がありそうだ。
 気分とは、その時々の思考や感情の具合で決まるものだが、どのようにして免疫細胞に影響を与えるのだろうか?まだ完全に解明されているわけではないのだが、免疫細胞の中には神経伝達物質のレセプター(受容体)を持っているものがあることが判った。神経伝達物質とは、神経細胞から神経細胞にインパルス(信号、刺激)を伝えるものであり、私たちの気分の決定権を持っている(セロトニンやドーパミンは、いずれも神経伝達物質である)。たとえば私たちが落ち込むと、神経伝達物質が不足して脳細胞でメッセージのスムーズなやり取りが出来なくなる。このような神経伝達物質の欠乏とそっくり同じことが、免疫細胞でも起きる。詳しい仕組みはまだ明らかにされてはいないが、落ち込んだ気分は免疫系をも落ち込ませてしまうのである。

 健康に欠かせないホルモン
 ホルモンもまた健康状態に大きな影響を与える。「テストステロンは女性よりも男性に多いので男性ホルモンだ」と言われているのだが、これには免疫系を抑制する働きがある。多くの動物実験で、オスの精巣を取り除く(これでテストステロンの生成が抑えられる)と、取り除かれていないオスよりも病気にかかる率が低くなる。また寿命も延びた。人間の男性にも同じことが言える。
 1950年代にカンザス州の精神病院で行われた奇異な実験では、たくさんの男性患者が去勢された。それによって従順になるかどうかを調べたのだ(テストステロンは攻撃性を高めるもので、男性のテストステロンの値を下げれば、困った振る舞いを減らすことが出来るのではないか、と科学者は期待した)。被験者になった男たちが扱いやすくなったかどうかは解らないが、彼らは健康を保ったまま長生きした。実際、この実験を考案した頭脳明晰な科学者よりも、去勢されなかった患者よりも、そして大部分の女性患者よりも彼らは長生きした。
 エストロゲンは男性よりも女性に多い。このエストロゲンが免疫系では複雑な役割を果たしている。ある種の病気にかかるリスクは減らすが、病気の種類によってはかえってかかりやすくなる。総じて女性は男性に比べて伝染病にかかる抵抗力が強いが、自己免疫疾患には弱い。
多発性硬化症にかかる確率は2倍、
 慢性関節リュウマチにかかる確率は3倍、
 紅斑性狼瘡にかかる確率は9倍である。これは体の結合組織を攻撃する病気だ。免疫学者たちは「このような病気はいずれもエストロゲンに関係がある」と確信している。なぜなら、血中のホルモン濃度の変動に合わせて勢いづいたり弱まったりすることが解っているからだ。
 ストレスホルモンは、男性や女性に関わりなく発生して免疫反応を低下させる。長期間ストレスにさらされていると、病気なりやすく回復にも時間がかかる。これにはおそらく多くの人が気づいているだろう。肉体的なストレスでも精神的なストレスでも、体内のコーチゾル(コルチゾル、コルチゾン)と云うホルモンの量は増える。私たちの免疫細胞はコルチゾンのレセプター(受容体)を持っている。つまりコーチゾルが免疫細胞と結合して相手の分裂の速度を落とすので、免疫系は人手不足になってしまう。
 免疫系が弱まると、強いストレスのかかる状況に耐えられなくなるように思われる。だが、ストレスホルモンは根本的に私たちが生き延びて行くように後押ししてくれるものだ。強いストレスにさらされると、ストレスホルモンはたとえば生殖機能や治癒機能など、今すぐは必要ない部分からエネルギーを流用して筋肉に供給する。捕食者から逃げ出す時には、軽い風邪が治ろうと治るまいと、あるいは結婚についての悩みなどどうでもいいはずだ。そのような日常生活に関わることは、危機が去ってからたっぷり時間をかけて解決すればよい。

コルチゾール - Wikipedia
アルドステロン - コルチゾン - コルチゾール - デスオキシコルチコステロン - デヒドロエピアンドロステロン - コルチコステロン ... 「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3 ...
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受容体 - Wikipedia

の体にあって、外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。 レセプターまたはリセプターともいう。 下記のいずれにも受容体という言葉を用いることがある。 ...
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 メラトニン登場
 メラトニンは、体の免疫系にとって欠かせない中心的な物質である。その事実に研究者が気づいたのは、1980年代の半ばに入ってからだ。私もその1人だ。1965年から1985年にかけて、メラトニンを動物に投与したり松果体を除去(「松果体切除術」と言われる手術)したり、と私自身も数百回に上る実験をした。ただ当時は免疫学ではなく、繁殖の方に関心を持っていた。だがあいにく、メラトニンの量と健康の間のつながりを示すようなはっきりとした証拠はつかめなかった。
 今となれば「メラトニンには免疫を高める働きがある」と云う事実が確認されるまで、「なぜそれほどまでの時間がかかったのか」と云う説明がつく。それがはっきりと現れるのは、動物がストレスにさらされた時だ。ここでは、肉体的および心理的ストレス、環境のストレス、病気や華麗から来るストレスまで含めた、広い意味でのストレスを意味する。ところが、私たちが研究に使った動物は、ほとんどストレスとは無縁の生活をしている。実験用のラットは、最良の状態で飼育されている若い者ばかりで、慢性的なストレスを知らぬまま成長した。それに加え、最高の餌を与えられて免疫システムも万全だ(人間もこれに匹敵するだけの「餌」を食べれば、はるかに健康になれるだろう)。温度と湿度は厳密に管理され、ラットは環境的なストレスからも守られる。それに加えて、実験用動物の待遇を定める厳しい法律に基づいて、ラットの部屋は4つ星ホテルのスゥイート・ルーム並みに清潔だ。壁に図表をかけることすら禁じられている。ゴキブリに隠れ家を与えないためだ。
こうしてみると、実験室のラットは野生のものよりストレスを感じる度合いがはるかに低い。敵から身を隠す必要もなければ食糧をあさることもない。また厳しい気候に苦しめられることもない。埃や細菌やヴィルスや害虫から受ける害に関して言えば、観察する我々の方がどれだけ被害をこうむっていることか。唯一ストレスがあるとすれば、閉じ込められて退屈に苦しんでいる、ことぐらいだろう。

