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プロローグ〜始まり@ [2009年08月30日(日)]
 久露埜(くろの)登利(のぼとし)、37歳。通称黒の鳥=B傭兵(ようへい=雇われ兵士)として、文字通り戦争の渡り鳥≠ニなり、世界各国の紛争地で壮絶な戦闘を経験してきた。そんな彼だが現在は、数少ない私設警備員(=ボディー・ガード)として、日夜激務≠ノ励んでいる…。

「はい。クロの私設警備事務所」
 久露埜玲菜(れな)が、ワンコール(電話の呼び出し音1回)で、ヘッドセットのマイクに応えた。芳紀(ほうき)24歳の楚々(そそ)とした美人で、本人は「3本の指に入る」と信じて疑わない。残る2本については、私同様に、本人にも不明だ。そんな超絶美人である彼女は、、彼の唯一無二の肉親(姪)であり、薄給酷使をものともせずに業務に勤(いそ)しむ唯一の事務員≠セ。

「…お世話になっとります。所長の携帯に転送いたしますので、お待ち下さい」

「くそゥ…なかなか、現れやねェなァ…」
 
 登利は、街の雑踏に紛(まぎ)れて、遠くから1軒の店先を凝視していた。服装は動きやすさと人目を考えたTシャツとカーゴ・パンツで、足元はエアークッションのスニーカーで固めている。これなら、人目にもつきにくい。

 彼の視線の先にあるのは、豪華な構えで有名な外資系のブランドショップだ。主に貴金属を専門に扱っている。

 緊張した面持ちで店先を見つめる彼の尻ポケットで、携帯電話がブル・ブルと震えた。

 右耳にぶら下げていたイヤホンのスイッチを挿(お)し、小声で冗談みたいな小型マイクに話しかけている。

「久露埜です」
「玲菜だけどォ〜今ァ〜大丈夫ゥ〜?」
「勤務中は真面目(まじめ)にやれ、と言ってあるだろ…アニメ番組みたいに、妙な節(ふし=音程)をつけてはい、クロの私設警備事務所でェ〜すゥ≠ネんて云ってないだろうな?」
「ピンポ〜ン、御名答!おザブ(座布団)1ま〜い」
「ッて、云ってんのかい…ままごとじゃないんだから、しっかりやってくれよ!」
「2人きりの肉親なんだからいいじゃない、冷たい伯父(おじ=父母の兄)さんなんだからァ〜」
「紛らわしい言い方はやめてくれ、人聞きの悪い…張り込み中だ…要点だけを話せ」
「緒羅賀(おらが)検事から電話です。どうしますか?」
「何、不貞腐(ふてくさ)れているんだ…仕事の話しかもしれない…まわしてくれ」

 玲菜は無言で、わざとビープ(雑音)音を大きくして、回線を切り替えた。久露埜は右耳を抑えて、表情(かお)を顰(しか)めながら額を押さえた。その姿は、飲み屋のカウンターで眉間に人差し指を押し着けて呑みすぎと戦う(この迷信が利く、とは申しておりません)、酔っ払い、そのものだ。

「緒羅賀です。張り込み中だそうですが、大丈夫ですか」
「あの野郎、また、(回線を)オープンにしながら喋(しゃべ)りやがったな…いえ、何でもありません。大丈夫です」
「実は、折り入って、話したいことがあるのだが」
「検事(先生)の頼みじゃ断れません…喜んで…」

 と、その時。一瞬、人通りが途切れた。そして、彼が待ち望んでいた獲物の黒い影≠ェ現れた。影は忍び足で、店先へと、滑るように進んで行く。

「あッ!」

 電話の向こうで、緒羅賀検事は表情を強張(こわば)らせた。久露埜登利が「アッ!」と叫ぶ時、必ず何かが起こる―警察関係者から「クロの引き金(トリガー)」と呼ばれる不吉なジンクス―が脳裏を掠(かす)めたのだ。

「検事(先生)申し分ない!犯人(ホシ)が現れた!アポ(約束)は後で録音しといてください!」

 −やはり、何か重大な事件を追っていたに違いない。緒羅賀検事は今夜の土産話≠楽しみに、「今晩19時30分、ホテル・穂樽(ほたる)1階、『ラウンジ 個室』、102」と吹き込んで、電話を切った。

 その頃、一方的に留守電機能に切り替えた久露埜は、丸々と太った真っ黒い野良猫に向かって走り出していた。

 そう、彼の依頼主は「豪華な構えの主に貴金属を専門に扱っている外資系のブランドショップ」ではなくて、その2軒隣にある魚屋『魚新(うおしん)』だったのだ…。

 
プロローグ〜始まりA [2009年08月31日(月)]
「いやァ、さすが傭兵(ようへい)上がりだけあって、いつもながらの鮮やかな仕事っぷりだねェ〜」

 魚新の店主、挿蓑(さしみの)都万(つま)は、お魚くわえそこねたドラ猫の首根っこを鷲掴(わしづか)みにして現れた久露埜登利(くろの のぼとし)に愛好を崩して告げた。

「野良猫狩りは保健所の仕事、だろ?仕事の依頼はありがたいが、傭兵の技術が泣くようなオーダー(依頼)は勘弁してくれないか?」
「そんなこと言っても、1匹千円の報酬に釣られて、喜んでやって来たじゃない〜」
「まったく、です。非ッ常に助かっとります…これからも、よろしく、おッ願いしまァ〜すッ!」

 久露埜は2万円≠フ入った封筒を拝み抱くと、風のように、店を出て行った。1日で20匹もの野良猫を駆除したとは、さすがは元傭兵だ。が、愛猫家と動物愛好家には気をつけるんだゾ!

 そんな彼が目指しているのは、ホテル・穂樽(ほたる)。「ここからなら、3時間も歩けば約束の時間に間に合う」って、電車くらい使いなよ、格好悪い…。

 ホテル・穂樽(ほたる)は、その名のとおり「ワインの樽を稲穂のように積み重ねた」景観が一際(ひときわ)目を引く洒落(しゃれ)た建物だ。都会の一等地にある老舗(しにせ)のホテルで、歩いて2分≠フ、最寄(もより)駅には3つの大手私鉄が乗り入れている。

「さすがにアスファルトの上を3時間、歩くのはきついな…(だから、電車くらい使いなよ≠チて、言ったのに…)」

 ホテルの前までたどり着くと、大きく深呼吸をして、斜屈身(しゃがみ)込む、だらしない?元傭兵。が!元傭兵だけに、往来する人々の奇異な視線を察知するのは早い。つーか、誰でも分かるだろう…しかし元傭兵だけに、何事もなかったように、平静さを装(よそお)う術(すべ)には長(た)けている。汗でびしょ濡れのTシャツと、濃いグリーンのカーゴパンツ。汚れて、今にも破けそうなエアークッションのスニーカーというみすぼらしい出(い)で立ちをものともせず、堂々と胸を張って入って行く姿は、さすが元傭兵だけにフテブテシく図々しい。

「お客様、当ホテルにはドレス・コード(最低でもネクタイかジャケット着用)が御座いますので、またの機会に、お越し願えませんでしょうか」

 イヤミっぽく入店を拒否するドアー・マンの呼び掛けにも、元傭兵だけに?負けてはいない。

「19時30分に、1階の『ラウンジ 個室』、102で大物と会う約束をしているんだ…」カーゴパンツの右腿(もも)ポケットから、汗で塗れたボロボロの名刺を差し出した「テレビや新聞でも報道された人だ。有名ホテルの従業員なら、名前くらいは知っているだろ?」
「失礼ですが、存じません」
「なにィ〜、大型政界疑獄事件や有名薬害事件を指揮した人だぞ?いくら忙しいとはいえ、ニュースや新聞くらい見聞きしてるだろ?!」
「キャバ・クラ『H』のユキちゃん、が大事件を指揮されたとは到底、思えませんが」

