生態

Sora
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夢でしか逢えないけれど [2007年12月06日(木)]
夢でしかもう逢えないけれど、父と逢った。

私の所にはよく逢いに来てくれる。

母に言うと「一回も出てきてくれへん!」

と、いつもぼやいている。弟も


でも私の夢には逢いに来てくれる。

今回は初めて亡くなったおじいちゃんも出て来た

8歳の時に亡くなったので、あまり記憶は無いのだけれど

相変わらず、難儀な性格で弟そっくりでした

母の苦労が改めてわかる夢でした

内容はこんな感じ↓


祖父「なんや、いっぱい広げて(散らかして)

お前は食いしん坊やなァ〜」

私、慌ててお片づけ


私、「ちょっと買い物に行ってもええ?」

母が横にいる。

ここで以前、母に聞いた話を思い出す。

外出するにも気を使って遊びにも行けなかったと・・・・。

私は気を利かせて言った。

「ちょっと私だけやったら わからへんもんもあるさかい

オカアも連れってええ?」

祖父激怒!

「なに言うてるねん!ここに誰もおらへんなったら

誰か来た時どないするねん!」



・・・・・・・・

一度もこんな場面を見た事も聞いた事も無かったのですが、

生前はきっとこんな感じだったんだろうなぁ〜と

改めて実感する夢でした


そして場面は急に切り替わり、

叔母さん達(生きている)が

「50なってから、よう動かんと足動かへんなるでー」

「見てみー、おじいはん(享年73)元気やろ?

私らかてシップ貼ったりして騙し騙しやってるけどな。」


横に父がいる。

「オトウはどっか旅行とか行かへんの?」

父「俺かて、これから行こう思てる




ここで夢から醒めました

訳のわからない夢でスミマセン

ですが妙に嬉しい夢でした


57歳で亡くなった父。

二人の子供も手を離れ、母と色んな所に旅行に行ったりと

これからだったはずなのに・・・と思うと胸が痛むのですが


元気にあの世でやってるから、お前も頑張れ

と言われた気がして



こんな感じでいつも逢いに来てくれるのですが

もしかしたら心配で成仏出来ないのかも知れない・・・


8年前に亡くなった父。

私達が入籍して2週間後にこの世を旅立った父。

最後の最後まで心配ばかり掛けてしまった親不孝な娘を

いや、嘘をついた事を怒っているのか。


でも夢で逢う父は生前と変わらない。

いつもの他愛無い会話。

昨日の夢もそうだった。

少し違っていたのは今、現在の私で逢ってくれた事


そう、いつもは生きていた時の頃、

8年前以降の私としか逢って貰えてなかったから。

だから子供達も出て来ないし、旦那もいない。



今回も旦那や子供達は出て来なかったのだが、

今現在の私で会話出来たので嬉しかった



いつか孫達を紹介したい。

いや、逢って欲しい


夢でしか逢えないけれど・・・・・・。


オトウ!待ってるでェ〜〜




訳のわからん話でスミマセンでした


posted at 10:30 | 思い出  | この記事のURL
幼き日の思い出。 [2007年07月23日(月)]
私の実家の前は結構広い神社で

幼い頃は毎日の様に遊んでました。



もうボロイ神社ですず(ガラガラと呼んでました)に

付いている布もボロボロでお参りしたら

千切れるんじゃないかと思わせる程です。



本堂の奥の両側にはまた別の小さな二つの社があり、

向かって左側が子供の神様。

秋にはここで子供相撲が行われます。


右側の社は勉強の神様。

一番お祈りしなければいけなかった神様かも・・・。

灯篭にロウソクを灯す当番以外、お正月の初詣、

節分の日に歳の数だけ豆を半紙に包んで

お供えする位しか縁のなかった場所です。






春にはウグイスが鳴き梅の花が咲き乱れ、

周りの堀には糸トンボがいっぱいで。

魚すくいが楽しかった。






夏になると、

割れんばかりのセミの声が夜が明ける前から鳴き始め

ジリジリさす太陽が暑かった。

神社内にある池にいる鯉や亀に

セミの抜け殻を投げ与えて遊んだりしてました。





秋になると沢山の赤とんぼが飛び回り、

柿は実り、周りに多い茂る木々の枯葉の中から

どんぐりを拾い集めて宝物にしたり。

鳥居の前に深い穴を掘り、どんぐりを投入。


「来年なったら掘り起こそう」


幼い日の思い出です。





冬には木枯らしに吹かれて

恐ろしい程の音を立てて揺れる大木たち。

神社の真ん中に立ちそれらを眺め

風に吹かれるのが大好きでした。










数年前に神社は新しく立て直されました。

100年事にこうして新しくするそうです。

周りの沢山の木々が切り倒され更に広くなりました。

遊具も設置され外灯も設置されました。

神社の堀も埋められて道路も広くなり通りやすくなりました。






もう、堀を飛び越えて遊べません。

魚すくいも出来ません。

どんぐりの木も柿の木も全てなくなってしまいました。







数年前に息子を連れて神社で遊んでました。

滑り台の降り口が砂場になっていて

周りを硬めなスポンジの様な物で囲ってあります。

その囲いをさも面白そうに壊している近所の子供達がいました。


私はたまらず注意しました。



「他の子供達も遊ぶんやから、そんなんしたらあかんやろ」


そうするとこう言う答えが返ってきました。


「あと2〜3年したら新しくするって言うてたもん」


ビックリしました。

この子達には物を大切にするという事を知らないのか?!!

ましてや公共物。

自分達の物だとしか考えてない様子。

って、この子達小学生ですよ!!

ありえない!



とっても悲しくなりました。




「あんたらが壊したもん、誰がその修理代のお金を出してると思うてんの?

自分らのお父さんやお母さんやで。

悪いと思わへんの?」


「それやったら別にええやん」


今の子供はこんな感じなのでしょうか。

私の幼い頃は覚えている限りではいけない事をすれば

近所の大人がそれは恐ろしい剣幕で怒ってくださいました。



私も神社で遊ぶ時は、神様に遊ばせて頂いてるとそれは敬意を払いましたよ。

本堂の中にボールが入ったら

「神様、取らせてください」

とお祈りしてから入ったし、

(年に一度か二度しか入れない神聖な場所だと思ってました)

狛犬さんに乗せてもらう時にも一言は忘れませんでした。



今の子供は何も思わず平気で本堂に入り、

土足で踏み荒らします。

切ないです。

そしてそれを注意しない大人達にも脱帽です。





幼き日の思い出。


今の子供達が大人になり

こうして思い出に浸る事があったら

一体何を思うのか?


日々様々な物が新しくなって行く時代。


それを当たり前だと思うのか。


それとも懐かしんでくれるのだろうか?



何でも買って貰える時代。

だから自ら壊してもいいんだ。

次のを買ってもらえるから。



何処からこうなってしまったのだろう?



でもこれは子供だけとは言えない。


大人だって今はそう。






もう昔には戻れない。

大人になったら叱ってくれる人さえ、そういない。


私達がこれからの子供達に伝えて行かなければ!




『物を大切にするという事は大事な事なんじゃないのかい?』




そして私も改めて肝に銘じようと思いました。





何だか上手く伝える事が出来なくて、

グダグダな内容になってしまいました

すみませぬ




posted at 21:28 | 思い出  | この記事のURL