 ストレスから守ってくれるメラトニン
 今では、もっと自然な状態では動物の血流の中のメラトニンの量は生死に関わるほど重大な意味を持つ、と云うことは解っている。この点にいち早く着目したのがジョージ・マエストロニだった。1977年、彼はある実験結果に眼を留めた。「動物の松果体を切除すると、胸腺が小さくなる」と、云うのだ。健全な免疫反応を保つには胸腺が欠かせない。これは、1960年代の初めには既にはっきりしていた。
 マエストロニはこのように推論した−胸腺が充分に機能するためにメラトニンが必要なのだとすれば、免疫系にとてもメラトニンは重大な意味を持っているのではないか。
 着実に論理を積み重ねながら、マエストロニは自分の推論が正しいことを証明した。1988年に彼は実験結果を発表し、そこでメラトニンが免疫系に及ぼす劇的とも言えるほど大きな影響を明らかにした。マエストロニ、アリオ・コンティ、ワルテル・ピエルパオリが行った実験では、致死量に近い脳真菌炎ヴィルス(EMCV)がマウスに注射された。その結果、基本的に若く健康なマウスは概(おおむ)ねヴィルスを撃退したが、ストレスや老化のために免疫系が弱っていたマウスは病死した。
 ヴィルスを投与した後、マエストロニらはマウスを1日数時間ずつ空気孔の開いた筒に閉じ込めてストレスを与えた。筒に閉じ込めるだけでは肉体的な苦痛は加わらないが、マウスは不安を抱く。不安はエストロゲンの分泌を促し、そのホルモンのおかげで免疫反応が大幅に衰える。ここで一部のマウスにメラトニンを注射して、果たして生存率がアップするかどうかを調べた。
 マウスの観察はその後30日間にわたって続けられた。メラトニンを与えられなかったグループの大半は実験後1週間以内に死亡した。ところがメラトニンを投与されたマウスはほとんどがヴィルスの撃退に成功したのである!もちろん、どちらのグループのマウスも同じだけのストレスをかけられていた。最終的にメラトニンを与えられたマウスの82%が生き残った。それに引き換え、与えられなかったグループは、たったの6%だった。これだけ死亡率に大きな差が出たのである。

 人間の場合
 無論、このように生死のかかった実験を人間相手に行うわけにはいかない。しかし、はからずも私たちは皆、似たような実験のモルモットになっているのかもしれない。マエストロニの野マウスを筒に閉じ込める実験と、鼻をたらした子供とくしゃみやせきをする大人で満杯の地下鉄や飛行機に私たちが乗ることは、ほとんど変わらないではないか。幽閉・ストレス・ヴィルス・ヴィルス感染と、全く同じ要素がそろっている。では、メラトニンを服用すれば病気にかからずにすむだろうか?
 予備実験の結果、答えはイエスだった。コーネル大学のヴァージニア・ウータモーレンが行った二重盲検法(ダブル・ブラインド)の実験は次のとおりだった。
 10人の大学生にまず1週間の間20ミリグラムのメラトニンもしくはプラセボ(偽薬=薬効のないニセ薬)を毎晩服用させた。次の1週間は、今度はメラトニンとプラセボを逆にして与えた。たまたまキャンパスでは風邪が大流行していて、被験者たちも大部分が風邪を引いていた。メラトニンを服用している間、被験者の唾液中の免疫グロブリンAは通常とりも250%も多くつくられていた。免疫グロブリンAは唾液に含まれるタンパク質で、風邪や上気道感染から体を守る。

 二重盲検法の実験とは?
 二重盲検法の実験とは、たとえばメラトニンとプラセボ(ほとんど影響のない物質、あるいは療法)あるいはメラトニンとそれに変わる療法とを比較するための方法。実験者も被験者も、今どちらの療法を行っているのかを知らないところから、二重盲検法(ダブル・ブラインド)と呼ばれる。実験者被験者双方が承知の上で行うよりも、客観的で繰り返しの利く結果が出る。

 メラトニンには強度のストレスにさらされた人間の免疫系を強化する働きもある、と云う研究結果を1995年に発表したのは、イタリアの研究者である。それは23人のガン患者を対象とした研究だった。全員がごく一般的なガンの治療を受けていた。誰でも、まずガンと診断されること自体が非常に大きなストレスとなってのしかかかってくるものだ。そこに放射線・化学療法・あるいは手術が加われば、免疫系の機能は恐ろしく低下する。
 果たして患者たちの免疫系をメラトニンが保護できるかどうかを調べるため、1ヶ月の間、毎晩10ミリグラムのメラトニンの錠剤が投与された。その結果、どうやらメラトニンは、免疫系の中でも特に中心となってガンと戦う物質の生成を促すことが判った(特に患者の腫瘍壊死因子アルファは28%、インターフェロンγ(ガンマ)は41%、インターロイキン(IL)2は51%増加した)。
第4章 免疫の心強い味方A [2009年12月08日(火)]
  これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