 久露埜は慌てて名刺を奪い返して確認すると、赤面したまま、左腿のポケットから緒羅賀(おらが)検事の名刺を差し出した。

「中のショップでネクタイとジャケットを買って、トイレで着替えまちゅからァ〜、入れてくれまちぇんかァ〜?もうすぐ約束の時間なんでちゅよォ〜」
「外(駅)のショップで購入された後、外のトイレでお着替えになられてから、お越し下さい」
「融通の利かない人でちゅねェ…僕チンは…」
「こんな場所(ところ)で、何、媚(こび)売ってるんだ?」

 と、その時。久露埜の肩を叩く男がいた。

「これは、これは、緒羅賀様〜!毎度、御利用いただき、有難う御座います」
「今晩は。このホテルが気に入りましてね。また、お世話になりますよ。あっ、この人なら大丈夫、私が保証しますから」
「緒羅賀様がどうしても、と仰(おっしゃ)るならば…」
 
 そのやり取りを聴いていた久露埜登利が「あッ!」と叫んだ。クロの(怒りの導火線の)引き金(トリガー)が、引かれたのだ。−クロのトリガーが引かれた時、何かが起きる―緒羅賀検事はいやな予感≠ノ表情を曇らせた。

「左の尻ポケットに葬式用の黒いネクタイがあったんだ…!ほら、ほら、Tシャツにネクタイ。これで、文句は無いだろ?ドレス・コードはクリアしたもんね!?」

 緒羅賀検事のいやな予感≠ヘ的中した…さすが元傭兵だ。使えるものならば、恥も外聞も無く、どんな汚い手を使ってでも、なんでも利用する厚かましさ。お前はリ・アクション芸人か?ヤダ、ずゥえったいに、い・や・だ。こんな格好の人間と同類だと思われたくない!!

「まァ、まァ」緒羅賀が着ていた絹のジャケットを脱いで、久露埜の肩に羽織らせて笑った。「ここは私の顔に免じて赦してくれないか」
「検事(先生)これじゃあ、俺はピエロだ」

 久露埜はドアのガラスに映る自分の姿に、情けない声を挙げた。ツンツルテンな光沢のある濃い赤のジャケットの下は、汗で塗れた白いTシャツと、シワだらけでヨレヨレになった葬儀用の黒ネクタイ。ズボンはこれまた汗まみれの濃緑のカーゴ・パンツと、薄汚れて今にも破れそうなエアークッションのスニーカー…久露埜よ、お前はどこに向かって行こうとしているんだァ〜ッ?

 明日の、この時間を、お楽しみに!
謎の物体X  [2009年08月31日(月)]
 明日まで待てない方のために(と言いますか、ブログの方向性が読めない方のために)、今朝方の続編で御座います。

「どうやら、大丈夫(=安全)そうですね…」

 久露埜登利(くろの のぼとし)は、折りたたみ式の盗聴器探知機(こんなものがあるのかどうかは、私は知らない)を扇子(せんす)大に折り畳(たたみ)、カーゴ・パンツの右前ポケットに、しまいこんだ。

「いつも感心するのだが、キミのポケットは、ドラ●モンのポケット、か?」

 驚きながら座り込む緒羅賀(おらが)検事に、久露埜はアヒルのように、けたたましい声で応えた(ブログデザインの意味が御理解いただけたかたと…)。

「ニヒルに澄ました笑顔が出来なくて申し訳ない…科捜研(科学捜査研究所)の友人に頼んで、ポータブル型の探知機を作ってもらいましてね(こんなことをしてくれるかどうかは、私は知らない)。壁が薄い割には、防音効果がしっかりできていますね」

 ホテル・穂樽(ほたる)の1階にある、『ラウンジ 個室』は、その名のとおり全席が壁で仕切られている。ことにテーブル・ナンバー102は、V.I.P(特別待遇席)で、携帯電話さえ使えない完全密室≠セ。

「さすが次期・検事聖(けんじせい=最高位)を噂されているだけのことはありますね。実に、用心深い」
「私なんか、まだまだ、だよ」そう言うなりメニューを広げて、自らが貸し与えたシルクの背広をハンガーに掛ける久露埜へ差し出しながら、続ける。「何でも好きなものを注文(たの)んでくれ。とりあえずビール、でいいな?」
「今日はウコン系の肝臓保護サプリを持ち合わせていないんで…それと、余分な脂肪を分解してくれるレシチンも持っていないんです…ので。ビタミンミネラルが豊富な刺身や海藻サラダがいいですね」
「さすが傭兵あがり!相変わらず、健康には気を使っているようだな…」

 緒羅賀はテーブルの下にあるオーダー・ボード(注文盤=こんなものがあるのかどうかは…あァ、しつっこい!)から、適当に選んで、ボタンを押した。

「最近、メタ坊(メタボリック・シンドローム)気味なんでね」
「楽な仕事ばかりしてるからだよ、クロちゃん」
「そんなことはありませんよ!今日だって、極悪非道なストーカーや強盗犯たち―いわゆるストリート・ギャング(死語?)≠フ連中の首根っこを押さえる大捕り物をして来たばかりなんでね」

 おい、おい、久露埜。泥棒猫の捕獲を、メダカを釣って鯨を捕まえたような、針小棒大な言い方は感心せんな…。

「それで、そんなに疲れていたのか」
「大丈夫、パワーがつくアミノ酸系のサプリ飲料を飲んどきましたから」
「で、その大捕り物、ってヤツをく詳しく&キかせてはくれんかね?」
「斑(まだら)のジョンや、豹柄のムサシ。子連れのハナと云われる、1クセも2癖もある、心臓に毛が生えているような毛深い割には臆病な奴らが束(たば)になって善良な…いや、俺の手柄話より、検事(先生)の用向きが先だ」

 と、その時。テーブルの縁(ふち)が開き、ビタミン・ドリンクと冷えたビールとコップが現れた(繰り返すが、こんなシステムがあるのか…)。

 緒羅賀は完全個室でもあるにもかかわらず、用心深く左右を見回し、それぞれのグラスに飲み物を注(そそ)いだ。そして無言でコップを掲げ合い、形ばかりの乾杯をして、喉(のど)を潤(うるお)した。

「子連れのハナちゃんを除けば、随分と凶悪そうな連中みたいだが…まっ、それは、それとして…話と言うのは他でもないのだが」タラコ唇に着いたビールの泡をクリームパンみたいな太い指で拭きながら、続ける。「キミのモットー(信条)を、もう1度、確認させてくれ」
「やる気・暢気(のんき)・根気と陽気」
「その明るいキャラクターを信じた上での依頼なのだが…」

 今度は天井が開き、鯛と平目と鮪の3種盛りが、赤貝のおつくりと一緒に降りて来た(ご期待に応えて、こんな…クドイ!)。
 緒羅賀は皿を並べ、醤油(しょうゆ)を挿(さ)して言った。

「じつは最近、こんなものが送られてきたんだ」

 挿し終わり、空(からのコップにビールを注ぎ終えると、手元の鞄(かばん)から黄色く細長い筒状の物を取り出した。

 久露埜登利が「あッ!」と叫んで、黄色い物体に手を伸ばした。「こ、これは…!?」

 ―クロの(感情の)トリガー(引き金)が引かれた。緒羅賀は、ゴマ粒のような目を、真夏のヒマワリみたいに見開いた。−クロのトリガーが引かれると、何かが起こる!さっきみたいな卑怯でミットモナイ真似だけは勘弁してくれ〜ッ!!

