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瀬戸内寂聴さんの法話会 [2007年07月27日(金)]

京都 嵐山の寂庵で
寂聴さんの法話会を拝聴できた


(飼い主注;寂庵は受付して予約できた方しか
入れません。普段は門扉を閉めてあります
自由に立ち入れませんので要注意・・・)


一度、直接お話しを聞いてみたい、
TVや書籍から察する寂聴さんと実際のイメージは
私の中では

TV画面そのまま雰囲気


だった

優しそうででも、奥に情熱を秘めていて
穏やかで腹が据わってる感じ・・・
でも、とても女性らしい御歳85歳には
とでもみえなかった
(肌がとってもきれいだった〜♪)


お話しは13:00から始まり、
台風接近の中、大勢の方が寂庵の
講堂に詰め掛けた

講堂入り口<寂庵の表札>


運よく一番前の場所で、すぐ近くを出入りの際
寂聴さんが通ったが
音も無く、すうっと・・まるで佇まいが妖精のよう

私が座っていたところから見た寂庵の庭


お話しは
台風の中こんなにたくさんの方がこられるとは・・
と驚かれて
「皆さん帰れるの??
帰れなかったらどうしましょ?ここで寝るかぁ!
夏だから布団もいらないし、ねっ♪
帰れない方いらっしゃったら
本当におっしゃって下さいね。何とかします」

と皆さんを気遣ってから話は始まった。

次に本(寂聴おはなし絵本)を書いた経緯、
昨年、叙勲を受けたことから記者会見で
同時に受けた方々が次々凄く立派な事をいうので

ついつい、お母さんが子供に
読み聞かせするお話し絵本を書こうと
思ってます、って
いっちゃったのよ〜!つい、ぽろっと!
あとで、しまった〜!!って思ったけどもう遅い・・

でも、言っちゃったことには
責任があるでしょ・・責任持たないといけない
それで、ジャータカというお話しの一つ
何千年も語り継がれてきた話というのは
それだけ人の心を惹きつける何かがある

それで《月のうさぎ》っていう読み聞かせの
絵本を書いたんですね


このお話し絵本の、
うさぎとさるときつねが仲良く遊んでたって
一文にも学ぶところがある、と寂聴さんは
おっしゃった

人は自分と違うものを認めようと
しないところがある。肌の色や考え方や国・・
でも、うさぎもさるもきつねも仲良く遊んでたって
ところから既に教えがあるんですね

と・・・。考えたこと無かった。
絵本だからどんな動物も仲良く遊ぶんだ、
そういうものだ、と感じていたからはっとした。

入口から緩い坂を登った左手、<寂>の字の石

ウィットに富んだ話はついつい引きこまれ
笑いの渦が度々起こる
時間もあっという間に感じつつ、
何か心のどこかで入っていた力がすうっと
消えたようだった

長くなったので・・・次回へ続きます
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木村藤子さん 不思議の最終章 [2007年03月15日(木)]

やっぱり、よかった、救われたと思う人が
一人でも増えてくれたらそれでいい、って
気持ちがないと続けられないんじゃないかと思った。


          頑張ったけど収まらず・・
             次回最終章に続く・・・

と続いてきて最終章。
前回までの記事はこちらから

木村藤子さんと不可視の世界

木村藤子さんの言葉

木村先生の順番が来るまで

木村藤子さんと対面の瞬間

木村藤子さんに云われたこと

木村藤子さんが話してくれた事



まとめようと想いつつ、
言葉にしようもなかった気持ちが錯綜し、
やっとまとまっても中々、綴るのにパワーが要った



私はお会いできるとわかってから、
毎日のように感謝していた自分を思い出す。



「お会いできるご縁をいただけて感謝します・・」



そんなことを想いながら、
忙しい先生の身、自分の聞きたい事を
上手に話せるか、伝えきれるかが心配だった。



もちろん、先入観もあった。




一喝されたらどうしよう・・・
そんな気持ちもあったことは事実だ





でも、内容の通り、
終始穏やかで温かくて言葉も仕草も
そこにいるといると想うだけでふわ〜んと
するような、癒しという言葉が適切か解らないが
そんな空気感に包まれたと私は感じた





そして・・・

待合室に「あ、おはようございます♪」と
入ってこられて
私は異常な緊張から、かたまってしまい、
先生にいぶかしげな目で見られ、目があったと
おもっていた。、



それで目が合ってしまったということがあったと書いたが
最近になって同伴者が


「あら?!」って顔をしてたとその時思った
と同伴者は言った。




あら?って表情で
前にもあったことがあるのかと想った
らしい。
周りの方もそう感じたかもしれないと。
でも、私は先生と初対面だ。
一方的にTVなどでは存じ上げてはいる(笑)