 加齢から免疫システムを守る
 ストレスと加齢は非常によく似た影響を体に与える。まず、体はストレスホルモンを増産する。また、胸腺が縮み、時にはすっかりなくなってしまう。さらに、免疫細胞が大幅に減少する。とりわけ老人の場合には、T細胞と言う生体維持に必要不可欠な免疫細胞がかなり不足してしまう。わずかに生成されるT細胞も、完全には機能を果たさない(老人のT細胞は、若者の半分程度しかインターロイキン(IL−2)2を放出しない)他の免疫細胞に働きかけるのはこのIL−2なのである。つまりT細胞の不足は免疫系全体の衰えにつながりかねない)。
 免疫系は加齢と共に衰退する。これは健康に関する統計を見ても明らかだ。10代の人間が、ガンで死亡する割合は、2万5千分の1、エイズ以外の感染症で死亡する割合は2百万分の1である。それが70歳以上になると、ガンは8分の1、感染症は30分の1だ。
 このように年齢が高くなるにつれて免疫が弱まるという傾向は、メラトニンの力で何とかなるものだろうか?動物実験から観る限り、希望は持てそうだ。1992年、ローマ大学の研究者は「生後1年のマウスにメラトニンを投与する」と、言う実験を行った(マウスは寿命が短いので、生後6ヶ月で免疫系が衰え始める)。まずマウスに馬の赤血球が注入された。普通なら、マウスの免疫系は病気を排除する「抗体」と呼ばれるタンパク質を動員して、異質な細胞を撃退するはずだ。次に半数のマウスにメラトニンを注入した。4日後、メラトニンを注入したグループとされなかったグループの抗体の数を数えてみると、前者は後者よりも2倍以上の抗体をつくっていた。これは、それだけ免疫反応が強力な証拠だ。
 さらに新しい実験では、「動物の年齢が高ければ高いほどメラトニンが免疫系を守る力を増す」と考えられる結果が出た。この実験は1995年に行われたもので、脳炎を起こすヴィルスを若いマウスと高齢のマウスに注射した。このヴィルスに感染すると、命に関わってくる。それぞれのグループの半数のマウスにメラトニンが投与された。メラトニンを与えられなかったマウスのうち生き延びたのは、若いマウスの方は6%、高齢のマウスはゼロだった。メラトニンを与えられたグループでは、若いマウスの39%、高齢のマウスは実に56%が生き延びた。 「年齢が高くなればどうしても体は弱くなる」などとあきらめるのは早い、と元気付けられるような結果である。

 メラトニンと免疫のきめ細かな関係
 免疫におけるメラトニンの役割についての研究は、まさに日進月歩の勢いで進んでおり、毎月のように新しい考察が発表されている。その結果、メラトニンは免疫系の1つ1つの要素にまで影響力を持っていることが判って来た。この発見のおかげで、特定の病気についての有効な予防法や治療法の開発は一段と進んだ。
 免疫学者の立場から見て、「これまでに報告されたものの中で最も有意義なもの」と言えば、1995年のマエストロニとコンティの発見だ。彼らは、「メラトニンはヘルパーT細胞と言う細胞と結びついて働く場合が多い」と云う事実を、突き止めた。免疫学者にとってこの発見は、異国の地で何日もさまよった挙句にようやく道路地図を渡されたようなもの、である。後は、ヘルパーT細胞について知り得る限りの情報とメラトニンの研究結果を付き合わせてゆけばよいのだから。
 免疫系の中で一番重要なものといえば、T細胞だ。T細胞は骨髄で生まれ、胸腺に入る(Tは胸腺(Thymus)の頭文字)。そこで特定のターゲットに反応するようにトレーニングを受ける。あるものはポリオのヴィルスに、と云う具合にそれぞれが微妙に変化する。T細胞の攻撃目標は1つ一つ、全て異なる。そして胸腺から卒業すると、いよいよ敵の姿を求めて動き始める。今現在、私たちの体内には何10億ものT細胞がそれぞれの敵を探し回っている。敵を見つけると、すぐさま何百ものクローンを生み出す複雑なプロセスが始動する。このように私たちの体は単独の偵察兵からわずか1日でフル装備の軍隊を作り出すことが出来るのだ。
 私たちの体内のT細胞、大きく2つのグループに分かれる。キラーT細胞は攻撃を受け持ち、ヘルパーT細胞は作戦全体の指揮を執る。ヘルパーT細胞は「サイトカイン」と云う細胞間調節因子をつくりだして、免疫系の他の細胞の働きを調整する。1つ一つのサイトカインが複数の細胞を統制してその成長を促したり抑制したりする(サイトカインにはインターロイキンやインターフェロン、コロニー刺激因子、腫瘍壊死因子などが含まれる)。ヘルパーT細胞が免疫系のコーディネイト役をしなければ、戦いは敗北に終わるはずだ。それはちょうど、見方の通信ネットワークが全く機能しない状況で戦いに挑むようなものだから。
 マエストロニとコンティの発見がなぜ画期的なのかと云うと、このヘルパーT細胞にメラトニンのレセプターがある、と云うことを突き止めたからだ。細胞に特定のホルモンのレセプターがあれば、そのホルモンはその細胞の働きに大きな役割を果たす。スイスの研究者たちは、メラトニンがヘルパーT細胞のレセプターと結合すると、連鎖的に変化が起きる」と報告している。
 まずインターロイキン(IL)4と言う主要なサイトカインと同種の因子が刺激される。すると、このIL−4と同種の因子が他の免疫要素を刺激するのである。つまり、「メラトニンがヘルパーT細胞と結合することで、免疫系の大部分に刺激が伝わる」と、いうわけだ。免疫系の構成要素のうち、これからナチュラル・キラー細胞・食細胞・GM−CSFについて述べて行くがこのわずか3つの要素が私たちの健康には大きく関わっているのだ。 