「検事(先生)、最近、お疲れ気味じゃありませんか?」
「疲れていない検事なんているのかね…」
「まさか…こんなところで、こんな物に、お目にかかるなんて…」
「やはり、新種の麻薬(ドラッグ)か?」
「ドラッグではありません。ありません。が、やり始めたら最後、やめる時には徐々に量を減らして行かなければならない、シロモノです。」
「そんなに恐ろしいものなのか?」
「ちゃんとした知識さえあれば、恐れることはありません。最近では若い学生さんやOLさんにビジネスマン。主婦層や病院嫌いの連中を中心に蔓延(はびこ)っているそうですよ。って、こ・これは…」
「待て、久露埜。誰かが見ている!?」

 緊迫の事態と、本ブログの方向性は明日の朝、明らかに…なるのか?

新たな依頼@ [2009年09月19日(土)]
 ワイン樽を稲穂のように積み重ねた景観の洒落(しゃれ)た建物。それが、ホテル・穂樽(ほたる)だ。どこにあるかは書いてる私も判らない。そんな都会の一等地にある老舗(しにせ)のホテルは、3つの大手私鉄が乗り入れている最寄(もより)の駅から歩いて2分≠フ場所にある(「無責任」とは云わないように)。

 老舗のホテル≠ニ言えば、そんじょそこらの人間には近寄りがたい&オ囲気(オーラ)を発している、と相場が決まっている。社会的ステータス(肩書き、立場)の高い人間=エリートや俄(にわか)成功者=成金長者―イメージ的には、「セレブレティー=セレブ」のサロン(憩いの場)と言ったところだろうか。

 そんな場違いな場所≠ノ、久露埜登利(くろの のぼとし)はいた。しかも、社用族や芸能関係者がお忍びで使う完全密室…失礼!個室のラウンジに、法曹界や政財界から「次期検事聖(検事職の最高位=検事総長)」と噂されている 緒羅賀研二(おらが けんじ)検事
と一緒に…

「…話は解った。が、君の話は長過ぎる。ことに酒の席では噴飯ものだぞ、久露埜登利ッ!」
 緒羅賀検事が、茹で過ぎて炙(あぶ)ったスルメイカみたいになった茹でタコ(どんなんじゃあ!?)顔を震わせて、続ける。「だいたいだなァ〜化け猫でもあるまいに〜だ…よ…?どうして夜な夜な油をなめニャア〜ならんのかね?」
「夜な夜な、じゃなくてェ〜自分の症状にあわせて1日に数回に分けて摂る≠チて…セッ、検事(せんせい)…?聴いてます?」
「…聴いてるよォ〜!寝てなんかいないで、ちゃ・ん・と・聴・い・て・ま・し・た〜だ、馬鹿ヤロめ!」
「…の割には、眼の周りが腫れぼったくて、錐(きり)で点(つ)いた様な目がショボショボしているようですが…」 
「だまれ、黙れ、だま〜レッ。治したくても直しようが無い、他人の肉体的欠陥を物笑いのタネにしやがって…誰がエイのおなかにタラコを着けて、しけった味付け海苔(のり)を載せたような顔だ、バカヤロがァ…お前に、判決を言い渡してやる…」
「それは裁判官の仕事で、検事(せんせい)は求刑…」
「だまれ、黙れ、だまァ〜れェ〜いッ!被告、久露埜登利を1ヶ月の富蘭(ふらん)県朱帯院(しゅたいん)市にある、馬運転山(まうんてんやま)への流刑を申し付ける!」
「えッええェ〜、東京―馬運転山高速道路、通称トンマ道路≠8時間もかけて都落ちですかァ〜?勘弁して下さいヨ〜!?」
「飛行機つかえばいいじゃねェか…ヒック」
「眼が据(す)わってますよ酔っ払い…じゃない、検事(せんせい)。顎・脚(あご・あし=食事・旅費)付ってやつですか?!」
「こんな時のために、キミを特別補佐官として雇っているんじゃないか(本当に、こんな役職があるかどうかは、私は知りません)…」
「グビ・グビって、呑み過ぎでしょ…で、私は何をすれば?」
「県知事に逢え…話はつけてある…これが名刺だ…」
「って、寝ちゃったヨ…酔っ払いには敵(かな)わンな…支払、いつものように、検事(せんせい)宛てに回すよう云っときますからね!」
「…ああ…いつものように、朝7時に起すよう、モーニング・コールもヨロシクね」
「起きてンじゃん!」
「z・z・z」

 久露埜は観たくもない酔っ払いの顔を見ないように、渡された書類入れを開けて、依頼の確認を始めた。

「富蘭県は高級観葉植物である蘭の生産地として名高い、風光明媚(ふうこうめいび)な観光地です…フム、フム。ことに朱帯院市は文字通り鮮やかな朱の帯を曳(ひ)いたような神社仏閣が所狭しと並ぶ信仰の地です…って、神教・仏教・密教・外来宗教、何でもありジャン!無節操な土地…で…人の手では越えられず、足腰の丈夫な使役(しえき)馬により運ばれた荷物さえ馬ごと転ぶ山として知られる険しい馬運転山は広大な火山岩の大地と草原に囲まれた火山で、背後は屹(き)り立った断崖絶壁が垂直に海へと雪崩れ込む景勝地です…か」

 マルチビタミンミネラルの入ったアミノ酸飲料のボトルを口に運んで、久露埜登利が「あッ」っと叫んだ。

 久露埜登利―通称クロの鳥≠ェ「あッ」と叫ぶとよくない事が起こる。緒羅賀検事は、夢の国から現実の世界へと、連れ戻されてしまった。いったい、何がクロの引き金(トリガー)≠ノ触ったのだろう…。

「いけない!重吾クンのサプリに入れる、グレープ・シード・オイル(ブドウの種(たね)油)を買うのと、おなかのウガイを忘れてもうたァ!検事(先生)、失礼させていただきます…!」

 云うなり、慌てて席を発(た)った久露埜の背中に、緒羅賀が呟(つぶや)いた。

「グレープの種…さだま●さしと吉田正●の子供がバンドを組んだのか…?…で、その音を文鳥の餌に混ぜる?ウガイと言えばノドかクチだろ…面白い…ヘンな男だな…!?」

 酔っ払った緒羅賀はテーブルからずり落ち、上に載っていた食べ残しを全身に浴びたまま、深い眠りに落ちて行った。

 こうして翌朝、眼が覚めた時にクロの鳥が「あッ!」の呪い≠、改めて思い知ることになるのだった。

 グレープ・シード・オイルの謎については、夕方、明かされる予定で御座います…。

 おなかのウガイ≠フ謎については明日、公開される予定で御座います。食事時と食事前に読むと後悔しますよ…既に読まれていらッしゃる方は、他のサイトへ!
途上にて [2009年09月21日(月)]
 久露埜登利は、富蘭(ふらん)県朱帯院(しゅたいん)市にある馬運転山(まうんてんやま)へと向かうべく、東京―馬運転山高速道路、通称トンマ道路≠北上していた。

「これから、8時間もかけて都落ちか…往復で80分のCD−R、12枚?勘弁して下さいヨ〜!?」彼は左手でハンドルを叩くと、嬉しそうに笑った。「やったァ〜、これで1ヶ月分のサプリ代が浮いたァ!」

 セコいぞ、元傭兵。飛行機ぐらい使えばいいじゃないか…が、元傭兵のくせに、彼は高所恐怖症だった。そう、飛行機が怖い≠フだ。飛行機だけじゃない。ビルの2階から下を観ただけで、足がすくむほどの怖がり≠ネのだ。だから、自分の家も平屋である。情けないぞ、元傭兵…。