お会いできるご縁を感謝してます・・・
届くはずのない気持ちがもしかして
先生には見えたのかな?と想った。




そして、視てもらっている最中、
「大事なことを今からいいます」といわれ、
メモしていいですか?と聞く私に
準備するまで待ってくださった先生。



視て貰い、同伴者とタクシーに乗る間際、
同伴者が
「あの、先生の言葉メモしたノートがない!!」と
慌てだした
「ちょっと落としてないか見てくる!」




受付の人にいい、
結果、他の人が視てもらっているのに
忘れ物という事で同伴者だけ中へ再び入り
ノートのことを言うと先生は



そのノートは・・・バックに
入れられたんじゃないでしょうか?

という言葉





ないない、とあれだけあちこちさがして
バックもポケットも散々探してから受付の方に
言ったのに
先生は「バックに入れられたんじゃないでしょうか?」




受付の人の前で
タクシーを待たせ探すと・・・


先生の透視どおりバックから出てきた!



受付の方はよかったですね、
先生の云われたとおりでしたねと笑い、
お騒がせして恐縮した私達



ここに記事にしたのは、
正直な私の気持ちを残したいと想ったことと
ノート一つのありかもすぐさま解ってしまう
先生の力と人柄からあふれる優しさ




先生のような力は持つことを希望しないが
そんな優しさや
温かさを人に与えられるような人にはなりたいと
想った。道は遠いかもしれない。でも、


千里の道も一歩から♪
毎日、頑張ればいつかは・・・


そんなことを想いつつ、
先生の言葉、私の中の攪拌や物事
薬の強さのこと、大事な人の最期の言葉を
大切にしたいと想った。


実は・・・
私もちょっとだけ見えてしまうが
ありのままを感じて行く方が似合ってるし、
閉じることを覚えてからは極力
視ないようにしている

実は視るって「すっごく疲れてしまう」のだ
本当に親友だけ、本当に困ったときだけにして
毎日をダネとあちこちぶつかりながらも元気に
暮らして生きたいと想った。


    まとまらない終わり方ですが(完)

JR大湊線 下北駅の時刻表
こんな感じ青森方面行き、一日9本
行かれる方は、計画を♪
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木村藤子さんが話してくれた事 [2007年03月11日(日)]

なんと!ブログを
書いてる事まで見られていたのだ



このインターネットについての
ことを是非書きたい。


            そしてまた長くなって・・・続く
**************************************
と続いて来た続編前回はこちらから

ここが一番書きたかったところで、でも、
言葉にするのが難しかったところ。



正直に引っ張っているつもりはないし、
その時の事を一回で書け!と云われても
あまりに私にとって衝撃的なことで
そんな文才もボキャブラリーもないので
ご容赦願いたい。



私は、青森へ行く前たくさんの
木村藤子さんに関する記事を見た。




☆お礼のお金は?
(受付の人はお気持ちで金額は決まってないです
と応えられた)

☆どんな手順なの?
(前に座るだけで、何から何まで当てられてしまうのか、
質問するのか)

☆時間は?
(受付は7:00からやっていて遅くとも11:00までに
入ってくださいと云われたが、
何時間くらいかかるのか、電車の関係その他で)

☆視てもらうのにどれくらい待つの?
(3時間待って3分だけという噂や記事もあった)

☆見てもらうのはどれくらい??
(3分なら、うまく話さないといけないし、
一人が長すぎても何時に帰れるか解らず)


大量なる知りたい事があったから。



そして実際に会われた方の幾つかの
情報に行き着いたがそこでは、木村先生は

相談者の方に問題がある

それは、視ません

わかりました、そういうなら視ます・・




などのやり取りが書いてあったことは書いた。
なので、緊張もしてたのだ。





私の場合は、一番知りたかった、
大事な人の最期の言葉を教えても貰い、
薬が私に強すぎること、
自分の性格の中の強さと脆さの両極端さが
バランスがとれてないこと。





これだけでも、十分だったが、
今度は、ネットのことで先生が話し始めてくださった。







先生自身から話されたことは、
私が読んでいった記事の内容と同じ、
つまり、私の先入観となる記事での出来事を
先生の側から、話された。




これはびっくりした
話し出されて、段々、あ!あの話だ・・・と
気づいた時どれだけ驚いたか!





