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第2章 ガンその他の退化病の本当の原因@ [2009年10月07日(水)]
P.62第5章 理論より

 私の理論は、ガンの一般的科学理論を意図したものではない。また自分の理論を他の理論や解釈と比較してみようとするつもりも、私には無い。医者が適切なガン治療を実施するうえでのガイドとして役立つことのみを目的としたものである。


P.31
 ガンは慢性的な退化病である。ガンが進んだ状態では、主要な臓器や器官はみなやられている。
 唱歌器官とその付属器官、肝臓、膵臓、循環器系糖(細胞交換のサポート役もしている)。腎臓や胆汁分泌系(主要な毒素排出器官)、網内皮系やリンパ系(免疫器官)、中枢神経系や代謝や運動刺激に関連する内臓の神経系など、全ての器官の働きに問題が生じ、その結果代謝の全体が狂ってくる。
現代(1958年)において、病気の本質を理解するために「全体的観点(コンセプト・オブ・トータリティー)」を問題にした最初の1人は、ニコラス博士である。博士は患者の気持ちの持ち方、栄養、体内の有害物質、細菌、偶発的要素、遺伝など、全ての要素を1つに結びつけた立場で問題にし、これを病気の背後の原因と考えた。そして「我々がみんな病んでいるのも不思議ではない…科学も神の自然な法を侵害するにいたっては、もはや科学ではない(註13)」と書いた。
註13:『テキサス州銀行報告』(1952年5月号)

 彼はこの文章では、退化病一般のことにもガンのことにも触れなかった。だが、博士は急性の病気および慢性病を理解する上で、進んだ見方を示したのである。
ガンの研究者には、「ガンは生き方と結びついた現象だ」とか、「ガン細胞は肉体と別個に生きているものではない」とか、「ガン細胞は生きた体と離れて存在する別のシステムではない」といった意見を述べている人もいる。
 ガンは肉体全体と結びついて存在する肉体の一部なのだ。そして全ては基本的な自然の法則に従って配列されていて、そこではダイナミックな力が結び合わされ、しかるべく機能する肉体の中に調和のとれた形で配列されている。
 ビタミンは酵素と一体となって働くので、副酵素と言う呼び方もする。そして酵素は細胞中の他の条件が正常に活動している時だけ、働く。また酵素は活発に働くホルモンと結合して、適切なミネラル状態の時に働く。
 以前からガンは、日々慢性的に、有害物質が体、とくに肝臓に蓄積されて、肉体が多かれ少なかれ正常な代謝機能を失った場合に発生する、と言われて来た(註14)。体内では、全ての器官が互いに依存しつつ協働して働いている。そしてそのことが最も大切であり、病気とは、このバランスが崩れたことと考えることが大切なのだ。
註14:L.ウィッケンデン『日常の有害物質』(1955年)

 だから病気の治療には全ての器官の働きの狂いを一緒に問題にし、このような全体的観点(コンセプト・オブ・トータリティー)から対処しなければならない。およそ私の臨床経験からも、このやり方こそが治療を成功させるための、最も確実な方法だったと言っていい。また相対的な代謝のトラブルの大部分は、肝臓に集中的に現れるものである。とは言え、肝臓自体の生物学的機能も、他の主要な器官が適切に機能し、かつ協力的に機能しているか否かにかかっている。
 昔のパラセルサスの著作の中には全体的観点(コンセプト・オブ・トータリティー)と言う考え方が、きわめて深い意味で展開されているし、その他にもずっと昔の多くの医者たちは、同じ立場に立っていた。
全体≠ニ言う考えを自然のプロセスの実体として注目しなければならないのは、生物学の世界だけに限らない。芸術、哲学、音楽、物理学の世界でも同じであり、有識の学者たちは皆、自分たちの研究や仕事の分野に、同じものが生きていることに気付いてきた。
いくつかの例を挙げよう。
 ヘンリー・ドラモンドの哲学的著作『精神的世界における自然法則』(1883年)などもそうである。彼自身の言葉で言えば「物質の世界と精神の世界の連続性」が、彼の基本的見方だった。これは物理的な無機の力が、植物や動物の有機の世界へと変容して行く時の、連続した一貫性を意味している。人間の場合には細胞の生命の中での、電気的なポテンシャル(潜在能力)が際立っている。そしてそれはとくに、神経組織の中に集約されていて、最終的には創造的な進歩や、偉大な業績を可能にする人間の精神的期間≠ニなっている。
 物理学の世界でのアインシュタインの最初の大きな業績が『空間と時間の相対性』と言う著作だった。最初はこの理論は幻想的なものとしか受け取られなかったが、後には広く受け入れられるものとなった。アインシュタインはさらに1歩進めて、光の変態と光電効果の問題を扱い、最後は重力、磁力、電気を1つの基礎的物理システムの中に一緒に含めて論じようとした。そしてこれを彼は、『統一場の立場』と呼んだ−だがこれは証明することが極めて難しいものであった。
 芸術の世界で例を挙げれば、シェイファー・サイマーンの仕事もそう言う例であった。彼は芸術を、古臭い理性の原理の狭い枠から開放した立場から説明し、芸術とは人間の頭脳の働きに内在する想像力の力≠フことだと言うことを示した。そしてその力とは肉体、精神、情緒、理性の成熟へと向かって発展するものだとも説明した。彼は『男、女、ビジネス、専門的職業等の中にも、必ず創造的な可能性なるものが1つの実体として姿を見せている』と語った。そしてこれは肉体の持つ全ての力と一緒になって、そうなっているものであった。彼は『子供の教育において、子供に内在する芸術的能力を展開させる』ために芸術を活用した。そしてこれは、人間の創造的本質に基礎をおいた文化の基盤を作るために、決定的な要素になり得るものであった(註15)。
註15:シェイファー.サイマーン『芸術的活動の秘密』(1950年)」