▼ナチュラル・キラー細胞を刺激する。
メラトニンはナチュラル・キラー細胞(NK細胞)にも刺激を与える。NK細胞の攻撃目標は、私たちの体にひっそりと侵入したガン細胞やヴィルスに感染した細胞だ。この2つの敵は、健全な細胞を装って私たちの監視システムを巧みにくぐり抜ける。ヴィルスは細胞の奥深くに住み着いて、その内部組織を乗っ取り、自分のクローンをつくる。しかし、細胞の外部にはほとんど異変が観られない。
 ガン細胞も負けず劣らず悪質だ。ガン細胞を生み出した健全な細胞の外的特徴を、そっくりそのまま持ち続ける。ヴィルスに冒(おか)された細胞や悪性の細胞を見破るのは、敵と見方が同じ軍服を着ている戦場で、どちらがどちらかを見分けるようなものだ。さいわい、NK細胞はその技術に長(た)けている。
 メラトニンを少量服用しただけで、NK細胞の量は劇的に増える。1994年、「6人の健康な若者に2ヶ月間、毎晩メラトニンを2ミリグラムずつ服用させる」と云う実験の結果が発表された。服用する前と後の若者のNK細胞を測ったところ、2ヶ月の服用期間後には平均して当初の40%にあたる量のNK細胞を作り出していた。これは、ガンやヴィルスに対する備蓄量の2倍以上にあたる。

▼メラトニンはまたファゴサイト(食細胞)と云う貪欲な細胞の殺傷能力を高める。ファゴサイト(phagocyte)とは「細胞(cytes)を食べる(phago)者」と云う意味である。敵を飲み込んで消火するのが本業、と云う腹ペコ細胞にはぴったりの名前だ。ヴィルスや細菌の侵入をいち早く察知して真っ先に現場に駆けつけるのは、大抵この食細胞と決まっている。ターゲットを見定めると、長い突起物で侵入者を捕らえ、形の定まらない自分の内部に引き入れる。攻め入って来た相手を飲み込み「液胞」と云う液体の詰まったスペースに隔離してしまうのだ。それからおもむろに、フリーラジカルと有毒化学物質で次々に攻撃を加える。
 敵をすっかり片付けてしまうと、食細胞は次の仕事にかかる。残骸の後始末をするのだ。食細胞は自分の職務の没頭するあまり、場合によっては敵を食べ過ぎて自分自身が破裂してしまう。感染した時に撒き散らされた黄色っぽい膿汁は、神風特攻隊のような食細胞の亡骸なのだ。
 1994年には、メラトニンが単核細胞と云う特定の食細胞の殺傷力を高める、と云う研究結果が発表された。シカゴのノース・ウエスタン大学医学校の研究者たちは、ボランティアの被験者から単核細胞を摂取し、薄めたメラトニンの中で培養した。夜中の血液中のメラトニン濃度と全く同じに設定したのである。この微量なメラトニンは、単核細胞が皮膚ガンのガン細胞を破壊する能力を73%も高めた。

▼私たちの体内にある無数の白血球と赤血球は、全て同じ母細胞から生まれる。この母細胞は未分化幹細胞と呼ばれ、骨髄に居を構えている。「幹細胞を除いて全ての免疫細胞が破壊される」と云うような事態が起きても、理屈としてはこの幹細胞がもう1度全ての細胞を作り出すことが可能だ。 
 1995年、マエストロニとコンティは「メラトニンが骨髄細胞の成長を促進する」と云う研究結果を発表した。骨髄細胞への刺激は、数々の貴重な成果をもたらす。その代表的な例が、化学療法だ。ただ、ガン細胞を破壊する薬品の大部分は、骨髄にとっては有毒なものだ。その影響で白血球が大幅に減少してしまう。だから、骨髄細胞を刺激できると言うのであれば、老化・ストレス・慢性疾患が原因で免疫系が衰えてしまった数知れない人々にも福音をもたらすことだろう。
 メラトニンが骨髄細胞を刺激する仕組みを知るためには、まず、免疫系がどれほど複雑で相互依存性に満ちているのかを理解しておかなければならない。メラトニンの役割を一言で言い表せば「よく訓練されたリレーチームの第1走者」と、言ったところだ。メラトニンはスタートを切ってヘルパーT細胞のレセプターと結合する。第2走者はヘルパーT細胞だ。このヘルパーT細胞がIL−4と同種の因子を増産する。この因子がさらにバトンを受けて顆粒球マクロファージ(食細胞)コロニー刺激因子と云う物質をつくる。略して「GM−CSF」と呼ばれるこの物質がチームのアンカー(最終走者)だ。こうして骨髄の幹細胞に「刺激」と云うメッセージが送り届けられる。この共同事業は、最終的には体を病気から守るために働く白血球が量産される、と云う形で成果を挙げる。
 既に人工合成したGM−CSFを患者に投与して骨髄細胞を刺激する方法があるのだが、発熱や嘔吐と言った副作用を伴う場合がある。メラトニンには毒性がなく、安価でマイナスの副作用もない。しかも、同じだけの効果を発揮する。
第5章 エイズとの闘い@ [2009年12月09日(水)]
  これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


