のりぴーさん・ともたんさんへ [2007年06月09日(土)]
以前、わたしが「こころのかさぶた」という文を書いたことを覚えていますか。
おふたりが、今なさろうとしていることは、おふたりのブログを安心の場所としているひとたちのこころのなかに巨大な悲しみ色をしたビー玉を投げ入れることです。
そもそものことの発端は、ともたんさんの文章です。でも、ともたんさんご自身がのりぴーさんのブログにコメントしているように、それはのりぴーさんを念頭に置いて書かれたものではありませんでした。そうであるなら、そもそものりぴーさんがブログを閉鎖する理由・根拠は存在しないはずです。
ともたんさんが自分のブログであえて迷惑なさっているかたの名前を挙げなかった優しさと、のりぴーさんが自分自身のブログやコメントに対して抱かれている自己批判の厳しい目、どちらも他人を思いやるあたたかいこころからでたもののはずです。
その思いやりのこころが、結果として、誤解を生んだようです。
わたしは、かねてからあちこちで言っているように、あやまちをおかさない人間はいないと考えています。
ましてや、今回の出来事はおふたかたの他人を思いやる善意のこころが生んだ誤解が端緒です。
誤解がとけた今、ブログ閉鎖などとおっしゃらずに、これまでのように続けていただけないでしょうか。
わたしたちのこころに沈む巨大なビー玉の色を悲しみ色からよろこびの色に変えていただくこと、できませんか。
おふたりの共通のおともだちとして、勝手に時の氏神を名乗り出たわたしの一生のお願い、どうか聞き入れていただけますよう、深くお願いいたします。
おふたりが、今なさろうとしていることは、おふたりのブログを安心の場所としているひとたちのこころのなかに巨大な悲しみ色をしたビー玉を投げ入れることです。
そもそものことの発端は、ともたんさんの文章です。でも、ともたんさんご自身がのりぴーさんのブログにコメントしているように、それはのりぴーさんを念頭に置いて書かれたものではありませんでした。そうであるなら、そもそものりぴーさんがブログを閉鎖する理由・根拠は存在しないはずです。
ともたんさんが自分のブログであえて迷惑なさっているかたの名前を挙げなかった優しさと、のりぴーさんが自分自身のブログやコメントに対して抱かれている自己批判の厳しい目、どちらも他人を思いやるあたたかいこころからでたもののはずです。
その思いやりのこころが、結果として、誤解を生んだようです。
わたしは、かねてからあちこちで言っているように、あやまちをおかさない人間はいないと考えています。
ましてや、今回の出来事はおふたかたの他人を思いやる善意のこころが生んだ誤解が端緒です。
誤解がとけた今、ブログ閉鎖などとおっしゃらずに、これまでのように続けていただけないでしょうか。
わたしたちのこころに沈む巨大なビー玉の色を悲しみ色からよろこびの色に変えていただくこと、できませんか。
おふたりの共通のおともだちとして、勝手に時の氏神を名乗り出たわたしの一生のお願い、どうか聞き入れていただけますよう、深くお願いいたします。