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独裁の母 [2007年04月07日(土)]

明日の日曜日に行われる統一地方選挙前半戦を皮切りに夏の参議院議員選挙まで、大きな選挙がいくつか続きます。

東京都知事選にも、現知事はじめ多彩なひとたちが立候補しています。事前の調査では、今回の投票率は前回の都知事選に比べ、だいぶ高くなるようです。

現在、わたしたちの国では、選挙で選ばれた代表者たちが国や地方自治体の意思決定を行う間接民主制が採用されています。間接民主制のもとでは、わたしたちが国や地方自治体の政治に直接的に参加できることはほぼありません。

したがって、選挙は、わたしたちにとって国や地方自治体の政治にかかわる唯一ともいえるチャンスです。周囲の意見に惑わされることなく、自分じしんの考えで決めた、じぶんの未来を託せる候補者に一票を投ずるべきだと考えます。

選挙や民主制とは対立するものと考えられている独裁ですが、もともと独裁者は革命やクーデターによって現れたのではなく、大衆によって選挙で選ばれた代表者です。かのアドルフ・ヒトラーも、もとはといえば選挙によって正当に選出された議員でした。それが巧みな弁舌と目的のために手段を選ばないあくなき権力欲で独裁者に登りつめたのです。

投票行為はたんに政治への参画というだけではなく、その結果に投票者じしんが重大な責任を負う側面を持ちます。他人の意見や世間の流れから判断するのではなく、その候補者を選びだしたことを後世のひとびとにも誇れる自信と覚悟をもって、投票するべきです。

かつてジャン=ジャック・ルソーは、イギリスの代議制を揶揄して、「彼ら(引用者注:イギリス人)が自由なのは議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民は奴隷となり、無に帰してしまう」と述べました。(『社会契約論』より)

わたしはじぶんを奴隷にするような代表者を選びたくありません