「富蘭県知事と言えば、検事(せんせい)の弟である健二さん…いったい、何があったんだろう?」

 24枚チェンジャーのCDプレーヤー(こんなのがあるかどうかは知らない)から、好みで選んだロックが、切れ目なしに流れている。時の国交省大臣の肝煎りで造られた片側2車線の高速道路は、朝1時と言う早い時間のせいか、他に車が走っていない。貸しきり状態だ。
 流れて来るビートに合わせてアクセルを踏みながら、ハンドルでリズムを刻む。そんな彼の頭の中で、昨夜トイレの中でコーヒー浣腸をしながら読み返していた資料が繰り返されていた。

「風光明媚な観光地である活火山の馬運転山。そこで行われている秘密の儀式を突き止めよ…これって、公安か所轄(しょかつ=地元警察)の仕事だろ?」

 と、その時。胸が、トクンと、動いた。深夜の高速道路で胸騒ぎ―長年の無理が祟って心臓発作からハンドル操作を誤って自損事故…不吉な予感に、車を路肩へ寄せて停め、そっと胸に手を当てた。

「チーちゃん、大丈夫でしゅかァ?おこしちゃいましたねェ、ごめんね・ごめんねェ〜!」

ダウンジャケットの胸ポケットから、1羽の桜文鳥がノッソリと、現れて餌をねだるように鳴きだした。

「ハイ、ハイ、ごはんでちゅねェ〜ただいま用意ちまちゅからねェ…」
元傭兵の赤ちゃん言葉。気持ち悪いゾ、悪すぎるゾ、久露埜登利!

 突然の閃光(せんこう)が車内を照らして通り過ぎ、彼の車の前で赤い点滅に変わった。
「平成大学額田和音(ぬかた かずね)考古学研究所」緑地に鮮烈な赤い金釘文字が、大型トレーラーのバックドアーに浮かび上がっている。
彼は、チーちゃん≠餌をまいた丸巣の中に残し、怪訝な表情で外へ出た。すると、前方から、3つの影が近づいて来た。

「やっぱりクロちゃんだった」
「その声は、シロちゃん?」
「僕だけじゃないよ、和音教授(せんせい)とオニオン・テレビのヤナ野郎も一緒だよ」
「何度、云ったらわかるんだ…素直に簗八郎(やな はちろう)と読めよ、まったく!」
「こんな所で遭うなんて、ぬかった、わね?久露埜登利」
「何で、こんな時間に、こんなとこに居るんだアンタら…?」
「どこを剥いても真っ白なタマネギ。真実を追究するオニオン・テレビから、馬運転山発掘調査の現調(現地調査)を依頼されたのよ」
「よう、クロ、久しぶり!ソマリア紛争の取材いらいだな、元気してる?」
「9・11の非合法捜査とアフガンでも会ったはずだぞ?」
「でっすよネェ〜!?最近お見知り置きだから、忘れちゃったかなァ〜と思って、小(こ)芝居しちゃったァ、あはッ!」
「相変わらず、ノリとお世辞だけで、調子よく波に乗ってるね…」
「クロちゃんほどじゃないけどね」
「外は寒いから、中で話さない?」

 4人は路肩にコーンを置き、大型トレーラーの中へと吸い込まれていった。
 トレーラーの内側は、さながら研究施設≠サのものだった。3人が横1列に座れる運転席と、電車の蛇腹式連結器の後方に繋がれたコンテナは上下2段に分かれており、下段はコンピューター関連の電子機器や解析装置、そして4人分の小さな机と椅子が置かれていた。その後方には簡易シャワーとキッチン。そして、トイレが設備されている。
 上段は、小型ベッドが3人分と、応接セットが設(しつら)れていた。4人のうち1人は、運転席で横になることになるらしい。

「文字通り鮮やかな朱の帯を曳(ひ)いたような神社仏閣が所狭しと並ぶ信仰の地である朱帯院市は、神教・仏教・密教・外来宗教、何でもありな無節操な土地でさ、馬運転山は広大な火山岩の大地と草原に囲まれた活火山のくせに、豊富な宗教遺物が出土することでも有名なんだ」

 プロデューサーの肩書き持つ簗が、大振りのマグカップの向こう側から、得意満面に言葉をつな,いだ。その瞬間、久露埜登利が「あッ」っと叫んだ。―大変なことに巻き込まれる。3人の脳裏に、不吉なジンクスが過(よ)ぎって消えた…。
和ちゃん号 [2009年09月22日(火)]
 通称クロの鳥≠ェ「あッ」と叫んだ―いったい、何がクロの引き金(トリガー)≠ノ触ったのだろう…。美女と野獣の3人連れは、どんな不吉なことが起きてもいいように身構えていた。
 久露埜登利は、そんなことなどお構いなしに、告げた。
「お茶して寛(くつろ)いでいる場合じゃなかった!時間厳守で人に会わないといけないんだ…失礼させてもらうよ」
「それって、緒羅賀県知事?」和音が、恐る恐る口を挿(はさ)んだ「だったら、私たちも11時半の約束なの。一緒に行かない?」
「そうしたいのは、やまやまだが…」
「ガソリン代と高速料金がもったいないじゃない。ねえ、霧館(きりたち)くん?」
「高速の途中で降りて合流しろよ。幼稚園(ガキ)の頃からの幼馴染だろ?義理立てしろよ!いろんな仕掛けがあって、面白いゾ!」
「四郎に言われちゃア、断れないな」
「そうこなくっちゃ、昔からヤナちんと和ちゃんの4人で、バカやってきた仲だもんね!車は帰りに拾えばいいし、経費はヤナちんとこが出してくれるから、大名旅行だよ」
「そうだな…ここなら寝ていけるからな」
「えっ、お前、高所恐怖症、克(なお)ったの?」
「この膝と手の震えを観て…」確かに久露埜の体は、面白いほどに震えていた。「克したように見えるか?」
「駄目だ、僕が寝ようと思っていたのにィーッ!」

 悔しがる霧館をよそに、3人は驚きと不安の入り混じった表情で見つめた後、同時に呟(つぶや)いた。

「居眠り運転?勘弁してくれよ…」

 大の大人は当然、よい子のみんなは運転できるようになったら無理をしちゃいけないよ〜。眠くなったら必ず、休憩をとるようにネ。

 こうして久露埜は平成大学の考古学研究チームと合流することになった。もちろん、愛鳥のチーちゃん≠ニグレープシードオイルも同行している。

「おはよう」カリフォルニアの青い空が鳴り響く運転席に、久露埜が顔を出した。「ご苦労さん、運転替わるから、後で休んでくれ」
「…ン?いいよ、ゆっくり寝たから」
「なにィ、業務上危険行為=居眠り運転かぁ!?」
「居眠り運転には違いないが、オート・クルージング(自動操縦)機能がついているんでね(こんな便利な機能があるかどうかは、私は知らない)。科捜研(科学捜査研究所)に勤めた江牟(えむ)の知識と技術はすごいゾ!これ以外にも、ヴァッテリー問題を解消しちゃったんだからな…」
「ヴァッテリー…動力源か?」
「なんでも、車ってやつは走る動力源、らしいのさ。ビルのコージェネ(補助熱源)をヒントにしたらしく、車輪やエンジンに排気ガス、ブレーキを踏んだ時に発生する摩擦熱を貯えられるヴァッテリーを開発してくれたんだ」
「それで、コンピューターや家電製品をまかなっているのか…って、それじゃあ、走る爆弾じゃないか!そんな大容量ヴァッテリー、危険すぎて許可がおりないだろ!?」
「だから試験運転なの。はい、朝のコーヒー」和音が紙コップに入れたコーヒーの入ったビニール袋を提(さ)げて現れた。「それ以外にもコンテナ全面にはソーラーパネルが貼られているわ。あと床には踏むだけで発電する装置もね。それとコンピューターをはじめとする電子機器や人間の呼気や放射熱を換気するファンが回るたびに発電してくれているんだって」
「そう、そう、忘れてた。走行中に風を受けるラジエターは、低速および停車中にはそれが期待できないから、ファン(扇風機)で空気の流れを作ってるよね。そいつにも発電装置が付いているんだ」
「すさまじいエコ・カーだ…」
「お陰でリッター30キロ以上走ってくれるから助かるよ…他にも仕掛けがあって…」
「それはあとのお楽しみだ」久露埜は、自分のことのように得意げに話す霧館四郎を制して、
和音に告げた。「富蘭県…いや、馬運転山で何が起きているんだ?」