 マサチューセッツ工科大学のスウガクキョウジュ、N.ウィナーは書いている。
「科学研究の世界には純粋な数学理論、統計学、電気工学、神経生理学と言った違う角度から、それぞれ探求されている世界がある。そしてそれぞれの角度からの研究によって、1つ一つの概念にそれぞれの名が付けられていて、重要な研究が3重、4重になされている。しかし、それ以上に重要な研究で、他の研究分野での研究結果がその研究分野には取り入れられないがために、まだ遅れさせられてしまっているものがある。ある1つの分野では、その研究は既に古典的なものとさえなっていると言うのに、それが別の分野に取り入れられることが無いのだ(註16」」
註16:N.ウィナー『サイヴァネティクス』(1953年8ページ)」

 医学も、人体の自然な生物学的ルールの全体性とはかけ離れたものになってきた。研究も治療も、多くの専門分野に分化されすぎたためである。医学が一点集中式で極度に専門化され過ぎたために,人体のどの部分も、最終的には肉体全部の一部なのだということが、忘れ去られて行く。
 医学の教科書には皆、単一の生理学プロセスを追求し、その結果を過度に高く評価する記述しかない。純粋な医学研究も治療研究も、また実際の治療も、病気の症状だけを問題にするものになってきた。体の中の全ての機能を1つに結び付けて理解して、生物学的な全体性をノーマルに立て直そうとする古来の治療法などは、病院でも隅に追いやられてしまっている。とくに生理学や病理学の研究の世界では無視されるようにすらなった。その結果として、ついに我々は、全体性なるものを思考の中でも考えなくなり、治療の上でも問題にしない風潮になった。
 最先端のガンの専門研究者は、すべからく、J.グリーンスタイン的な考え方の持ち主になった。彼は「悪性腫瘍の悪性さ≠サのものを直接的に研究することが重要だ(註17)」と言っている。彼の本はガン患者におけるその他の器官、とくに肝臓の生理機能の変化の実例をよく集めた著作であるにもかかわらず、このようなことを彼自身は書いている。
註17:J.グリーンスタイン『ガンの生化学』(1954年版598ページ)