詳細はかけない。
噂では遠方から期待して会いに行き
思ってもみない言葉を言われたのだろうと推測する。
その際の状況を(相談内容でなく)
先生のサイドから聞いたことになって





「私があの噂を知って、先生に対しそう思ってるって
もう、視られている」と感じた・・・。





木村先生は全てではないだろうが、
ご自分の酷評の記事があることも承知されていて





「私はこんな力を望んだわけじゃない。
でも、今は時間がもっともっと欲しい。」


そういわれた。


「死ぬ事さえも許されないのか、という経緯があって
神様を通じてこれで助かった、救われたと思う人が
一人でも多くなればそれでいいんです」



「ネットなんかで、色々書かれている。

私をつぶそうというような事を
してる人々もいるみたい。
でも、
私は前々から神様に、もう辞めたい、辞めたいって
何度もいってるけど、その度なだめられて今も
こうして視させてもらってる
これをチャンスに辞めようとも考えたこともある。




いつかここを閉じることが出来て、時間ができたら
やりたいことが沢山あるの。
私の周りはよく知ってるけど、やりたいこと一杯。
つぶそうとしてる人は私が困ると思ってる。でも、
そうじゃないんだよっていうこと。



助かった、救われたって人は本当にいる。
涙流して喜ばれることもある。
やめたらそれができなくなる。人助けができなくなる。

だから今、相談にこられる方の為にも
時間が兎に角欲しい。」
と木村先生は云われた。





ちょっと考えてみて欲しい

酷評の記事は私もたくさん見た。
私も先生に会いに行った一人だが、
たとえ、そんな力があっても

毎朝6:00前から相談者が
数十人も自宅に集まる





この状況だけでも疲れないだろうか?
場合によっては予約なしに、何十人も来る、
しかも、ほとんどは先生自身が聞いて
愉快になったり、楽しくなる話でなく
相談者の真剣な悩みや心の叫び、不安、願い・・・






聞くだけでも疲れたりしないだろうか?
そう思って、はっとした。



私は先生が相談者の時間を作りたくて
ある取材を断ったことも聞いた。
これすら、書いてよいか迷った。



どうして私にその話をしてくれたかわからない。
でも、
私にかける範囲で正直に書くことにした。



木村先生は
もっともっと色々なことを私の相談内容に
関連する形で話してくれた。
書けない様なことを除いて
木村先生側の事を書きたかったのだ。




毎朝、6:00から相談者が行列する
だけでも疲れる状況で
霊視は疲れること(感覚、神経その他・・)


それでも、助かりたい、救われたいと思う人が
一人でも多く、そうなればいいと思っている、と云った
木村先生の目を見て
私は絶対にこの想いは嘘じゃないと感じた。



私はただ、
木村先生の擁護をする為の記事を書いた訳でなく、
正直に、実感を書いた
先生にはネットの話の前に

「ブログを書いていて、先生に会いに行くことを
楽しみだとも書きました」と正直に言った。
それでも、話してくれた内容なので
一部書けない事を除いて書いた。



普通の人であれば
毎朝、早朝から相談者が自宅に集まる、
しかも、その人々は自分に救いを求めて来ている。
状況だけでも、疲労困憊だろうと思う。



やっぱり、よかった、救われたと思う人が
一人でも増えてくれたらそれでいい、って
気持ちがないと続けられないんじゃないかと思った。


          頑張ったけど収まらず・・
             次回最終章に続く・・・

下北駅より
釜臥山方向の景色
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木村藤子さんに云われた事 [2007年03月08日(木)]

