わたしの好きなことば〜その3 [2007年08月19日(日)]
先日読んだ『浜田廣介童話集』(ハルキ文庫・2006年)のなかで、見つけたこころに響いたことば
です。
「なあに、ちっとも。水くさいことをいうなよ。なにか、ひとつの、めぼしいことをやりとげるには、きっとどこかで、いたい思いか、損をしなくちゃならないのさ。だれかが、ぎせいに、身がわりに、なるのでなくちゃ、できないさ。」
「泣いた赤おに」のなかで青おにが赤おににむかっていったことばです。
青おには、この直前に、人間と仲よくなりたい赤おにに対し、じぶんが人里で暴れることを提案し、その申し出に躊躇し、遠慮する赤おににこのことばをつづけました。
「どんなことにであおうとも、けっして、ひとをうらむなよ。けっして、じぶんをすてるなよ。それから、もう一つ、どんなものでも、じぶんのものとなったら、たった一つは、あとにのこしておくがよい。さあ、それじゃ、さようなら。」
「砂山の松」のなかのことばです。神さまが、じぶんのふところにあったふたつのたねを、ひとつは人間に、もうひとつは鳥に変化させたときに申し伝えたことばです。このあと、そのことばがどういう意味をもってくるのかは、じっさいにみなさんに読んでいただいて、確認していただければ、幸いです
です。「なあに、ちっとも。水くさいことをいうなよ。なにか、ひとつの、めぼしいことをやりとげるには、きっとどこかで、いたい思いか、損をしなくちゃならないのさ。だれかが、ぎせいに、身がわりに、なるのでなくちゃ、できないさ。」
「泣いた赤おに」のなかで青おにが赤おににむかっていったことばです。
青おには、この直前に、人間と仲よくなりたい赤おにに対し、じぶんが人里で暴れることを提案し、その申し出に躊躇し、遠慮する赤おににこのことばをつづけました。
「どんなことにであおうとも、けっして、ひとをうらむなよ。けっして、じぶんをすてるなよ。それから、もう一つ、どんなものでも、じぶんのものとなったら、たった一つは、あとにのこしておくがよい。さあ、それじゃ、さようなら。」
「砂山の松」のなかのことばです。神さまが、じぶんのふところにあったふたつのたねを、ひとつは人間に、もうひとつは鳥に変化させたときに申し伝えたことばです。このあと、そのことばがどういう意味をもってくるのかは、じっさいにみなさんに読んでいただいて、確認していただければ、幸いです




のライブ
に行ってきました。
(シンガーソングライター)の
で、ドイツ観念論哲学の祖と崇められている哲学者です。カント哲学は、その研究に一生を捧げる研究者がいるほど、深遠で興味深い哲学です。ここでは、彼の哲学について、深く掘り下げることはしませんが、彼についてのおもしろいエピソードをあげておきます。
胸に刻んでおきたいことばだと思います
が、先生の見回りを察知し、わたしたち
の部屋に逃げ込んできたということもありました。そのあと自分たちの部屋へと帰っていきましたが、翌日隠れていたことがばれて、連帯責任で廊下に正座させられ、ねちねちと説教を食らってしまいました。わたしたちの部屋のものはまったく関係ないのに、迷惑な話でした。