 免疫を増殖させるには
 メラトニンの免疫回復機能を今一番必要としているのは後天性免疫不全症候群、いわゆるエイズの患者ではないだろうか。エイズを引き起こすヒト免疫不全ヴィルス(HIV)に感染して人は、アメリカで百万人はいるものと思われている。世界全体で観れば、千6百万には下らないだろう(1995年)。一方、死亡者数の方も鰻登りだ。アメリカで今25歳から44歳までの国民の死亡原因の第1位だ。
 エイズほど巧妙に人間の体に攻撃を加える病気はない。このヴィルスは、免疫細胞そのものに徐々に入り込む、と云うまさか≠フ行為に出る。そうして、いったん侵入してしまうと、ヴィルスは免疫細胞の内部組織を動員して、自分のコピーを作らせる。具体手には、自分に都合のよい指令を細胞のDNAに打ち込むのだ。そして解読すると「私をたくさん作りなさい」と云う、メッセージがばらまかれてしまう。そして、細胞はそれに従うようにプログラムされてしまう、と言うわけだ。こうしてヴィルスは、免疫細胞そのものを敵の武器を大量に生産する工場に作り変えてしまう。その結果、体中にこのヴィルス分子が蔓延することになってしまう。
HIVに感染しても、たいてい数年間は発症しない。これについては、以前は「ヴィルスが休眠状態に入ったり、複製のスピードが遅いため」と、考えられていた。そして「ヴィルスの活動が盛んになると、症状が現れる」とされていた。
 1995年に発表された出^他は、それまでの解釈を根本から変えてしまった。今では、「感染した瞬間からエイズ・ヴィルスはすさまじいペースで複製作業にかかり、毎日20億ものコピーを続々と作り出す」と、考えられている。初期に症状が出ないのは、免疫細胞がそれと同じ猛スピードで新しい細胞をつくっているからだ。数年間、水面下での激しい攻防が続く。2つの勢力が均衡を保っている間は、患者には症状は出ない。そこから、「ヴィルスが休眠状態にある」と、言った誤った解釈を招いたのだ。
 ある厄介な事情さえなければ、健康な人ヴィルスの攻撃をいつまでもかわし続けられるはずだ。実はHIVは固定した攻撃目標ではない。HIVは絶えず変化するので、私たちの体は姿の定まらない敵を相手に戦い続けなくてはならない。ヴィルスを見定めて免疫系が特別あしらえの抗体を量産した頃には、ヴィルスは新しい姿に変化している。このように変化したクローンを攻撃する抗体をつくるには、日数がかかる。免疫系がその抗体をつくっている間には、ヴィルスのほうは苦もなく増殖を続けているのに、だ。
 免疫系が強いほど、変化したクローンとの戦いに持ちこたえることが出来る。しかしHIVは絶え間なく姿を変えて魔の手を伸ばしてくる。そしてついには、戦いの主導権を握ってしまう。すると健全な免疫細胞の数が急激に落ち込み、ガン・細菌・寄生体・原生動物・真菌・その他の致命的なヴィルスにあっさりやられてしまう。HIVそのものが死因となるわけではない。体の免疫系の崩壊に乗じてはびこって来る、日和見的な病原菌にやられてしまうのだ。

 新たな武器
 メラトニンはIL−2を増やすだけではない。HIV感染者は様々な免疫成分が欠乏することが判っている。メラトニンは、ネチュラルキラー細胞、インターロイキンγ(ガンマ)、IL−4、IL−10、好酸球、赤血球など多くの成分の生成を促す。
 じつは免疫成分の中にはメラトニンによって生成が抑制される、と云うものがある。それが結果的には、HIV感染者にとって好都合なのだから面白い。エイズ患者は炎症性の病気にかかる場合が多い。これは炎症反応の一因となる炉いとこ離縁が増え過ぎることに関係する。ロイコトリエンが過剰になると、関節炎・喘息・そして様々なアレルギー反応の症状が重くなる。メラトニンには、そのロイコトリエンの生成を抑える働きがあることが最近(1995年)になって判った。
 1995年に行われた実験では、メラトニンはロイコトリエンの生成を5分の1にまで押し下げた。最近発行された「ヴィルス・リサーチ」誌には、ロイコトリエンを抑制する物質は「将来性のある抗HIV剤」とある。

ロイコトリエン - Wikipedia
... アラキドン酸に O2 が付加して 5-モノヒドロペルオキシエイコサテトラエン酸 (HPETE) が生じ、これが脱水反応を経ることで不安定なエポキシドであるロイコトリエンA4 (LTA4) が生成する。 ...
ja.wikipedia.org/wiki/ロイコトリエン -キャッシュ