「この方、
あなたのこと可愛かったんじゃないかしら・・?
ね、可愛がってたって」

そうです、本当に可愛がってもらいました
もう、声になれない息がやっと先生に応えた。
涙が
粒のままコロコロと何度も頬をこぼれていった



               次回へ続く


と3月1日に書いたまま、
全然続いてなかった、続編(すいません(汗)
この前の記事はこちら

木村先生の御宅の
先生ご自身の言葉、前回のものの上にある
前回の写真前回の写真


そのあと、私はもう一つの聞きたいことを
泣きながらも訪ねた


紙にも、聞きたい事として書いてあり、
原因のわからないものだった。



亡くなった大事な人が
重い病気とわかる前、突然始まった
私の頭痛・・・



正直に書こう



あ、私ヤバイのかな・・・・と思うほどの
激痛が突然やってきて痛みで泣くほどだった。
それから病院は5回も紹介状とともに変り、
結果、以前記事にしている


新規発症持続性連続性頭痛



とやっと診断された。
が、診断されるまで色々な病院で
CT MRI 脳波 脳髄液・・・ありとあらゆる
検査を繰り返しても異常なし だった




でも、痛い!医者は本当にぃ?
って顔をする。






そのまま季節は2回近くめぐった。
痛みはほぼ毎日、
この新規発症持続性連日性頭痛は私が
やっとついた最後の病院での診断でその時点で




国際頭痛学会でようやく名前がついたような状態
原因も治療法も確立されてないものだった。





木村先生に、そのままを伝えた・・
そうすると・・・

あなたは両極端なところがあって
すごく強くて優しい部分と、
とてももろいところがあって、
自分の中で
うまくバランスが取れていないみたい。

だから、お医者さんの方ではうつのように
思われちゃうかもしれないけど
上手に、その強い部分と弱い部分を
攪拌していければ、症状もよくなっていきますよ

普通の人にはある真ん中がないみたい
両極端になってしまってる感じで
バランスがね・・・自分で取れてないのかな


あと・・なんだろ・・・
あの白い粉のお薬はあなたには
強すぎるみたいだから、減らしてもらった方が
いいですね



と言われた。



私が飲んでいる薬は
5つの病院のうち、3つの病院の医師が
薬剤名でわからず、んー・・・と云っていた薬で
もちろん、木村先生には

薬を飲んでいる事も、
粉と言うことも色もいってない






びっくりした。
そして、その時点で時間は10分以上
経過していたが
先生は、TVなどでも話されていたように思う、
ご自分のことを話し出された


死ぬことすら、許されないのかと思ったこと
時に当たる当たらないといわれること
毎日のこと・・・




私は驚きながらも
ただただ、聞いていた、すると
あなたインターネットするでしょ?

あ、はい・・ブログというものを書いてます
正直言うと此処に来ることも楽しみだって
書きました え?どうしてですか?


あ、神様がねそう云われたから
記事を書いてるってね





なんと!ブログを
書いてる事まで
見られていたのだ



このインターネットについての
ことを是非書きたい。


            そしてまた長くなって・・・続く

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木村藤子さんと対面の瞬間 [2007年03月01日(木)]

「どうぞ、そちらのソファへおかけ下さい。
あ、紙の方だけ貰いますね」

紙=入り口で書いた、順番の書かれた紙
このあたりで、自分の心音がはっきり聞こえた



             すいません長くなって
               また続きます・・


と続いて来た続編。前回はこちら
木村藤子さんに対面し、話し出したところから。





私は地元から買ってきたお土産を渡そうと、
また前を向いていた先生に声を掛けた。


「木村先生、あの・・」
「はい♪」くるり、と向き直った先生に


「これ、
地元では美味しいって言われてるお菓子です」

「○○ね!」

「え?ご存知ですか」

「はい、じゃああちらからお越しになったんですね、
遠くから・・じゃ、そちらどうぞ」

こうして会話は始まった




「えーと・・この方の最期の言葉が知りたい・・。
はじめに、亡くなった方の場合、その方を呼ばなくちゃ
いけない。そういった事はやってないんです」




わ・わからないってことかなぁ・・・?
と想ってしまった私。




「よく、イタコとかいう形でその人が降りてきてって
言うのがありますが、ああいった事ではなく、
神様の方でこの方のことがわかるかもしれません。

そちらの形でもいいですか?」




お願いします!私は、一礼した。




「えーっとこの方、お名前は?お幾つだったのかしら?
どこに住んで見えた方?」
との質問を全部答えると



「この方・・・ベッドで亡くなってる・・
あ!○○○○だ」




なんと亡くなった病名まですぐ言われてしまった。
それから、
「この方、本当にいい方!真面目でいてそれで・・」




と話しはじめて、
「あ、ごめんなさい。霊視で見えたことをつい・・」
と口をつぐまれたので
「全然構いません」というと




「こうして霊視でみえたことを勝手に
話したりするのはよくない。ごめんなさい・・」
と言われた




少しあって、「それでは神様に聞いてみますから」と
木村先生は神棚の方に向き直って

「・・・・のお願いでございます○○○○○の・・・」と
手を合わせておられ、
その間、10秒か15秒そして私の方へ向くと




「この方ね・・最期は話そうとして話してたわけでなく
意識が遠くなっていく中、もうろうとして
夢を見てるような感じで
つい口にでたって感じの言葉が最期の言葉ですね」




あえて最期の言葉は書かない。
私の大切な、今はこの世にいない人にも
プライバシーがあるし、私もこれは書きたくない。




でも、あの人が生命の期間を終える頃に
こう想ってたのだと想うと、泣けてきて
ボロボロ泣いた。



実際、同じ言葉をあの人は口にしていた
全く同じ、言葉を
だから泣けて泣けて仕方なかった。




もう、びっくりするほど泣けてきた。
でも、木村先生は優しい表情で


「この方、
あなたのこと可愛かったんじゃないかしら・・?
ね、可愛がってたって」

そうです、本当に可愛がってもらいました
もう、声になれない息がやっと先生に応えた。
涙が
粒のままコロコロと何度も頬をこぼれていった



               次回へ続く


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