近年の肥満や糖尿病の急増を説明する仮説として、エネルギー倹約遺伝子説があります。
これは、1960年年代に、ミシガン大学のジェイムズ・ニールによって提唱された仮説です。
仮説の内容は、食物の供給が不安定な厳しい自然環境の中で生きる動物には、余剰エネルギーを効率よく蓄えて、生存の可能性を最大にする働きをもつ遺伝子の一群が獲得されているという説です。
(なお、仮説の表現は、ニール自身によって何度か改訂されています。)
人類の歴史は飢餓との戦いであったと考えられます。
十分な食糧を確保するのが困難な環境では、少ないカロリー摂取で生存でき、また、すこしでも余剰のエネルギーができると、それを脂肪として体内に効率よく蓄えられる体質(遺伝素因)をもった個体が生存に有利になります。
脂肪組織はいざというときのエネルギー源であるので、長期にわたって不安定な環境のもとでは、過剰のカロリーを効率よく脂肪に変え、脂肪としてエネルギーを蓄積できる体質が得になる、と想定されます
エネルギー倹約遺伝子の概念に相当する遺伝子の候補は、これまでに報告されてきました。
(今年も科学誌サイエンスに該当する遺伝子を示した論文が発表されています。)
一方、エネルギー倹約遺伝子を持っていることが生存に有利というエビデンスはないとして、別の説を提唱する研究者もいます。
例えば、イギリスの研究者は、動物実験や生態系の解析に基づき、「捕食」関係から体重の増減を説明する仮説を発表しています。
また、摂取栄養素のバランスの違いによるとする考えもあります。
これは、エネルギー倹約遺伝子に該当する遺伝子の一群についてはエビデンスが明確ではなく、むしろタンパク質と炭水化物のタンパク質の摂取バランスの変化を重視する仮説です。
つまり、タンパク質の摂取を主体とする狩猟民族の時代から、炭水化物がエネルギー比でみて摂取量の半分(以上)を占める現代では、食生活に大きな変化があり、その結果、発現する遺伝子の一群が異なるようになった、となります。
イギリスの研究者の推計では、飢餓や飢饉による死亡率は予想されるほどではなく、エネルギー倹約遺伝子が集積されるとは考えられないという意見もあります。
(彼は、捕食関係に基づく仮説を提唱しています。)
また、オーストラリアの研究者によると、アボリジニーの歴史では飢餓や飢饉による淘汰はないにもかかわらず、
(彼女は、三大栄養素の摂取バランスの変化を重視する考え方です。)
この10年ほどの間に肥満に関連する遺伝子変異が見出されてきた結果、エネルギー倹約遺伝子説という考え方は、2型糖尿病や肥満を生じる遺伝素因の形成過程として広く受け入れられているように思われます。
しかし、一方ではこのような反論や別の仮説もあり、今後の研究の進展が待たれます。
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「倹約遺伝子説」について記事中にリンクを貼らせて頂きました。ありがとうございました。
またTBさせて頂きました。よろしくお願いいたします。