「火山活動以外に何事も起きていません」

 緒羅賀(おらが)県知事は、大勢の記者を前に、汗だくの攻防を強いられていた。テレビ用のライトとカメラのフラッシュが、県知事の汗と感情を募らせて行く。続けざまに浴びせられる不躾(ぶしつけ)な俺様発言の記者からの質問が、緒羅賀のヴォルテージを上昇させていたのだ。

「栄養失調で保護される住民が増加している、と聞きますが?」
「何かの間違いです!」
「信仰宗教団体に馬運転山の地下を貸して、高額な献金を得ているのは本当ですか?」
「ウソです!」
「人権問題に発展する事例は起きていない、と?」
「残念ながら、寝ております!」
「…?こっちは仕事でやってンだ、真面目にやれ!」
「寝言に責任を持てる人間などいませんよ」

 和音がダッシュボードのスイッチを切ると、薄いLEDテレビが折りたたまれて収納されて行く(こんな機能がある…しつっこい!)。霧館は運転席で鼻●●を穿(ほじ)りながら差し入れのコーヒーと昨夜の残りのドーナッツをパクついている。
 久露埜と和音は互いの眼を見合わせたまま、黙り込んだままだ。

「こんな時に、なんて云っていいのか分からないんだが…」久露埜が紅潮した真剣な眼差しで、和音を見つめて告げる。「出来たら、そのう…2人だけで…」
「遠慮する仲じゃないでしょ、なんでも云ってちょうだい」
「他人(ひと)が観ている所でか?恥ずかしいだろ…」
「幼稚園に上がる前の、ガキの頃からの付き合いだろ?恥ずかしがらずに云っちゃえよ!いい大人なんだから」
「霧館クンの云うとおりよ。誰に義理たてせずに、思いのままに、自分の気持ちを素直に伝えてちょうだい。しっかり受けとめるから」
「しかしなァ…俺の美学が赦(ゆる)さないんだ」
「元傭兵としての美学かぁ?ガキの頃からの仲間じゃないか、水臭いゾ」
「しかし…今まで誰にも云わずにいたことだからな…」
「独身を通して来た理由ぐらい、みんな知ってるさ。今こそチャンスじゃないか。云っちゃえ、云っちゃえ!」
「いや…そんな軽いもんじゃないんだ…」
「あなたも男なら、焦(じ)らさないで言ってちょうだい。お母さんがいない、今こそチャンスじゃない」
「そうだよ。口うるさい予音(よね)さんがいない、今がチャンスだよ!」
「お願い…本当のことを云って」

 期待と不安が交叉した面持ちで和音が、真っ直ぐな眼で、久露埜の眼を見据えて告げた。久露埜はいたたまれなくなったように視線を逸らす。霧館は世紀の瞬間≠ノ立ち会えた興奮に、汗ばむ両手を握り締めたまま、事の成り行きを見守っている。

「…じゃあ、云うよ…」緊迫した静寂の時間を、引き裂いたのは、久露埜が生ツバを呑み込んだ音だった。「久しぶりに口からコーヒーを飲んだせいか…と、トイレ…貸してくれまちぇんかァ〜?が・我慢、出来そうもないんでちゅう〜これが…ッ!」

 情けないぞ、元傭兵!
オウム返し真理教 [2009年09月23日(水)]
「ええい、情けないぞ、多手鉄工所!」織田偉観(おだいかん)は、大勢の信者を前に、中年の男に叱責(しっせき)の言葉を浴びせ続けている。「今よりも売り上げを伸ばしたくて入信した≠じゃないのか!これくらいの赤字でオタオタするんじゃないよ、修行が足りないんだ、修行が!」
 
 多手鉄工所と言えば、得意先にN.A.S.A.(アメリカ宇宙開発局)を持つ、富蘭県一どころか日本有数の技術を誇る鉄工所≠ナある。その多手社長が相手の言葉をオウム返しにすることで相手の真相心理を抉(えぐ)り真理に気付かせる≠ニ言う、分けの解らない教義を武器に台頭してきた新興宗教『オウム返し真理教』に入信したのは、1年前のことだった。

「オウム返し真理教広報部の越前屋だい?さんですか…」
「越前 称大(えちぜん よしひろ)と申します」新築したばかりの本社応接で対面した30台半ばの若者は、精気に満ちた好骨漢だった。「このたび縁あって御当地に教団本部を構えることになりまして、ペンタゴン上層部勤務の友人から、優秀な御社のことを聞きまして、ぜひ、お力添えをお借りしたくお邪魔いたしました」
「失礼ですが、余りお聴きしない教団さんですよね…」
「教祖の織田偉観と私、それに政府の警察機構に値する防衛局局長の芝 至(しば いたる)の3人が力を合わせて始めた、いわば新興宗教です。が、既に信者さんの数は1千万人に膨らみ、日本はおろか、世界各国に支部を構えるまでになりました」
「そんなグローヴァルな教団さんが、いまさら私らみたいなちっぽけな会社と付き合っても得るものはありませんでしょ?」
「社長のお人柄と類まれな技術、そして懐の深さの吟線に触れることで、少しでも成長できればと思いお邪魔させていただきました」
「褒め殺しですか…」
「トンでもも御座いません、心からの言葉とお受け取り下さい」

「あの時…お前は、私になんと言って擦り寄ってきたか忘れたか、越前屋!」馬運転山の地下にある広大な空間に設(しつら)えられた教義場の祭壇で、多手社長は、越前広報部長を詰(なじ)った。「お前の顔を立てて入信した形をとったのに、1年足らずで倒産の憂き目に遭うとは…最初から、うちの技術と資産が狙いだったか…ッ!」
「ビジネスはゲームなんですよ社長。ゲームで他人に頼った貴方に、最初から勝ち目は無かったってことです。自分の人生は自分で伐(き)り拓(ひら)くものです。それを放棄した時点で、こうなることは目に見えていた。ちがいますか?」
「おのれェ…越前屋ァ…!?」

 苦渋に満ちた表情で睨み返す多手社長に、織田偉観教祖の辛辣(しんらつ)な声が浴びせかけられた。

「いち信者たる者が教団幹部に楯突くとは言語道断。地下牢にて1ヶ月の断食修行を命ずる!」
「1ヶ月の断食!?飢え死にしろってことか?!」
「我々に都合の悪い方には、早急にお引取り願っているんですよ」越前広報部長が、耳元で囁(ささや)いた。「教団のやり方や鉄工所で何が造られているか。貴方は知り過ぎてしまった。つまりは、そう言うことです」
「このぉ、悪魔め…」
 
 両手を抱えられて引き連れられて行く多手社長を見送りながら、織田教祖が越前広報部長に笑顔で呟いた。

「越前屋、お前も悪よのォ」
「織田偉観様ほどでは御座いません…」
夏の虫 [2009年09月24日(木)]
 東京―馬運転山高速道路―通称東馬(トンマ)道路≠『馬運転山入り口』で下りた平成大学考古学研究所一行は、快調に早朝のドライブを楽しんでいた。