 フリーラジカルとエイズの関係
 メラトニンは免疫系の働きを高めるばかりではない。フリーラジカルを排除すると言う方法でも、HIVの撃退に力を貸す。エイズの研究者はフリーラジカルがエイズの進行に大きく関わっていることを突き止めた。ある謎を解いている過程で、たまたま判ったのだ。HIVが進行する際に破壊される免疫細胞の中には、ヴィルスそのものには冒されていないものがある。ヴィルスに殺されていないとすれば、原因はいったい何なのか?
 研究者が割り出した犯人は、フリーラジカルだった。免疫系はHIVを攻撃する際に、腫瘍壊死因子(TNF)と云う物質を投入する。このTNFはフリーラジカルを発生させる。ヴィルスが増殖すると、免疫系は修行の足りない魔法使いの弟子のようにそれを上回る大量のTNFをつくりだす。すると当然、フリーラジカルの大発生が生じることになる。その結果、免疫細胞はかえってダメージを受けやすくなってしまうのである。
 はじめのうちは、免疫細胞は体内で生成される抗酸化物質の中で最も有能なグルタチオンという物質を大量に供給して、いわば「身内が出した火事」から身を守ろうとする。が、やがてグルタチオンの供給は底をつき、フリーラジカルが与える被害は拡がる。免疫細胞のダメージが修復できなくなると、DNA分子は自殺するように指令を出す。これは、異常な細胞が悪性になるのを防ぐための、一種のクオリティー・コントロール(品質管理)である。こうして免疫細胞が自滅して行くと、体の防衛能力はますます弱ってしまう。
 HIVのメカニズムがこうしてさらに解明されると、抗酸化物質を使った治療法の開発にもますます熱が入った。実際に、エイズ患者に投与するところまで来ている。その1つが、N−アセチルしステイン(NAC)だ。これはグルタチオンの生成を助ける(臨床実験とは無関係にこれを服用しているHIV感染者は多い)。NACの服用によって体内のグルタチオンの生産量が増え、T細胞の減少が食い止められる、というのが成功のシナリオだ。
 これは理論的には申し分がない。だが「本当にNACが最適な抗酸化物質」なのだろうか?「フリーラジカルの害から細胞を守る」と言うのならば、いま確認されている抗酸化物質の中メラトニンにかなうものはないはずだ。グルタチオンにベータカロチンビタミンE。これらは、いずれもメラトニンよりも劣る。さらにメラトニンはグルタチオンペルオキシダーゼと云う、よく似た抗酸化物質の活動も促す。この物質もまた、「エイズの治療に有効だ」とされている。
 ヴィルスの増殖に歯止めをかける
メラトニンがエイズ撃退の戦力として有望視される第3の理由は、ヴィルスそのものの増殖スピードを抑える能力があるからだ。これもまた、私たちの研究室で明らかにされた事実だ。
1995年に行った動物実験の結果、我々の研究グループは「メラトニンがカッパ・ベータ核因子(NF−xβ)と言う物質の働きを抑えることを発見した。このNF−xβと言う物質の働きが抑制されると、ヴィルスの分裂はスピードダウンする。私たちが調べたところ、夜間には、NF−xβの活動が23%低下する。ちょうどメラトニンの濃度が最高潮に達する頃だ。
 これは、単なる偶然の一致、なのか?それとも、なんらかの因縁関係があるのだろうか。
私たちは考えた。それを確かめるために、ラットに昼間メラトニンを投与してみた。するとNF−xβの結合力は43%低下した。となると、メラトニンにはHIVの分裂を抑制する力があるのではないだろうか。

 ある実験
 メラトニンを使った免疫療法のパイオニアと言えば、ジョージ・マエストロニの研究グループだ。「メラトニンはエイズ患者に、計り知れない価値をもたらすだろう」と、最初に発言したのが彼らだった。
 1987年、マエストロニの研究グループは8人のHIV感染者にメラトニンを投与して、自分たちの理論を実証しようとした(8人のうち2人は症状が出ていなかった。残りの6人はエイズが進行していた)。メラトニンを使った療法は費用がかからず、無害で、投与も簡単だった。患者は毎晩7時になると、20ミリグラムのメラトニンの錠剤を服用した。唯一報告された副作用と言えば「以前よりも夜、よく眠れるようになった」と云うものだった。
 メラトニンが病気に与える影響を調べるために、定期的に患者の血液検査が行われた。治療が始まってから2週間後、最も振興したエイズ患者3人の抹消血液中の単核球(PBMC)が23%増加していることが判った。治療開始から1ヵ月後には全員のヘルパーT細胞(CD4細胞)が35%、ナチュラル・キラー細胞が57%、ヌル細胞(リンパ球の一種)が76%増加していた。メラトニンが自然界に存在する、全く毒性のない物質であることを考えれば、じつに驚異的な数字である。