 私は全体的観点(コンセプト・オブ・トータリティー)を重視することによって、ガンの真因が判るようになると考えている。またそれが実際の治療にも役立つ、とも思っている。1つ一つの、小さな症状そのものだけを観察する動物実験ではなく、実際の治療において、そう考えているのだ。
 栄養の観点から観察すると、「植物も動物も人間もえいえ印の大自然のサイクルの一段ペンでしかない」と言ったような自然なスタイルの生活をしている人々は、ガンにならないと言う事実が何世紀にもわたって明らかにされてきている。これに反し、食事をますます大規模に近代化させてきた世界では、比較的短期間にガンを含めた退化病の犠牲になるようになった。
 最近の医学的観察で、ガンと一番無縁なことで有名なのは、フンザの人々である。彼らはヒマラヤ山の斜面に住み、自分たちの土地で獲れる自然な推移火で育てた食べ物だけで生きている。外部からの食べ物は個々ではまったくタブーである(現在のフンザはハイウェイが開通し、流通や観光の面でも改善されています)。エチオピア人もよく似ている。彼らも、自然な農業と独自の生活習慣で生きている(これもまた、飢餓や疫病の流行により、2009年9月末現在では、麻薬(チャット)とコーヒー栽培の他に加工業への模索を続けております)。このようなことから、彼らのようなタイプの農業ならば、ガンにも、また多くの退化病にもならないことが証明されているように思う。
 近代文明が人間にもたらしているダメージは、土壌の進化からスタートしている。化学肥料は土壌の中のミネラル成分を追い出し、土壌中の虫類がいなくなってしまうことと一緒に、微生物相を変えてしまった。機械化農場の表層土の流出が頻繁に起きるようになったのも、この結果である。そしてこれはまず最初に作物を伸び悩ませ、次に作物を退化させることになった。農場には有害な物質(殺虫剤)がまかれて、土壌をますます有害な土壌にし、さらにそれが農作物や果実に吸収される。
 我々(読者。ことに農業関係者)はこう言う事態やその他の多くの観察結果から、土壌および土壌の中に育つ全てのものを自分たちに縁遠い存在としてではなく、自分たちの外部代謝なのだと考えねばならない。そしてその外部代謝は、人間の内部代謝に不可欠な物質を供給するものに他ならない。だから土壌は適切に世話されねばならず、劣化させたり、有害な土壌にしてはならない。もしもそんなことをすれば深刻な退化病を生み出す原因になり、現にそれが人間にも動物にも急速に増加しているのだ。土壌には活動−成長と急速と言う自然なサイクル−や自然な肥料が必要である。その肥料は土壌から奪い取った物質を、もう1度土壌に返してやるものでなければならない。これが土壌の流出をも防ぐ最上の防衛策であり、土壌微生物相を健全に維持し、土壌の生産性と生命を護る方策に他ならない。このようにして、生産された作物を一部は生きたナマのままで、一部は料理したての食物として、食べねばならない。それが「生命が生命を生む(ライフ・ビゲッツ・ライフ)」ことである。エスキモー(現イヌイット)でも、缶詰食品や不自然な食品が入って来た地域では、退化病やガンになるようになっていると言うレポートは、無視できない意味を持っている。
 中央アフリカのランバレネに、40年前に病院を建てたアルバート・シュバイツァ博士は、1954年10月の私への手紙で次のように書いてきた。
「多くの土着民、特に大きなコミュニティ(集落)に住んでいる土着民たちは、今では以前とは違った生活をしている−彼らは昔はバナナ、カサバ(キャッサバ、カッサバ)、イグナム、タロイモ、サツマイモ等ほとんど野菜や果物だけを食べていた。しかし今(1954年)はコンデンス・ミルク(練乳)、缶入りバター、肉や魚の燻製などを食べ、パンを食している」
 博士がこの地区の土着民の盲腸炎の手術に初めて出会ったのは、1954年だった。博士の手紙はさらに続く。
「…この地域で、ガンその他の文明病がいつから現れたかは、盲腸炎ほどにはハッキリ判らない。なぜなら顕微鏡検査は、ここではホンの数年前から始まったに過ぎないからだ。…しかしガンが増え始めたことと、土着民が塩をたくさん使うようになったことが、無関係ではないことは明らかだ。…興味あることは、我々の病院では、以前はガンなど1例もなかったと言うことである」
 サリバリー博士は、ナバホ・インディアン(先住民族)に関して「私の病院では23年前に3万5千人の入院患者があったが、ガンはわずか66例だった」と、語っているこの地域のインディアン(先住民族)のガンの死亡者は、1千人に1人だが、文明的な食事を部分的に取り入れている地域のインデイアン(先住民族)は500人に1人がガンで死んでいる。
 南アフリカのバンツー族では、20%の者が原発の肝臓ガンを起す。彼らの食事は主に安いデンプン質、トウモロコシ。粉食などで、発酵させた牛乳をたまに摂り、肉類は祝い事の時だけ食べる。
 ギルバート、ギルマンの両博士は、バンツーの食事で動物実験をした結果、彼らの食事がガンの原因だと指摘した。実験動物の大部分が肝臓に障害を起こし、20%は後に肝硬変になったのだった。またバンツー族の肝臓から抽出したものを、ネズミの背中に塗ると、ネズミにはガン、または良性の腫瘍が起きたと言う。
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