「大人と同じぐらいな草原に、トルコのカッパドキアを想わせる奇岩の数々…これは、最高の画面(え)が撮れるぞ。ありがとう、霧館くん」
「さすがテレビ番組のプロデューサー。雄大にして壮観な景色を前にしても、フレームでしか見ることが出来ないなんて…可愛そうな人間だ」
「元傭兵にして現役私設ボディーガードの俺に言われば、プロの鑑(かがみ)、ってとこだ」
「何が元傭兵にして現役ボディーガードよ。男の代表みたいなこと云っちゃってさ。この根性なし」

 4人4様の思いを乗せて走る大型トレーラー、通称『和ちゃん号』の行く手を、やせ細った1人の中年女性が阻(はば)んだ。
 四郎の踏んだ突然の急ブレーキに、3人は前のめりに倒れこんだ。

「なんて運転しやがるンだ…この…スットコドッコイ!せっかく、気の利いた切り替えしを思いついたのに…って、コラ、霧館…待て、どこへ行く?!」

 運転席から疾風怒濤の勢いで飛び出した霧館を追って、残りの3人が、痛めた体をさすりながら追いかけて行く。
「大丈夫、生きてるかい?」人身事故を惧(おそ)れながら、フロントバンパーの前に倒れこんでいる女性を抱き起こす霧館。「駄目だよ、朝から無茶な飛び出ししちゃあ!」
「時間を問わず、ダメなものはイカンだろ…」
「うまい、元傭兵に座布団1枚」
「テレビ屋は黙ってろ。四郎、気をつけろ。尋常(じんじょう)じゃない痩せ方だ。気をつけて取り扱えよ。骨折させたら、シャレにならなンぞ…」
「いくら能天気な霧館クンだって、それくらい判っているわよ」
「能天気…って!」
「それより問題はこの服よ…簗チン、見覚えない?ほら、例の教団のに似てない?」
「和ちゃん、似てるどころか本物だよ、これ。オウム返し真理教の信者だ」

 気絶していた女性の口から、か細い声が漏れてきた。

「…う、う〜ン…お腹が…」
「どうした、お腹ぶつけたの?痛い?スンごく痛いの?!いま、僕が、霧館四郎が救急車呼んで…」
「ダメ、救急車もパトカーも呼ばないで!」
「元気じゃない…人の携帯取り上げて怒鳴るなんて…加害者には神様みたいな被害者だ。これも日頃の行いかな?」
「ここじゃあ、警察も病院も、みんな悪魔の仲間なの!通報したら最後、また連れ戻されちゃう…」

 この言葉に、遠巻きに眺めていた簗八郎のジャーナリスト魂に火が点(つ)いた。目の前の3人を押しのけるように前に進み出ると、背広の胸ポケットから名刺を取り出して告げた。

「どこを切っても真っ白なタマネギ、でお馴染みのオニオンテレビの者ですが…よろしければ詳しく、車の中で、お話を聞かせていただけませんか。もちろん、食事と身の安全は保障しますから」
「誰が食事の支度をするの?私?無理・ムリ、トーストさえ焼けないのよ?!」
「コーヒーは淹(い)れられたじゃない」
「四郎は黙ってろ。ここは、世界の戦場で修行して来た俺がやる。材料は車の冷蔵庫に?」
「傭兵って料理人のことでしたっけ?」
「和ちゃん、クロは器用貧乏だから、子供の頃から何でもこなしてただろ?ここは任そうよ」
「ホント、恋愛以外は器用にこなす男(ひと)なんだから…!」

 トレーラーのペイントハウスに通された女性信者は、料理が出来るまで、ベッドで横になっていた。霧館はハンドルを握り、目的地の馬運転山を目指している。和音はペイントハウスの下にある計器類と格闘をしていた。久露埜は狭いキッチンで、ありあわせの食材と闘い、簗は局長賞ものの幸運≠ノ胸を躍らせながら、キッチンではしゃいでいた。

「やったよ、クロちゃん。局に帰ったら、もうジュニアなんて陰口を叩かせないぞ!」
「おめでとう…しかしな、簗。狭いキッチンではしゃぐのはやめてくれないか。料理の材料(たね)がこぼれちまう」
「最高の特ダネが飛び込んできたんだぞ…スクープ≠ネんてもんじゃない、昇給間違いなしだ!」
「分かったから、あっちへ行ってくれないか?こっちは小休止しているヒマもないんだ」

「休む間もなくなったぞ、越前屋」
「織田偉観様、越前・称大(えちぜん・よしひろ)です」
「細かなことを気にするな、広報部長。お代官様と越前屋と言ったら時代劇のお約束として最高・最大の仲じゃないか、硬いこと言うなよ…それよりも吉報だ。ついにテレビデヴューが決まったぞ」
「やらせ発掘スペシャル番組の現地調査(ロケ・ハン)でしょ?くだらない」
「そうでもないぞ、越前屋」
「越前・称大です」
「さっき緒羅賀県知事から連絡があって、オニオンテレビのロケハンが到着ししだい、富蘭県のイメージアップ記者会見をこの本部道場でするそうだ。俺もお前も、いや教団にとっても最高の桧(ひのき)舞台≠ノなる。卑弥呼(ひみこ)の時代から存在していた教義を復活させた日本最古の信仰集団として、大々的に売り込むチャンスだ!」
「世間に伝わるダーティーなイメージを、メディアの力を利用して逆転させる―当初からの計画どおりではないですか」
「計画に、記者会見に知事の同席予定はない」
「鼻薬(はなぐすり=政治献金=賄賂)が利いたんでしょう。お布施を注ぎ込みましたからね」
「知事をはじめ、名だたる地元の有力者にばらまいたからな…お陰で、信者はヒイヒイ云っとるわ」
「その信者さんたちにライトをあてて、新たな資金(信者)を手に入れよう、と」
「さすがは懐刀(ふところがたな)、察しが早い。そうと決まれば、宇甲太郎(うかつたろう)補佐官と相談して、うまくまとめておいてくれ」
「あの男には公安の匂いします。まだ、身体検査が完全に終っていませんからね…」
「教団信者には自衛隊をはじめ国家公務員が大勢いる―だろう?」
「自分でまいたタネですか…仕方がない、やりましょう」
「潜入捜査官ならばなおさら、だ。テレビカメラの前で化けの皮を剥がしてやればいい。ドジだけは踏むなよ」
「ロケハンと補佐官が飛んで火にいる夏の虫≠ナすか」
「宇甲補佐官がスパイなら、歴代続く公安局長の息子だ。そこをつけばいい。間違っても、我々が虫≠ノなるようなヘマはするなよ」
「しかし織田偉観様。もう1つ、問題が」
「なんだ?」
「知事のボディーガードとして来る元傭兵の男、こいつが曲者(くせもの)です。知事のお兄さんである検事の肝煎りということもあり、事態が思いもよらぬ方向へ転がる惧れがあります」
「どこの馬の骨とも判らん男など、ひとひねり―夏の虫にして火にくべてしまえばいい」
「さすが織田偉観様!お人が悪い」
「お前ほどではないぞ、越前屋」
口先男 [2009年09月25日(金)]
 平成(へなり)大学額田和音考古学研究所の大型トレーラーは、馬運転山を目指して、進んでいた。

「9時を過ぎて、参拝客やレジャーによる渋滞が出始めたようだ」運転席のモニター画面を観ながら、霧館四郎がヘッドセットのマイクに告げた。「それでも、11時には余裕で着けると思うけど、そっちの具合はどうだい?」
「俺の料理で落ち着いたのか、なかなか興味深い話で盛り上がっているよ」