 ▼体力の回復
 エイズ患者はこのほかにもメラトニンの恩恵をこうむった。病気のために体が衰弱して来ると、患者は無気力と体重の減少に苦しむ。治療法はたくさんあるが、どれも目の玉が剥き出るほど高額だ。成長ホルモンを定期的に注入すれば患者の食欲は回復するが、1週間に軽く千ドルは超えてしまう。
 完全非経口栄養法と云う治療法は、カテーテル(管)を使って高カロリーの栄養剤を患者に与えるものだが、これはさらに費用がかさむ。
それに見合うだけの財力がない患者は、懐を痛めないで済むだけの「怪しげな方法」で食欲を刺激しようとする。たとえばマリファナを吸ってみたり、マリファナの活性成分であるTHCが入った錠剤をのむ、と言ったようなやり方だ。
 メラトニンは効果的な上に安い。マエストロニが行った実験では、多くの患者がかなり体重を取り戻し、症状全般も大幅に回復した。

▼治療法の確立に向けて
 マエストロニの予備実験は、少人数を対象としていた。しかも、症状が進行した患者が大部分だった。治療を始めてから何週間もしないうちに2人が死亡し、3分の1に痴呆の症状が現れたので病院に収容された。したがって、その実験から確かな結論を導き出すことは出来ない。だが、「メラトニンは大規模な臨床実験に耐えられるはずだ。それをこの実験は充分に示している」と、マエストロニは「確信した」と云う。
 この予備実験はまた、治療のプロトコールにとって重要な情報をもたらした。治療を始めてから2,3週間後に患者の反応は山場を迎え、その後は免疫細胞の数が減少したのである。それならば、「治療中2〜4週間ごとに1週間の洗浄期間を設ければ、免疫反応は高い数値を維持するはず」と、マエストロニは考えた。
第5章 エイズとの闘いA [2009年12月09日(水)]
  これは貴方にお勧めしているわけでは御座いません。世の中には、こういう考え方もある、と言うことで無断転載させていただいております。
 もしも実践される場合は、自己判断・自己責任でお願い申し上げます。


 理想の睡眠薬として
 エイズ患者の多くは不眠に悩んでいる(エイズ患者に処方される精神活性薬のうち43%は睡眠薬だ)。他の症状に比べれば「不眠」はたいした問題ではないかもしれない。だが、不眠は患者の生活の質を損ない、元気を取り戻して病気をはね飛ばそうという意欲を奪ってしまう。
 エイズ患者に睡眠薬としてよく処方されるベンゾジアゼピンは、確かに眠りに落ちるには好都合だが、同時に患者の免疫反応まで落としてしまう惧(おそ)れがある。ベンゾジアゼピンのなかには、メラトニンの分泌をおそえ、ひいては免疫系まで妨害しかねないものがある(晩に2ミリグラムのアルプラゾムを服用すると、一晩中メラトニンのレベルが低く抑えられる場合がある)。「従来の睡眠薬の大分に共通する欠点」と言えば、深い眠りを妨げると言うことだ。ベンゾジアゼピンを何週間も続けて服用すると、深い眠りが全くなくなってしまうという危険がある。
 エイズのような慢性失火を抱えた人々には、深い眠りが必要不可欠だ。免疫系が一番盛んに活動するのは、どうやら睡眠の中でも深い眠りの状態にある時だからだ。とりわけ無気力と体重の減少に苦しむエイズ患者にとって、深い眠りがもたらす効果は大きいはずだ。何しろ、体内でつくられる成長ホルモンの大部分は、この特定の状態の時に集中して生成されるのである(成長ホルモンは食欲を刺激して、体重の維持に一役かっている)。
 エイズカンジャニトッテ、メラトニンハ理想的な睡眠薬となるかもしれない。詳しくは第8章で述べるが、メラトニンは深く安らかな眠りを促してくれる。おかげで体は夜間の時間を本来の目的どおりに活用することが出来る。「休息と回復」と云う、目的のために。

 メラトニンとAZT
 確かに、メラトニンはエイズ患者に多くの利益をもたらす。しかし、進行した状態のエイズをメラトニンと云うホルモンが単独で打ち負かせるかと言えば、それは無理だろう。HIVに感染した初期段階に、しかも他の物質と併用すれば、病気の進行をぐんと抑えることなら可能かもしれない。
 見込みがありそうなのは、AZT(アジドチミジン。ジドプジン、略してZDVとしても知られている)と組み合わせる方法だ。AZTはHIV感染の進行のスピードを落とし、日和見感染する危険を減らし、死を遠ざける効果があるとして、広く処方されている。しかしAZTの使用は吐き気・嘔吐・不眠・頭痛・疲労感を伴う場合がある。また骨髄に有害な影響を及ぼし、白血球と赤血球が大幅に減ってしまう。この毒性を打ち消すために、AZTと共にコロニー刺激因子と云う物質を処方されている患者もいる。ただ、コロニー刺激因子は高価なうえ、それ自体にもマイナスの副作用がある。
 その代わりにメラトニンを使えば、問題は解決するかもしれない。マエストロニは、メラトニンが体内でつくられるコロニー刺激因子、つまり顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)の量を増やすことを明らかにした。この方法で救われたエイズ患者が少なくとも1人は確実にいる。私がロカルノのマエストロニの新しい研究室を訪れたおり、彼が直接語ってくれた。それは、「高名な免疫学者を父に持つダグラス≠ニ云う名前のアメリカ人で、既にエイズがかなり進行していた」と云う。マエストロニが行っているメラトニンの研究のことを知った父親が、「スイスのマエストロニのクリニックに行ってみてはどうか」と、父親が勧めたそうだ。
 スイスに着いた時、ダグラスの症状は非常に重く、「あと数か月しか持たないだろう」と思われた。そこまで彼の状態が悪化した原因の1つには、AZTの副作用があった。AZTの毒に骨髄が冒され、彼は2週間に1度ずつ輸血を受けていた。マエストロニの指導の下、ダグラスは毎晩眠る前に20ミリグラムずつのメラトニンを服用するようになった。早速ダグラスの輸血は2週間おきから6週間おきで住むようになった。マエストロニの予想道理、メラトニンはAZTの毒性を緩和したのだ。ガン患者が化学療法とメラトニンを併用した場合にもこれと同じ力が働くことが観察されている。
 メラトニンは、ダグラスをAZTの毒性から守っただけではない。気力と体力が回復し、体重が増えたのである。数ヵ月後、ダグラスはアメリカに帰国した。しかし、メラトニンは彼の命までは救えなかった。それから1年半後、ダグラスは死亡した。
 メラトニンのおかげでダグラスの苦痛は和らいだ。マエストロニはそのことに満足したが、もっと病気が軽いうちに服用していればさらによい結果が得られたはずだ、と確信している。
 「メラトニンはCD−4陽性細胞と結合して本格的に活動します。細胞が既に少なくなってしまった状態では、活動の仕様がない。末期段階ではほかの薬の毒性を抑えたり、患者の生活の質を改善することは出来るだろうが、病気を遠ざけることは出来ないのです」ト、マエストロニは語ってくれた。

