四十(よそぢ)にたらぬほど
という一節を聞いて、「あっ!」と思った方は
素晴らしいですね
そうです、日本が誇る三大随筆のひとつ、
「
徒然草」の一節です。
※徒然草を「
とぜんそう」と読んだ人がいる、と
ある時聞いて、がっくりしました。ホントかな
四十にたらぬほど、
というのは、この文脈にでてきます。
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。
(命あるものについて考えてみると、人間ほど長生きをするものはない)
かげろふの夕を待ち、夏の蝉の春秋をしらぬもあるぞかし。
(かげろうは、生まれた日の夕方には死んでしまうし、
夏の蝉だって、春や秋を知らずに死ぬということもあるという)
つくづくと一年をくらすほどだにも、こよなうのどけしや。
(しみじみと一年を暮らすだけでも、この上なくのんびりしたものだ)
飽かず、惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の心ちこそせめ。
(もし、その長い命をも不足に思い、惜しいと思うなら、
たとえ、千年を過ごしたとしても、一夜の夢のような気持ちが
するであろう)
住み果てぬ世に、みにくき姿を待ちえて何かはせん。
(いつまでも住み続けることのできないこの世に、
生きながらえて、自分の醜い姿を迎えたところで、
それが何になるのか)
命長ければ辱多し
(長生きすれば、それだけ恥をかくこともおおい)
長くとも、四十にたらぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ
(長生きするとしても、四十歳にならないくらいで、死んでいくことが無難であろう)
昔は四十歳が、十分長生き、だったんだなぁ。
しかも、この後に続くのが、
四十歳を過ぎると、
容貌を恥じる心もなくなり、
ただひたすら名誉や利益を欲しがる心ばかりが
深くなり、
物に感動する心も失ってしまう・・・
うーん・・・
今から700年近くも前に、こんなことが書かれていた
というのが、私にはすごく面白く感じられます。
今の40歳なら、まだまだぴっちぴち
おしゃれ
にも気を遣うし、仕事も頑張ってる
バリバリの
現役さんばかりのはず。
ものに感動する心
、もずっと失わずにいたいなぁと思う
33歳の私、なのでした