 久露埜が、ヘッドセットを耳にあてて、応じた。和音は初めて聴かされた教団内部の声に表情を曇らせ、簗は好奇心と野次馬根性≠ノ満ちた表情で相槌(あいずち)をうっている。

「…オウム返し真理教は宗教とは名ばかりの拝金主義のデタラメ教団、と言うわけですか」
「ハイ、あんなインチキ宗教を許していたら、日本全国に私のような被害が拡大します。教団幹部は贅沢三昧な飽食を続けているのに、末端の信者には粗衣粗食を義務づけて、お布施名義の寄付を強請する。家や財産を奪われ、身包(みぐる)みはがされた挙句に追い出された人は数え切れません。
 若くて可愛い女性信者や男性信者はランク付けされて、Bランク信者はいかがわしいヴィデオやお店で体を売らされた挙句、その全収入を寄付させられているそうです。Aランクに格付けされた信者さんは男女を問わず、人身御供として教団幹部の慰めモノとして薬漬けにされて捨てられる。それ以外の老若男女は子供でも、修行と称した重労働に無償奉仕で駆り出される…最近では世界的に名の知れた鉄工所を乗っ取って、兵器産業に参入しようと躍起になっています」
「宗教を名乗ったテロだな…和ちゃん、なんとかしないと」
「考古学に生臭い正義を押し付けるのはやめて」
「俺が押し付けているんじゃない。彼らが考古学とメディアを利用し、屁理屈で固めた自らの正当性をこの国に押し付けているんだ」
「お話中申し訳ないが」久露埜が、2人の会話に割って入った。「さっき、県知事の秘書から電話があり、12時に馬運転山本部道場で教団幹部と共同記者会見をする≠サうだ」
「これで奴らの魂胆が見えてきたな…イメージアップを狙って、テレビをはじめとしたマスコミを利用する腹だ。薄汚い狸野郎どもめ…」
「テレビ屋さんは違うような言い方をするのね?同じ穴のナントカ、じゃないの」
「メディアの穴は、もっと奥の深い闇に包まれている。一緒にしないでくれ」
「私としたことが…ぬかったわね」
「って、簗チン。威張れたことじゃないだろう!」

「そうでもないですよ」宇甲太郎(うかつ たろう)補佐官は、越前広報部長の言葉に、胸を張た。「確かに、先祖代々公安局長の重責を担って来た宇甲家の長男ですが、思想や言動、職業選択の自由を憲法で謳っている国において世襲制に囚われなければならない理由はありません。人間は皆平等であり、私は自由です」
「国家公務員―親方日の丸な超安定企業を捨ててまで自らの意志を通す心意気と巨額の入信料で補佐官の地位を得た、とは云わないが…まだ不透明な部分が残っていてね。いま少し、キミを信用できないんだ。そこで、今回の会見を上手く仕切ることで、教団に対する忠誠心を見せて欲しいと、云うわけなんだがやってくれるかな?」
「それで私の気持ちを汲(く)んでいただけるのならば、喜んで。何時からですか?」
「3時間後の、12時ジャストだ。緒羅賀県知事と柔尼(じゅうに)市長、ならびに田貫(たぬき)警察署長が同席される」
「富蘭県のお歴々総出のオールスターですね。やりがいがあります。ぜひ、やらせて下さい」
「その言葉がウソじゃないことを祈るよ」

「嘘なんかじゃありません。これこそが真実であり、教団の実態なんです!」
「会社を辞めた人間は悪口しか云いませんからね…あと2時間で馬運転山の本部道場に着きます。そこで全てが判明します。カメラは真実しか映し出しませんからね」
「あら、台本のある真実、の間違いじゃないの?」
「和ちゃん、ギャラを貰う人間が云ったらダメだろう」
「失礼!」
「いやです、絶対にイヤです。今すぐ降ろして下さい!あそこへ連れ戻されたら、2度と外へ出られなくなるどころか、断食修行*シ目で、飢え死にさせらてしまいます…私の言葉が嘘だと思うなら、この制服をあげるから、これを着て内部の実態を見てください」
「女性もの…和ちゃんと俺は面が割れている。四郎は車のメンテナンス(保守・管理)がある。残るは…」
「お・俺?いくら、細マッチョだからって、女ものはねェ…」
「オカマちゃん設定でいきましょう!」
「タイム!県知事のボディーガードは?」
「俺が上手く伝えておくよ」
「それはダメ!」教団服を脱ぎかけた女性信者が、叫んだ。「富蘭県では誰も信じちゃいけない。権力と権益、全てがお金でつながっている離れ小島≠ンたいな土地なんだから!」

「だめだァ〜」ビープ音が鳴り、霧館の絶望的な声が、スピーカーから漏れてきた。「12時からの共同記者会見目当てに、マスコミの車が合流している。それに、G.P.S(衛星全方位検索システム)のズームアップ映像を見る限り、なにやら目つきの悪い連中が大挙押し寄せているよ。和ちゃん、簗チンにクロ。車載バイク使って、3人で先乗り(乗り込む)した方がいいよ」

「またです」オウム返し真理教の通信基地は、異様な緊張に包まれていた。「馬運転山本部道場付近…エントランス(入り口)トイレのあたりから、違法な通信電波がキャッチされました。通信先は…こ、公安局!?」

 防衛局長の芝 至(しば いたる)は、唇の端を歪めて呟いた。

「広報部長に報告するか…まてよ、俺がみつけて、しばいたるか…」

 残虐そうに薄い唇を舐めながら、サングラスの奥にある細い眼を瞬(しばた)いた。

 渋滞に巻き込まれたのを幸いに車を止め、車体の下から折り畳み式のミニバイクを取り出し、3人は出発した。ヘルメットに仕込んだ通信機器(ヘッドセット)で、互いに連絡を取り合いながら。

「先導は教団服のクロがいい…和ちゃんを挟んで俺が続く」
「O.K…地理はパンフレットを観て叩き込んである…しかし、大学の教授がポケバイと云う設定はイカガナモノだろうか」
「それなら大丈夫よ。さっき、広報部長に連絡しといたから」

 しばらく行くと、巨大な有刺鉄線に囲まれた、教団本部が見えてきた。金網には高圧電流が流されているようで、強大な磁場が唸(うな)りをあげている。参拝門≠ニ云う名の警備施設があり、厳(いかめ)しい制服を着た厳(いか)つい男たちが、厳重警備で拝観者1人ひとりをチェックしていた。
 その1人が、教団服を着た久露埜を見咎(みとが)めて、詰め寄ってきた。

「ダメじゃないか、そんな格好で外に出たら」
「平成大学の考古学教授と、オニオンテレビのプロデューサーを案内してきた。上から聴いてない?」
「来訪は聞いているが、お前が行くとは聞いていない。問い合わせるから、待ってろ」
「12時の会見に間に合わなかったら責任重大だぞ?」
「…2人の証明書と許可証は?…平成大学考古学教授にオニオンテレビのエグゼクティブ・プロデューサー…それと取材許可書…O.Kだ。次からは、事前に報告するように。それと、会見に伴う入場規制が敷かれた。ルート変更により、海側を回るCルートで、直接入場するように」
「O.K.フォースの御加護のあらんことを」
「さすが元傭兵ね…出たとこ勝負のアドリブに強いのには驚いたわ」
「…その場限りな天性の嘘つき…うちの専属タレントにならないか?」
「…機転が利く、と言ってくれ、人聞きの悪い。Cルート…これか…」

