先月の栄養学の専門ジャーナル(電子版)に,マルチビタミンの利用と乳がんリスクとの関連を示唆した調査研究が,スウェーデンのグループから報告されていました。
(
Am J Clin Nutr 24 March 2010.)
マルチビタミンは,年齢や性別に関係なく,摂取が推奨されている,ベーシックなサプリメントです。
近年の食材や食生活の変化,ライフスタイルの変化に伴う栄養素の潜在的な摂取不足を補うともに,保健効果も期待されます。
さて,今回の報告は,スウェーデンでのコホート研究として,49歳から83歳までの35,329名の女性を対象に,スウェーデンにて行われた調査研究です。
(1997年に質問票にて,マルチビタミンの摂取を調べたコホート研究。)
平均9.5年間のフォローアップ期間中,974名の女性が乳がんと診断されています。
また,9,017名の女性がマルチビタミンサプリメント(といってもその内容は多岐にわたると考えられます)を摂取しており,293名が乳がんと診断されました。
相関関係を調べた統計処理の結果,マルチビタミン利用者のほうが,非利用者よりも乳がんリスクが高いというデータになったということです。
(RR=1.19 95% CI: 1.04, 1.37)
この論文を受けて,
広く利用されているマルチビタミンに関連したネガティブデータとして,いくつかのメディアで取り上げられています。
ただ,日本のメディアでの取り上げ方は,消費者の不安をあおるような報道になっていますので,論文の意義について,混乱しないように注意が必要です。
まず,必須栄養素の補助として一般に利用されている,一日目安量に準じた内容を含むマルチビタミン製品の摂取は,がんの原因となることは考えられません。
これまでに報告されてきた,マルチビタミンに関する多くの研究では,今回のスウェーデンでの研究データは支持されていません。
例えば,昨年,内科学の専門ジャーナルに発表された,米国での大規模な疫学研究では,16万人以上の女性が対象となり,乳がんも含めて,さまざまながんおよび心疾患について調べられた結果,マルチビタミンの長期間の摂取と,がんや心臓病のリスクとの相関は見出されていません。
(実際,今回の研究の論文著者らも,マルチビタミンと乳がんとの因果関係は不明であるとしています。)
(さらに,ロイターヘルスの取材に対する論文著者からの回答では,乳がんにリンクする項目として,研究者が測定していなかった要素が,乳がんの原因となっている可能性も認めています。)
発がんのメカニズムを科学的に考えるとき,通常の必須栄養素を,推奨量に準じて含むマルチビタミン製品が発がんの原因となるという解釈は,これまでに集積された研究および構築された科学的根拠から否定されます。
(介入の大きさ,効果のサイズを考慮するとき,日常生活における発がんリスク--受動的喫煙,環境汚染物質,ストレスや加齢による免疫力の低下--の影響のほうが,はるかに甚大であることは自明でしょう。
また,マルチビタミン製品の成分は,通常の食品にも含まれているわけですので,マルチビタミン製品に由来する緩徐な介入効果だけを取り出して,因果関係を証明することは不可能です。
今回の疫学研究は,マルチビタミン摂取の有無という項目で取り出したときに,偶発的に統計学的な有意差・乳がんとの相関関係が見出された,という印象です。)
(なお,作用機序に関して,理論的な可能性として,葉酸云々の議論もあります。
私見ですが,こちらも机上の空論に近い,無理な推論と考えます。
この議論での葉酸については,一致したデータは存在しません。)
(繰り返しになりますが,「相関関係」と「因果関係」は別です。相関関係から因果関係を導くには,基礎研究から臨床研究までの集積と,それらの多くからの支持が必要です。)
一般論ですが,メディアの性質上,マルチビタミンについてのネガティブなデータを取り上げるのは仕方ないかもしれません。
しかし,情報格差のある専門分野で,一般の消費者に混乱を生じさせてしまうような一面だけを取り上げた一部の報道の内容には疑問が残ります。
(少なくとも,欧米のメディアは,論文著者に取材し,かつ,これまでに報告された他の研究も考慮して,記事にしています。
一方,日本の一部のメディアの断片的な報道では,消費者が混乱してしまい,健康保持・疾病予防に有用な製品の摂取を止めてしまう,という懸念さえ生じます。)
結論は,
--バランスの取れた食事が大切で,必要な栄養素は食事から摂ることが基本です。
--マルチビタミン,マルチミネラルはベーシックなサプリメントとして年齢性別に関係なく,推奨できます。(もちろん,私も摂っています。)
です。
本ブログの「サプリメントの研究」というカテゴリに,関連した記事を書いてきましたので,ご覧いただけますと幸甚です。
抗酸化サプリメントのメタ分析@コクランレビュー
抗酸化ビタミン類と心血管予防のネガティブデータ
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医療関係者のための健康食品情報サイト【DHCサプリメント研究所】
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