チャイナねたが続いておりますので、もうひとつおまけに。
昨日、我が家の運転手、
しゃさんと運転中におしゃべりした内容を再現したいと思います。
これを読めばわたしの貧困な中国語力も透けて見えますよ。
車窓よりぼーっと車道を行く自転車の人を見ながら、
(わたし)「しゃさん、むかしは自転車多かったアルカ?」
(しゃさん)「そうだね、ボクが子供の頃は、
車道に車は少なくて自転車ばっかりだったよ。」
(現在、大都会・広州の車道は車で埋め尽くされています。)
「あのころは、自転車で1時間もかけて出かけたりしたもんさ。
・・その当時は国の決まりで、都会に住む家からは必ず一人、
農村に手伝いに行かなければならなかったんだよ。」
(おお、徴兵制の農村バージョン!)
「でね、ボクのお兄さんが農村にしばらく行ったのさ。」
「それはミンナすきな仕事アルカ?」
「いやいや、もちろん都会に住む人にはいやがられていたよ。
なんと言っても重労働だからね。
そこに、うちの家からはお兄さんが行ったのさ。」
「じゃ、しゃさんラッキーアルネ!」
「そうだね、ラッキーだったね。行かずに済んで。
」
「ノーソンの人は親切にしてくれたのアルカ?」
「そりゃあ親切にしてくれたさ〜。お手伝いをしたんだもの。
お米と野菜、食べるものが十分あれば幸せな時代だったから。
今と違ってお金はあんまり要らなかったんだよね〜。」
「うつくしい生活アル!」
「そうだね〜、ここ広州でも、ボクが子供の頃、夏の夜は、
家の戸口の前に床を用意してね、家の前で寝たもんだよ。
今と違って、家に盗られて困るものなんてないし、
街の人々も人のものを盗ろうなんて思わなかったんだねぇ。」
「アンゼン!戸口のソトでネルアルカ!!」
「そう、安全だった。
あのころはお金なんて大して重要ではなくて、
食べるものがちゃんとあれば生きて行けたんだよねぇ。
それが今はお金のことばっかりになってしまったんだなぁ。」
「うつくしい生活ネ〜!ニホンも同じアル。
むかしはもっともっとアンゼンだったアルヨ〜。
今はおかねばっかり、なんでアルカネ〜」
二人してしみじみ。ちょっとノスタルジィに浸った道でした。
まうみさん向けおまけのおまけ:
上記会話の『戸口』覚えてます〜?menkou
低音聞かせて勢い良くお願いします。
一家で外出の度に親戚に預けられる家電って。。。ペット?
さっすが、ブラジル、地球の裏側まで行くと常識も突き抜けるもんですね〜。
現在では、ぼやぼやしてるとスリの餌食になってしまう、生き馬の目を抜く世知辛い大都会、広州ですが、のどかな時代がほんの30年くらい前にあったっていうのに救われます。
ちなみに盗難関係ではラッキーな我が家、広州に住んで1年半ですが、紛失した(≒盗難された)のはおとといの学校行事の最中になくなった傘一本だけです。銀行カード、2回も忘れてちゃんと戻ってきた強運。
たった一年半で、アパートの水漏れは数えきれないんですけどね〜。