 ナンのことはない。アスファルトの上に病院の廊下よろしく道標(みちしるべ)が記されていた。
震えて眠れ [2009年09月26日(土)]
 久露埜を先頭に和音と簗の3人は、オウム返し真理教広報部の応接室で、越前広報部長と宇甲補佐官の2人と対峙(たいじ=向き合う)していた。

「豪華なシャンデリアに踵(かかと)が埋まる手織り絨毯(じゅうたん)、壁には動物の剥製…って、本当に宗教団体なのここ?」
「シッ、聴こえるよ、和ちゃん」
「これは信者の皆様の篤(あつ)い信仰心の賜物(たまもの)です」県知事たちを交えた共同記者会見の進行を任された宇甲が、凛(りん)とした声で続ける。「人間は他の命をいただくことで己が命を全う出来る罪深き動物です。有難き御仏の教えに副(そ)って、賜物を供養させていただくことで、私どもの精進とさせていただいております」
「嘘臭い…」
「和ちゃん!」
「ごめん。私としたことが、ぬかったわね」
「…時に、御来客を案内していただけた信者様…貴方です」
「…は、はい!」
「教団幹部以外は教団服での外出を厳に禁じていたはずですが」
「申し訳ない。急いでいると言われたもので…」
「誰の指示ですか?」
「上からの指示です」
「ですから、誰の?」
「迷惑をかけたくないので云えません」
「貴方の行為は、既に教団に対して多大な迷惑をかけていることを自覚して下さい。公安を含めて警察関係者やマスコミのスパイが暗躍している現在、スタンドプレーは教団の脅威になります。ので、10日間の断食修行を申し付けます」
「10日間も?教団のことを思ってした人間に、飢え死にしろっと云うのですか!?」
「10日やそこらじゃ死にませんよ…精神的にキツイですがね。紛争地域で死ぬ思いをされて来られた方だ。女性信者の服を着るよりは楽なものですよ。地下の独房で、己が冒(おか)した罪の重さを、身をもって知るがよい。衛兵!」
「ちょ、ちょっと待て…せめてサプリメントぐらいは支給してくれないか」
「栄養剤など屁(へ)の足(た)しにもならんよ。そうだろ、補佐官」
サプリメントより太陽の光でしょうね、広報部長」
「おい、おい。ここ以上の地下って…どんだけ深いンだよ」
「ここから30メートル下。曲がりくねった階段を、5キロの足かせをつけて降りていただく。転ぶと足の骨がグチャグチャになって、治療不可能になるから気をつけて」
「って…これには深い理由(わけ)が…緒羅賀県知事のボディーガードとして雇われ…」
「この期におよんで、まだ嘘を並べますか」
「嘘じゃない、知事に問い合わせてくれ。無理なら、検事局の…」
「私は貴方など存じませんよ」
「お、緒羅賀検事(先生)…!」

 衛兵と共に現れた緒羅賀検事の一言に、久露埜はもとより、和音と簗も眼を瞠(みは)った。

「嘘だ、ドラ●モンのヌイグルミが証人だ!こんな茶番…!?」
「馴れ馴れしい口を叩くな!」両脇を抱えられ、血相を変えて抗議する久露埜の口を、水を吸ったクリームパンみたいな検事の掌(てのひら)が覆った。「私には守るべき家族がいる…風来坊の1匹狼などにかまってられんのだよ」
「決まりましたね、広報部長。これで合法的に処分できるというものです」
「●×▲■(汚いぞ、寝返ったか)ッ!?」
「さすが次期検事聖(=総長)の呼び名も高い検事(先生)です。キャリアの道筋を汚す障害物は排除する、と云うわけですね?広報部長も御参考にされてはいかがですか」
「私は万年2位で充分です」
「ちょっと待って!彼は公安や検察のスパイなんかじゃないわ」
「残念ですが、額田教授のそっくりさんとプロデューサーの偽者さんも同罪として、10日間の断食修行をお願いすることになっていましてね。ね、広報部長?」
「冗談、これ以上痩せたらビキニが着れなくなっちゃう!」
「ウラは取れている。補佐官の云うとおり、一緒に独房で修行してくるんだな」
「なんですって…大学やテレビ局が大騒ぎするわよ?!」
「まだ云うか、この詐欺師め。衛兵、こいつを抓(つま)み出せ。広報部長の眼が腐る!」
「取材許可書を確認しろ!放せ…放送業界を甘く見ると怪我するぞ…!」
「3台のバイクは崖から転落して大破。運転手は複雑な潮流に乗って行方不明。そして我々は局を替えてイメージアップを図り安泰。キミ達は、まさしく飛んで火に入るナントカ≠ネんですよ」
「緒羅賀検事…これでも貴方は正義の人なの…この人でなし!?」
「誰がアンパン●ンだって?御母堂様(=母親)にはお悔やみ≠伝えておくから安心して修行に励むことですな」
「検事、問題にしますよ!」
「生憎(あいにく)テレビのクイズ番組は嫌いでね…世俗を離れて修行に励んで下さい」

 3人の身体検査をしていた衛兵が、憎悪と驚きの混じった、スットンキョウな声を挙げた。

「CCCD(小型カメラ)と連携された携帯電話が出てきました」
「スパイ容疑確定だな」宇甲は得意満面に、越前をみやった。「1ヶ月の断食修行に変更だ」

「えらいことになったゾ」
 和ちゃん号≠フ運転席で3人の実況中継を視聴していた霧館四郎は、慌てて無い脳味噌を大回転させていた。科捜研(=科学捜査研究所)に勤める共通の友人である江牟に作ってもらったCCCDカメラの映像と音声は、衝撃と共に、車載HDに収録されている。
 しかし、今の彼は大渋滞に巻き込まれて身動きがとれない。映像だけをG.P.S経由でオニオンテレビへ送ることは可能だが、莫大な経費がかかる。しかも、簗はヴァラエティー班だ。「またジュニアのイタズラか」で、終わる可能性が高いときた。日頃の行いが悔やまれてならない。

「よくやってくれました」3人が連れ去られた部屋で、宇甲は緒羅賀の肉マンを入れたように盛り上がったブヨブヨの肩を叩いて微笑んだ。「御家族のことを考えたら最善のチョイス(=選択)です。越前広報部長、取って置きのシャンパンで乾杯しませんか?」
「ドン・ペリ(=ドン・ペリニオン)のゴールドですよ、検事。銀座や赤坂あたりで飲んだら、1杯1万はくだりませんよ」
「キミたちだけでのんでくれ」
「部下を売った人間が、いまさら格好つけなさんな…キレイな色でしょう…人間、誰だって自分が可愛いものです…な、何をするんです?こぼすなんてモッタイない!?」
「小役人にはビールが似合う、ってね。釣りはいらんよ。大事な会議がる、失礼するよ」
「我々は同じ穴の狢(むじな=タヌキ)ですよ!」越前が、緒羅賀の背中に叫んだ。「弟のスキャンダルが表沙汰にならないよう、震えて眠るんだな」
「帰りのヘリの用意を…!」
「ほっとけ、補佐官!」

「ホットケーキとかない?おなかすいちゃった」トレーラーのコンテナから、和音の服を着た女性信者が現れた。「中のモニターで見てたけど、たいへんなことになっちゃたね」
「アンタがまいたタネじゃないか、なんとかしろよ!」
「…できなくはないけどね」
「って、どうやるの?」

「どうにもならんな…よりによって、活火山の地下に本部道場を構えるとは…天然の要塞(ようさい)だ…火器・銃器の使用は出来ない」
 国家公安委員会と警察、検察を交えた捜査会議は、紛糾していた。国家公安委員長を務める宇甲椙太(うかつ すぎた)は、天を仰いで呟いた。

「こんな事態になるとは迂闊(うかつ)すぎた…震えて眠る日々の始まりだ…」
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