 メラトニンとインターロイキン2
 1993年、マエストロニとコンティはHIVの治療にはメラトニンがさらに有効活用できる、と云う見解を発表した。IL−2と組み合わせる、と云う方法を提案したのである。動物のガンに対する免疫療法の結果、この2つの物質を別々に使用するよりも、組み合わせた方がはるかに効果的だった。そこから、この当たらし療法がHIVにも効果を上げるだろうと、彼らは確信した。
 それを証明するためにマエスとりにとコンティはイタリアのモンツァニあるサン・ジェラルド病院の神経免疫学者パオロ・リッソーニと共同で実験を行った。彼は新しい療法の開発者としては、パイオニア的な存在だった。たとえばガン患者にヨガや瞑想をさせてストレスを和らげる、といった指導法などだ。たいていの医学校では、まだこのようなやり方は認められていない。
 リッソーニには大きな目標がある。それはエイズや進行した転移ガンなど現在では治療不能と考えられている病気のために、効果的でしかも毒性のない免疫療法を開発するというものだ。そのゴールを追及して行くうちに、彼はメラトニンへたどりついた。マエストロニとコンティが動物実験で確かめたことを、リッソーニは人間で確かめようとしている。既に彼の元では臨床実験として、250人以上の患者がメラトニンを投与されている。
 リッソーニはサン・ジェラル度病院の同僚と共に、IK−2にメラトニンを加えたエイズの治療を始めた。プロトコール(規定・規約・約束事・条件)は、患者は毎晩IL−2を少量と20ミリグラムのメラトニンの錠剤を服用する、と云う簡単なものだった(夜を選んで投与するのは、どちらの物質も夜間の方が日中よりも効果的である、と云う研究結果に基づいている)。
 実験は1ヶ月間続いた。総じて、患者のナチュラル・キラー細胞は大幅に増加し、T細胞の活動が活発になり病気の進行程度を示す因子とされるサプレッサーT細胞に対するヘルパーT細胞の割合が高くなった。他の免疫療法では、ヴィルスの増殖も同時に促進される場合があるが、この治療法ではそのようなことは起こらなかった。

 いま必要なのは臨床実験
 毒性ゼロ、免疫系の様々な要素に刺激を与える、フリーラジカルを排除する能力がある、HIVの増殖スピードをダウンさせられる−、メラトニンがこれだけの特徴を備えていると解った以上、早急に「エイズ患者を対象とした大掛かりな臨床実験が行われるべきだ。マエストロニは1993年に発表した論文で、次のように主張している。
 「まだ発症をしていないHIVポジティブの人々に、長期に、しかも完結的(3週間服用して1週間休む)にメラトニンを投与すれば、評価に値する結果がもたらされるはずだ。HIVとメラトニンには同一のターゲットがあるものと思われる。その1つが、CD4陽性Tリンパ球だ。たとえば、通常以上の濃度のCD4陽性Tリンパ球があれば、メラトニンはエイズが進行するよりも先に力を発揮することが出来るかもしれない。これは大規模で、しかも長期的な実験となるだろう。望ましい形としては各地で分散して行い、出来れば製薬業界や国際組織の協力も仰ぎたいところだ」

 残念ながら今この時点でも(1995年)、マエストロニの主張にはまだ反響が返ってきていない。メラトニンは自然界の物質であり、特許をとることが出来ない。製薬会社がこのような実験への巨額な投資を渋っているのは、そのためだ。一方、政府の保険機関もまだ関心を寄せるまでにはいたっていない。こうして父として進まない現状に業を煮やした数知れないエイズ患者たちが、いよいよ自主的にメラトニンの服用を始めた。資金も指揮者もいない実験の幕開けだ。個々の患者は恩恵をこうむるが、「有益なデータ作り」と云う点ではあまり期待できない。メラトニンはまるでHIVを撃退するためにあつらえたような物質である。彼らがこのような行動をとるのも、無理はない。成功を祈るばかりだ。
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